闇夜の共犯者
夜陰にまぎれてここを抜けだすのは命がけである。
どこをどう通ればどこへ出るのか、薫子だから知っている抜け道はあるが、そこへたどり着くまでほとんど闇の中であった。
普通にもののけがいる時代であれば、避けてしまうところだが何故か如月家の兄妹はそれを恐れることがなかった。
「もののけよりは、人の方がはるかに恐ろしき生き物ゆえな・・」
亡き父の言葉が脳裏に刻まれているせいである。それは学者であった人の冷静すぎるほどの判断であったのだ。
「どうしても、行かれるのですか・・?」
時折抜け出す薫子に気がついたのは勾当内侍・冬子姫。
もし何かあれば、内侍でも庇いきれない。それを案じて強く言うが薫子は笑うだけでいつの間にか闇の中へ消えてしまっている。
内侍が気がついたということは、誰かが気づくと言うことである。
その時が恐ろしい・・・
内侍の気遣いはありがたいが、薫子は確かめねばならないことがあってここへ来たようなものなのだ。
闇の中を駆ける行く先は若宮御所・・春宮のお住まいである・・
あの夜、自分の見間違いであればと思いながら、それも否定できなかった。
なぜ、あのお方が夜陰の中におられたのか?おそらく夜遊びにでも出られたものか・・
それを誘った者が従兄弟ではないのか?母の実家に消えたことが薫子の心に重くのしかかっていた。
その、御所の裏口。何度か来てはいるがこの夜の気配が少し違っている。
何人かの足音と、息遣い。それが裏口の木戸から出てきた。
「・・さま、御足もとに・・」
呼びかける声に聞き覚えがある・・それを確認しようと少し前へ出た時に
「捕まえましたよ、薫の君」
後ろから薫子が背負っていた「薫風丸」に手をかけたものがいた。
振り向こうとした薫子の手を掴み、低い声で笑った。
「困ったお方だ・・やんちゃもほどほどになされよ」
その声は闇の中でも聞いたことがある。確か、葛城 雅貴と言った人か・・
「どうした、雅貴?」
影たちの中心にいた人物がかけた声に、薫子は自分の勘の良さに腹が立った。
「今一人、同行が増えましたが、よろしゅうございましょう」
同行者達は身がまえたようだが、その人物は鷹揚であった。
「だれか?」
「ご案じなく、怪しいお方ではございませぬ。むしろ、よくご存じのお方でありますゆえ」
薫子の腕を掴んだ人は、その手に少し力を入れた。
「痛い!!」
思わず出た声に周囲にどこか、ほっとしたような空気が漂った。
「・・薫子どのか?母君の許におられると聞いたが?」
それが決定的であった。
「皇子さま・・このようなまねを成されてはなりませぬ!」
「大きな声を出してはならぬ。見つかるのも困るゆえ・・そなたも共に行くがよい。それで、共犯じゃ・・」
どこへ行くと言うのかわからぬままに、薫子はこともあろうに春宮に拉致されて、闇の中を歩くことになってしまった。
その薫子の肩をさりげなく抱こうとした葛城 雅貴の手をぴしっと叩き飛ばす。
「馴れ馴れしい!!触るでない!」
怒るでもなく雅貴は喉の奥でかみ殺すような笑い声を聞かせた。
それがあの夜であった仮面の男であると、この時薫子ははっきり認識したのであった・・・




