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第30話 上書き

後半部分、アーサーが暴走しています。少し無理矢理ぽいです。R15になるのかな?

苦手な方は回避してください。


 長い事情聴取が終わった後、私とアーサー、カリンさん、レグルスさんはカーリントンホテルのスィートルームの居間で、今日起こった誘拐未遂事件について、ロンドン市警から得られた情報も持ち寄って検証をしていた。


 アーサーは被害者の婚約者と貴族という立場をフルに活用して、ノース刑事局長から現時点で判明している限りの情報を引き出したようだった。

 それで分かった事は、誘拐未遂事件の黒幕というべき主犯は他にいて、そこに繋がる手掛りが途切れているというものだった。


 実行犯の二人は、不法入国後不法滞在しているアラブ系の外国人で、マフィアから私を連れて来れば2万ポンド(約240万円)の報酬が貰える予定だったという。しかもその内の5000ポンド(約60万円)は前払いで受け取っていたらしい。

 彼らへの指示は全て電子メールでなされていて、巧みにセキュリティの甘いイギリス国外にある企業のメールサーバーを踏み台にして発信されていたたため、本当の発信元の特定は困難だというのがロンドン市警の見立てだった。


 日本語で書かれたメッセージは、10時30分頃に百貨店の外商部サラリーマンとおぼしき男性がホテルのフロントに託した物だった。だが、フロントに身分証明書代わりに提示された彼の名刺は高級百貨店のものと本物そっくりだったが、偽造された物である事が判明した。

 失敗しても黒幕まで辿り着けないように用意周到に計画された誘拐。初動捜査で分かった情報だけでも首謀者が相当慎重な性格である事が知れた。

 四人がお互いの情報を交換し合った後、カリンさんが犯人像を纏め上げた。


「マリがカーリントンホテルに宿泊してい事を知っていた。マリがアーサーの婚約者である事も知っている。マリが記憶喪失だというのも知っている。この三つを知っている人物、またはその人物に接触して情報を得た人が犯人という事ね」

「なあ、それって、範囲がえらく広くねぇか? 牧場や農場で働いている者は除外できるとしても、ナントの館で働いている者なら、ほぼ全員が当てはまるぞ」


 頭の後ろをばりばりと掻きながら、レグルスさんは対象者の多さにうんざりしていた。


「フェンリル・ファンドでも、リチャードを始めとするロンドン支社の従業員は知っていると思った方がいい。アリストン総合病院で診察と検査を担当した医師や看護師、クリストファー教授だって対象になる。日本大使館の書記官、このホテルの支配人を含めた一部の従業員、宝石店の店員も対象になるな……」


 アーサーがロンドンであった人の中で犯人の条件に合う対象者をあげていくと、カリンさんは諦めのため息をついた。


「なに、それ。犯人を絞れるどころか、どんどん増えていっているじゃない……。これでは犯人を絞り込むのは難しいわね」

「嬢ちゃんはナントの館にアーサー様が連れてこられて二週間ほどしか経っていないから、犯人が絞り込めると思ったんだけどなぁ。駄目だな、こりゃ」


 悔しそうにレグルスさんはカリンさんに同意した。

 何か他に犯人に繋がる鍵がないかと考えていると、一つの鍵が頭に浮かんだ。


「私がおびき出されたメッセージが届けられた時間帯は鍵にはなりませんか?」

「どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」


 アーサーが横から私に説明を求めた。彼を見上げると興味深そうに私を見つめていた。

 ソファーの背に片肘をついて手で頬を支え、長い脚を組んで座っている姿は、有名画家に描かれた絵画の如く様になっていた。

 ぼーっと見惚れている場合じゃなかった。説明しないと。

 意識をアーサーからカリンさん達の方へ切り替え、浮かんだ考えを順序立てて皆に披露した。


「アーサーが一緒にいれば、私がすぐに相談して指定された場所に出かける事はなかったと思います。だから、犯人はアーサーが確実にこのホテルにいない時間帯を狙ってメッセージを送ったのではないでしょうか?」

「そうなると、かなり犯人を絞れるな。ナントの館の使用人、クリストファー教授と病院関係、宝石店の店員は除外できるな」


 ローテーブルの上に置かれたメモにレグルスさんによって二本線が引かれていく。


「日本大使館の方も外れると思います。アーサーと大きな商談中なんでしょ? 交渉相手を怒らせるような事はできないでしょうし、マフィアとの接点なんて一番縁がない組織だとは思いませんか?」

「そうだな」


 メモに更に二本線が追加される。残ったのは、フェンリル・ファンドの関係者とカーリントンホテルの関係者だった。


「俺の部下の誰かが情報を漏らしたとは考えたくもないが……」


 アーサーは渋い顔をして呟いた。私は慌ててそれを否定した。


「このホテルの関係者の方が可能性は高いと思う。いつも昼食は直前にならないと一緒に食べれるかどうか分からないからって、部屋で昼食を食べる様に今までホテルにお願いしてなかったけれど、今日は商談で昼食は一緒には食べれないって分かっていたから……」

「ああ、確かにマリの分の昼食を部屋で食べれるように、ホテルに依頼しておいた」


 私の言葉の後を継いで、アーサーは私が言おうとしていた事を言ってしまった。


「という事は、ホテルの従業員を片っ端から締め上げれば、犯人に繋がる線が見えてくるって訳だな」


 レグルスさんは右拳を左掌に叩きこんでパンという派手な音をたてさせた。やる気満々のようだ。

 やる気があるのは良いけれど、あまり無理をすると今度はカリンさんやレグルスさんが危険な目にあってしまうかもしれない。

 レグルスさんは多少腕に覚えがあると言っても、銃を持っているマフィアにかかれば、怪我だけでは済まないかもしれない。


「お二人が犯人を捜そうとしてくれているのには本当に感謝しています。でも、犯人を捜そうとするのは危険だと思うんです。マフィアが絡んでいるらしいので……。捜査のプロであるロンドン市警に犯人の捜査は任せませんか?」


 私がそう言うと、レグルスさんは一瞬だけ目を丸くした後、顔を綻ばせてにっこりと笑った。腕を伸ばして私の頭に大きな掌を乗せて、子犬の頭を撫でる時の様に、わしわしと私の髪を掻き回した。


「心配してくれて、ありがとよ。嬢ちゃんは良い子だな」


 乱された髪を手で撫でつけて整え、レグルスさんに子供扱いされた感じがしたのでむくれていると、アーサーが結論を出した。


「マリの言う通りだ。俺達では情報収集にも限界がある。それに今日はもう遅い。お開きにしよう」


 レグルスさんとカリンさんは席を立って帰ろうとした。

 ふと、カリンさんが今日ナントの館へ帰る予定だったのを思い出して、私もソファーから立って近寄って聞いた。


「カリンさんは、確か今日ロンドンを発つ予定でしたよね? 今夜泊まる場所はあるんですか?」


 彼女はボストンバッグを肩にかけて振り返って答えた。


「泊まる所はまだ決まってないけど、いざとなれば病院の仮眠室にでも潜り込むから大丈夫よ」

「それなら、このスィートルームにはゲスト用の寝室があるので私と一緒に寝ませんか? ダブルベッドで十分な広さがあるので、仮眠室よりは快適だと思います」


 私がカリンさんを引き留めようとすると、何故かレグルスさんがアーサーを気の毒そうな目で見た。


「気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとう、マリ」

「カリン、途中まで送ってやるよ」


 レグルスさんはカリンさんからボストンバッグを少々強引に引き取ると、ドアを開けてカリンさんを促した。


「ナントの館で待っているわね、マリ」

「アーサー様、我々はこれで失礼します」


 二人はそう言うとドアの向こうへと消えていった。




 人の目がなくなった途端、アーサーが私を急に引き寄せて背後から抱きしめた。


「やっ。ちょっと、アーサー、驚かせないで」


 身を捩って彼と向き合おうとするが、私が逃げようとしていると勘違いしたのか、拘束する力が強まった。


「本当に無事で良かった。怪我は大したことはないとカリンから聞いたが、痛む所はないのか?」


 アーサーが囲う力を緩めてくれないので、私は諦めて体の力を抜き、少しだけ彼の体に体重を預けた。


「誘拐犯に捕まった時に、髪を強く引っ張られて髪の毛が結構抜けたみたいだから、ちょっとだけ後頭部の皮膚が痛いかな。円形脱毛症みたいになっているかもね。髪を伸ばしていて良かったわ。髪の毛が抜けた部分を隠してくれるだろうから」


 心配させないように努めて明るく言ったつもりだったが、アーサーのご機嫌は直らなかった。


「他には?」


 それだけじゃないだろうと、アーサーは続きを促した。

 耳元で喋られると、息が耳にかかって冷静でいられなくなる。人に頼みごとをする時は右耳からするといいと言われているが、知っていてやっているなら、アーサーはかなりの知能犯だ。


「右肩と両手首に指の跡があるくらいかな。本当に軽傷なので大丈夫よ」

「見せて」


 アーサーは私を拘束していた腕を解くと、私を向かいあうように体を180度回転させてから、ブラウスの両袖を捲りあげ始めた。

 両手首には赤く指跡が浮かび上がっていた。骨折もないし、赤みだって数日たてば消えるはずだ。ちゃんと意思通りに手も手首も動く。何も問題は無い。


「君の体に俺以外の男が跡を残したというのが気にくわないな」


 暗い情念が湧き上がってくるようなアーサーの物言いに、私は不気味な怖さを感じて半歩後ろに下がった。

 私の行動を先読みするかのようにアーサーの右腕が背に回り後退を阻んだ。開いた半歩の距離を彼は素早く詰めてきた。


「右肩も見せて」

 容赦なく要求を突き付ける彼に私は首を横に振った。見せようとするならアーサーの前でブラウスを肌蹴(はだけ)なくてはいけない。アーサーは見慣れているのかもしれないけど、私は恥ずかしい。


「肩の方は手首よりも軽傷だから確認しなくても良いんじゃない?」


 なんとか回避しようと理由を頭の中でこねていると、アーサーはさらっと問題発言をしてくれた。


「マリが自分を大切にしないという事は分かっているからね。確認しておきたいんだ。ブラウスのボタンが外せないほど手首が痛いのなら脱がせるが……」


 脱がされるのは、もっと嫌だ――!!

 心の中で悲鳴をあげた。見せないとアーサーは納得してくれないようだ。こうなったら選択は一つしかないじゃないか。


「じ、自分でできますから。あっち向いていて下さい」


 私がお願いすると、アーサーは腕を解いて私に背を向けてくれた。手早くブラウスのボタンを胸のあたりまで外して、右肩だけ見える様にブラウスを肌蹴(はだけ)た。


「もういいですよ」


 こちらを向いたアーサーはそっと私の右肩に残った指の跡に彼の指を這わせた。


「これでいいですか?」


 一刻も早くこの状況を終了させたい私はアーサーに許可を求めたが、彼はダークブルーの瞳に不埒な光を宿して次の行動に移ったのだった。


「やはりマリの体に残った跡は、上書きさせてもらう」

「ん? 上書き?」


 意味を理解できてなかった私の両手首をとり、アーサーがそれぞれの跡に唇を落とし強く吸い付いて赤い鬱血痕を残していった。

 上書きの意味が分かって、私はアーサーの胸に手をついて彼から離れようとしたが、両手首を右手でひとまとめにされて後ろ手に拘束され、左腕で彼の胸の中に引き寄せられてしまった。


「やっ……」


 右肩にも唇が落ち、ちりっと痛みが走る。痛みだけではない、得体の知れない感覚まで背中を駆け抜けていく。

 これはやり過ぎじゃないの?

 涙目になってアーサーを至近距離から睨み上げると、アーサーは捕えた獲物を甚振る肉食獣の表情をしていた。


「ここからはお仕置きだ」

「お仕置きって……、何も悪い事はしてないわよ!?」


 お仕置きなんてされる覚えはないのに、何でこんな事になっているのだろうか。


「これは、『一人で出掛けない』という約束を破った分」

「それについては、ちゃんと謝ったじゃない!」


 アーサーは私の抗議に構わず、唇を鎖骨の下あたりに落としてきた。微かに走る痛みに身を固くしている事に気づいてくれているだろうに、止めようとはしてくれない。


「そして、俺に心配をかけさせた分だ」


 そう言うとアーサーは首の頸動脈のあたり、髪でも隠れにくい場所へ唇を落とした。今まで一番強く長くされて、唇が離れたところにざらりと彼の舌が舐め上げた。


「ふ、うっ……」


 自分の声とは思えないほど甘く変な声が出た。アーサーから解放された途端、私はその場に座り込んでしまった。

 アーサーは優しくて誠実な人だと思っていたけど、本性は絶対にサディストに違いない。

 婚約者だからと言って、やっていい事と悪い事があるんじゃないの?

 ブラウスの前身頃を左手でかき合せ、恥ずかしさとこみ上げてくる怒りで黙って俯いていた。

 気まずい沈黙が流れた。


「立てるか?」


 流石にやり過ぎたと思ったのか、アーサーは手を差し出してくれたが、私はその手を振り払ってゲスト用の寝室へ駆け込んだ。ドアの鍵を閉め、頭から掛布をひっかぶって心の中でアーサーに思う限りの悪口をついた。



2012.07.23 初出

2012.09.15 改行追加



 独占欲むき出しのアーサーが上手く表現できていると良いのですが……。


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