5話 ベートーベン
朝。
「うーす、九条。」
教室へ入るなり、田中が声を掛けてきた。
「おはよ。」
「おう。」
「そういや、お前。」
「ん?」
「音楽室の噂、知ってる?」
「噂?」
田中はニヤリと笑った。
「放課後、17時15分。」
「ベートーベンの肖像画の前で告白すると、その二人は結ばれるらしいぞ。」
「……へぇ。」
「3組それでカップル続出だってさ。」
「そうなんだ。」
「鳴海に告白しちゃえば?」
「は?ただの幼馴染みだし。」
「……本気で言ってんの?」
「?なにが」
「はぁ。」
田中はため息をつく。
まったく。
朝から何言ってんだ。
ふと教室を見渡す。
キクエはクラスの女子と何か話していた。
あれは、山田さん?だっけか。
いつも本を読んでる大人しい子。
意外とオカルト好きで、キクエとよく話してるみたい。
キクエ楽しそうだな。
まあ、オカルトの話でもしてるんだろう。
◇
昼休み。
食堂。
向かいにはキクエ。
今日の日替わりは唐揚げ定食だった。
「いただきます。」
「いただきます。」
しばらく箸だけが動く。
珍しくキクエが静かだった。
「……どうかした?」
「いえ。」
「そう?」
何か言いたそうだ。
「アラト君。」
「ん?」
キクエは少し俯いて。
ゆっくり顔を上げた。
頬が少し赤い。
「今日。」
「うん。」
「放課後。」
「うん。」
「音楽室へ行きます。」
「…………。」
俺の思考が止まった。
音楽室。
放課後。
さっき田中が言っていた。
『ベートーベンの肖像画の前で告白すると結ばれる。』
……え。
「アラト君?」
「……あ、あぁ。わ、わかった。」
「本当ですか?」
キクエの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。」
「……うん。」
それだけ言うと、キクエはまた普通にご飯を食べ始めた。
一方。
俺はもう味なんて分からなかった。
◇
午後。
授業。
先生が何か話している。
たぶん数学。
全然頭に入らない。
「九条。」
「……。」
「九条?」
「あ、はい!すみません、聞いてませんでした。」
教室が少し笑う。
田中も笑ってる。
キクエも、少し笑ってる。
◇
放課後。
チャイムが鳴る。
帰る準備をする生徒。
部活動へ向かう生徒。
俺だけ時計を見ていた。
16時30分
「アラト君。」
とてとて。
キクエが近付いてくる。
「行きましょう。」
「……お、おう。」
俺たちは教室を出た。
向かう先は音楽室。
俺の心臓だけが、やたらとうるさかった。




