9話 キクエさんは見えている。
私は鳴海菊枝。
昔から、人には見えないものが少しだけ見えます。
道端で立ち止まる人。
誰もいない教室の窓際。
夕暮れの踏切。
気のせいと言われれば、それまでかもしれません。
でも、気のせいではないことも知っています。
中学時代。
この街の七不思議の調査でサクラさんと出会ったことで、それは確信に変わりました。
見えるだけでは意味がないこと。
近付いてはいけないものがあること。
逃げることも立派な対処だということ。
触れてはいけないものもあるということ。
少しずつ教わりました。
だから今では、昔よりもはっきり見えます。
……ただ。
どうすればいいのかは、まだ勉強中です。
◇
入学式の日。
家の前には、アラト君がいました。
「おはよう。」
「おはようございます。」
少しだけ緊張している顔。
本人は隠しているつもりでしょうけど、私には分かります。
昔からそうでした。
嬉しい時。
困っている時。
落ち込んでいる時。
アラト君は、分かりやすいです。
いつも一緒ですから。
◇
放課後。
田中君が話していた神社。
人魚のミイラ。
少し気になりました。
怪談だからではありません。ないはずです。
あの神社には、前から少しだけ違和感がありました。
境内へ入った瞬間、その違和感は強くなりました。
空気が重い。
風が冷たい。
これは、当たりです。
鳥居の向こうだけ、景色の色が少し薄い。
「あ。」
黒猫?です。
多分本当は黒猫ではありません。
もっと別の何か。
社の裏へ歩いていきました。
導いている。
そんな気がしました。
「行きます。」
アラト君の手を軽く引きます。
「嫌な予感しかしない!」
何か言っています。
でも、どうせ、着いてきてくれます。
昔からそうです。
◇
社の中は、本当に危険でした。
アラト君に安産祈願を渡した甲斐がありました。
木箱より先に。
私は"音"を感じました。
笑っている。
何かが、ずっと笑っています。
見えません。
でも、います。
床の水も。
湿った空気も。
全部、本物でした。
だから。
「走ります!」
あの時は迷いませんでした。
逃げるしかありません。
サクラさんなら違ったのかもしれません。
でも、私はまだ祓えません。
出来るのは危険を見付けて、逃げることだけです。
◇
音楽室も同じでした。
楽器庫の前で止まった時。
誰もいないはずなのに、誰かがこちらを見ていました。
ピアノも聞こえました。
アラト君は、途中まで何も聞こえていませんでした。
少ししてから。
ようやく聞こえたみたいです。
「帰ろう。」
もう少しなら大丈夫だと思いましたが。
それで無理をして後悔することだけは、もうしたくありませんでした。
◇
帰り道。
「"俺から言わせてくれ"とは、何の話だったんですか?」
何気なく聞いただけでした。
すると。
「17時15分に、ベートーベンの前で告白すると結ばれるって噂があってさ。」
「…………え。」
そんな噂。
知りませんでした。
私は、怪異の噂しか調べていませんでした。
いや?もしかしたらそれも怪異が?
けれど。
不意打ちは困ります。
顔が熱くなります。
心臓がうるさいです。
どうしていいか分かりません。
アラト君が私を困らせるなんて。
思わず置いて歩き出しました。
◇
帰宅しても、少しだけ落ち着きませんでした。
怪異ではありません。
いや、もしかしたら。
やはり、少し気になります。
……明日。
サクラさんに相談してみましょう。
アラト君。
何か変なものに影響されていないといいのですが。




