第1話
サクライ・アキは陸上自衛隊災害対策本部勤務である。
彼女は昔、災害で家族を失っていた。
それ故、今の勤務先を目指し、そしてその職についている。
今、彼女の目の前で巨大災害の予兆が近づいている。
超大型台風に進化しそうな大型熱帯性低気圧の出現だ。
陸上自衛隊災害対策本部の情報解析で今後の災害予想が表示されていく。
それはいつも、突然現れる。
もちろん、その予兆は常にあるのだが、それを常に確実に予測するのは不可能だ。
「おい、こら。お前、こんな時間にどこへ行くんだ?」
陽が沈み始め、夕闇が近づく夕暮れ。
超大型台風の予兆であろう黒雲が地平線の先に浮く不気味な天候の空。
港近くの下町のとあるアパートの一室。
男の子が玄関で靴を履いていた。
「うん、ちょっと。」
部屋の奥から父親が出てきて男の子に注意する。
「うん、ちょっと、じゃない。まもなく夜になるし、
超大型台風が近づいてるって言うのに、どこへ行くんだ?」
靴を履き終わった男の子が注意する父親に言い返す。
「気になることがあって。」
「何がだ?」
「捨て犬。学校から帰ってくる途中に見つけたんだ。港近くの高速道路の橋桁の下。」
捨て犬のことを真剣に心配する男の子の目。
父親は考えた。
自分たちは父子家庭だ。
子供が幼くして母親を亡くしている。
それもあってか、息子は困った人や弱っている動物をよく助けたりしていた。
「待て。俺も行く。」
父親も玄関で腰を下ろし、靴を履く。
そんな息子の気持ちを大切にしたい。
母親を亡くして、頑張っている自分の息子を協力したい。
成し得なかった三人家族の生活。
失いかけた愛情の育みを父親は無視することはできなかった。
サクライ・アキは広報車で警戒にあたっていた。
強い風が吹く。
生暖かい湿った空気。
それは台風が来る時に感じさせる災害の予兆だ。
二度と悲しいことがあっては行けない。
災害が起こる前に、少しでもそれを防がなくては行けない。
災害で家族を失ったサクライ・アキにとって、今の自分の仕事は生きるテーマともなっている。
「超大型台風が来ています。みなさん指定の避難場所へ避難してください。」
サクライ・アキは広報車で付近を警戒していた。
まるでこれから災害でも起きるような不気味な夕焼け。
その奥から、建物の隙間から見え隠れする暗雲。
超大型台風の邪悪とも言える雲い雲の層が徐々に、ゆっくりと言え近づいてくる。
サクライ・アキの脳裏に蘇る自身での災害の記憶。
大切な家族を失った時のいやな予感。
「おいおい、どこまで行くんだよ。」
湿っぽい空気の風が徐々に強くなってくる夕闇の道。
ポツポツと雨が降る。
超大型台風の接近はもうすぐだ。
少年が小さな身体全身で走っている。
その後を追う父親。
「もうすぐ! 港近くの高速道路の橋桁の下!」
少年は背後で声をかける父親を振り向くことなく必死に走る。
「お前、捨て犬助けてどうするんだ? うちでは買えないぞ。アパートだからな。」
少年はその問いかけを無視してひた走る。
生暖かく湿っぽい強風が吹き荒れる。
徐々に雨が降ってくる。
超大型台風を象徴するかのような大粒の水滴がワラワラと落ちてくる。
海が近いことを証明する潮風が吹き込んでくる。
高く高く聳える湾岸の高速道路橋桁の下に捨て犬は段ボール箱に入れられ置かれていた。
嬉しそうに、同時に心配そうに捨て犬を見る少年。
背後で父親が問う。
「よくこんなところで見つけたな。通学路じゃないだろ。」
不思議がる父親。
少年は捨て犬をじっと見つめながら口を開く。
「だって、父ちゃん仕事でいつもいないじゃん。家に一人でいても寂しいから。」
確かに。
確かにそうだ。
父親は仕事の帰りが遅い。
母親はもういない。
自分の子供の言うことは不憫だ。
自分の子供が不憫で仕方ない。
父親は胸が締め付けられる思いだった。
「ねえ、父ちゃん。この犬、うちで飼っていい?」
それは無理だ。
それは無理だった。
二人が住んでいるのはアパート。
当然ペットは禁止であった。
犬を飼うためには、引っ越しをしなくてはいけない。
だが。
「僕、この犬を飼いたい。この犬を助けたい!」
訴えかける目。
悲しい表情。
父親は思い出した。
この子の母親を、自分の妻を送り出した日のことを。
あの日見せた、自分の子供の表情を。
あの時と同じだ。
もうこれ以上、あのようなな体験はイヤだ。
せめてこの子に明るい未来を体験させたい。
父は決心した。
「約束は守れるか?」
父親の問いに少年は即答した。
「うん。」
父親は一泊考えてゆっくりと自身の子供に問いかけた。
「朝起きたら、ちゃんと顔洗えよ。」
「うん!」
「食べたら歯磨けよ!」
「うん!」
「毎日風呂入れよ!」
「もちろん!」
「宿題やれよ!」
「わかった!」
少年は捨て犬を段ボール箱から取り出し、大切そうに手で抱えていた。
嬉しさを身体全身で表現する捨て犬。
感謝の気持ちを伝えたいのか、捨て犬はひっきりなしに鳴き続けている。
決心の父親。
その二人の前に、強力な湿った風が天から降りそそぐ雨水を噴き上げていく。
一気に強くなる雨足。
もうそこに、二人の頭上にまるで暗黒に包まれた超大型台風がそびえていた。
まるで超大型台風が捨て犬の鳴き声に反応するかのように引き寄せられている。
「ちょっと! そこの人たち、避難してください!」
超大型台風の雨雲で薄暗くなった中、サクライ・アキが運転する
広報車のヘッドライトが二人を照らす。
強いヘッドライトで照らされる、少年と犬と父親。
その時であった。
超大型台風の雨風が一際強く吹く。
「!」
はるか頭上を見上げるサクライ・アキ。
そこに異形の姿を見る。
「え?」
雷鳴を引き起こす超大型台風の暗雲。
それが『何か』の形をしていた。
まるでそれは『意思を持った生命体』のように。
「あれは、なに? 台風の目? いや、違うわ!」
次の瞬間、まるで怪獣の鳴き声のようなサウンドが強い雨風に混じって響き渡る。
まるで『怪獣の咆哮』のように。
サクライ・アキは視線を下げ、高速道路橋桁にいる少年たちに声をかける。
「早く! 早く避難を!」
次の瞬間、何かの光が走る。
一瞬ではあるが強烈な閃光だ。
「今度は何?」
改めて頭上を見るサクライ・アキ。
すると何かの強い衝撃が走る。
強く空気を押すその衝撃波は、押し寄せる強風と雨水を押し返す。
何度も発生する雷鳴が、頭上にいる何かの存在を形取る。
湿っぽい空気が一気に強風に巻き上げられて、風雨と合体する。
一気に海の水が吸収されて形を形成する。
それはまるで、
海中を泳ぐ、巨大なイカの変種のよう。
空中を舞う、巨大クラゲの変種のよう。
超大型台風の雨の中、半透明の巨大な異形の姿を形成している。
「キキキキキ! ケケケケケ!」
超大型台風の騒音に負けじと、奇異な笑い声を響かせる。
時折、電気ウナギのように、身体から青白い閃光を発している。
そしてそれを対峙するかのように聳え立つ『透明な巨大な人影』の背中。
強烈に降り注ぐ雨水と雷鳴により、その姿が垣間見える。
それは『巨大なヒトガタ』の背中であった。
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あたりに声が響く。
何かの警告のようだ。
ただ何を言っているのかわからない。
違う言語のようだ。
その言葉がわかったとしても、降り注ぐ巨大風雨によって、その『声』はかき消されていた。
『警告。警告。目標の逃亡者1号体と確認。
直ちに殲滅処理を実行することを願います。』
サクライ・アキには何を言っているのかわからない言語の言葉が、雨風に乗せられて響く。
『この星で処刑執行人のあなたが今の状態を維持できるのは、この星の基準で、
あと3分以内。3分以内に目標の逃亡者を処刑してください。』
次の瞬間、超大型台風が形成している半透明の『巨大イカクラゲ』と、
雨水と雷鳴で目視できる姿の半透明の『巨大なヒトガタ』がぶつかり合う。
次の瞬間、『巨大イカクラゲ』に押し切られた『巨大なヒトガタ』が倒れ込む。
その先にあるものは、高速道路の橋桁だ。
まるで地震の如く、大きな物音を立てて『巨大なヒトガタ』が倒れ、
高速道路の橋桁を破壊する。
「え? あああっ!」
その光景は悪夢であった。
自身の家族を災害で失ったサクライ・アキには耐えられない光景であった。
「お父さん!」
まるで透明人間のような『巨大なヒトガタ』が『巨大イカクラゲ』に押されて倒れている。
その衝撃で、後ろにあった高速道路の橋桁を破壊してしまった。
そして、その真下にいる少年と犬と父親を巻き込んでしまった。
瓦礫に埋もれる彼ら。
だが少年と犬は致命的なケガをしていない。
なぜなら、咄嗟の判断で父親が身を挺して少年と犬を庇ったからだ。
「お父さん!」
話しかけれど父親は返事をしない。
その光景を透明人間状態の『巨大ヒトガタ』が目視する。
それを見た『巨大ヒトガタ』が焦っているような空気感が伝わってくる。
そしてその光景をサクライ・アキは血の気が引くような感覚いっぱいに溢れ、
恐怖する。
そんな!
なんで!
なに?
あれはなに?
混乱している場合ではない。
瓦礫に埋まった彼らを助けねば!
サクライ・アキは広報車を降り、現場へとダッシュした。
災害現場へと走るサクライ・アキ。
瓦礫の中から立ち上がる『巨大ヒトガタ』。
迫り来る『巨大イカクラゲ』。
超大型台風の激しい風雨と雷鳴が、その場の緊張感を上げていく。
「大丈夫?」
サクライ・アキはできる範囲内で覆い被さり障害となっている瓦礫を排除する。
「お父さん! お父さん、起きてよ!」
自分の身を挺して、息子たる少年と彼が抱える犬を庇っている父親。
「大丈夫ですか?」
即座にサクライ・アキは状況を確認する。
息をしていない。
脈がない。
体温が下がっている。
よく見ると、父親の身体から大量の血液が流れている。
「これは!」
これは!
サクライ・アキの脳裏に思い出したくもないイヤな状況が今、展開されていた。
超大型台風の風雨の中、警告音がこだまする。
「確保後殲滅すべき逃亡者1号体、この星の水分を吸収してその力を増大しています。
直ちに処刑実行を推薦します。現在の状態維持が不可能になるまで、あと30秒。」
半透明の『巨大イカクラゲ』に対し、
半透明の『巨大ヒトガタ』が対峙する。
「光線兵器での処刑実行を推薦します。」
警告音に深く頭を頷き、光線兵器使用の準備に入る『巨大ヒトガタ』。
ますます強くなる超大型台風の風の中、撃殺処刑光線ハイビームのカウントダウンが響く。
『両手』を交差する『巨大ヒトガタ。』
目の前には不気味な雄叫びをあげて荒れ狂う『巨大イカクラゲ』。
「撃殺処刑光線ハイビーム、発動。
ターゲットを眼前の逃亡者1号体にロック。
逃亡者1号体の本体である『コア』を確認。追尾してロックします。
エネルギー発動。位置修正。」
『巨大ヒトガタ』の前に光が集まりはじめ、キラキラと光る。
やがてそれは、光の塊となり、細く一本の光の筋となる。
まるでレーザーサイトの如く、ターゲットである『巨大イカクラゲ』をロックする。
絶望の境地に落ちているサクライ・アキ。
なんとか瓦礫を動かそうとするもどうすることもできない。
少年と犬は無事のようだ。
だが父親は。
この事態を引き起こした『犯人』を見るために顔を上げるサクライ・アキ。
すると。
「あの光は、何?」
「撃殺処刑光線ハイビーム、発射します。」
そこ『言葉』の直後、強烈な閃光が走り、一本の鋭いビームが発射される。
それは降り注ぐ風雨を切り裂き、一本のナイフの如くターゲットである
『巨大イカクラゲ』を突き抜ける。
『中心部』の『コア』を貫き、それは一瞬に空中分解して崩壊していく。
「え? え?」
降り注ぐ超大型台風の風雨に溶け込むように、蒸発して消えていく『巨大イカクラゲ』の姿。
超大型台風が弱っていく。
まるで『巨大イカクラゲ』自体が超大型台風であったの如く。
弱くなった風雨。
その雨が、サクライ・アキたちの方向を見下ろしている『巨大ヒトガタ』を形取っている。
『目と目』が合う、『巨大ヒトガタ』とサクライ・アキ。
何やら『異物』に見つめられて恐怖が走る。
だが、ここを立ち去るわけにはいかない。
ここから逃げるわけにはいかない。
自分の置かれた状況と、
自分が置かれた過去から、逃げるわけにはいかない。
そう思った直後、ミラクルが起きた。
「う、うう。」
うめき声がする。
父親だ。
少年と犬と身を挺してかばって絶命した父親だ。
死んだと判断したはずの父親が息を吹き返している。
「お父さん、大丈夫?」
少年と犬の声が響く。
驚くサクライ・アキ。
自分の判断は正しかったのか?
自分の判断が間違っていたのか?
空を見上げると先ほど彼女を見下ろしていた『巨大ヒトガタ』の姿がない。
そして超大型台風は過ぎ去り、開けていく雲の隙間からキレイな夜空がそこに輝いていた。




