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14話 赤い傘

やっと中間テストが終わりました。


アラト君はいつも通り、そんなに勉強している風でもありませんでした。

なのにテストでそこそこの点数を取るのです。

理不尽です。


それはそれとして私は甘いものを摂取しないと。

ずっと考えていました。

テストのご褒美。

新しいカフェのパンケーキ。


アラト君を誘うと二つ返事で了承してくれました。


土曜日。


生憎の雨です。

まあ、梅雨ですから仕方ありません。

アラト君と二人、バス停でバスを待ちます。

他には誰もいません。


いえ、居ます。

雨の中、びしょ濡れで立っている女性。

手には赤い傘。

傘を持っているのに、差していません。

髪から水が滴っています。

こっちを見ています。

何かを呟いています。


ぶつぶつ。

ぶつぶつ。

……。


聞き取れません。


あまりよくない感じがします。


「梅雨明け、いつなんだろうね?」


アラト君が何か言っています。

それどころではありません。

女性がこちらを見ています。

正確には、アラト君を。


「……。」


ぶつぶつ。

ぶつぶつ。


「キクエ?」


「あ、ごめんなさい。なんですか?」


「?どしたの。寒い?」


「いえ、寒くはありませんよ?」


寒くはありません。

ただ、少し嫌な予感がします。

女性が一歩、こちらに近づきました。


「……。」


「あの、アラト君。」


「ん?」


「もうちょっと、こっちに来ません?」


「え?いいけど。なんかあった?」


アラト君の腕を引きます。


「もう少し。」


「……?」


女性が、また一歩。


……。


こちらに来ないでください。


「……キクエ?」


「はい。」


「なんか近くない?」


「……そうですね。」


「……。」


「……。」


近いです。

近づいてきています。


「……バス、遅いね。」


「そうですね。」


早く来てください。

お願いします。

女性がこちらに向かって歩き出しました。


その時。

バスが来ました。

助かりました。


……。


そう思ったのですが。

バスに乗ると、さっきの女性が一番後ろを陣取っていました。


……。


いつ乗ったのでしょうか。

いえ、そういうものです。

驚くことではありません。


アラト君はふらふらとそっちへ行こうとします。

この人はいつもそうです。

何も見えないのに、いや、何も見えないからこそ。

無意識に寄って行く。


「アラト君。こちらに。」


前の座席を指さします。


「ん?後ろ空いてるよ?」


空いていません。

居ます。

ものすごく居ます。


「ここがいいです。」


「……そう?」


素直に座ってくれました。

助かります。

本当に。


「……。」


「……。」


後ろが気になります。

振り返りたい。

でも、あまり見ない方がいい気がします。


「キクエ。」


「はい?」


「今日、なんか変じゃない?」


「……そうですか?」


「うん。」


「……。」


「……。」


どう説明したものでしょうか。

赤い傘を持ったびしょ濡れの女性が、ずっとあなたを見ています。


……。


駄目です。

言ったところでアラト君には見えません。

余計に怖がらせるだけです。


「雨のせいでしょうか。」


「雨のせい?」


「はい。」


「……そっか。」


納得しました。


……納得するの?今ので。

本当に?


まあ、いいでしょう。

窓の外を眺めるアラト君。

私も、少しだけ後ろを確認します。

女性はまだ居ます。

赤い傘を膝に乗せて。

俯いています。


ぶつぶつ。

ぶつぶつ。


……。


何を言っているのでしょう。

気になります。

非常に。


ですが。

今日はパンケーキです。


「そういえばさ。」


「はい。」


「今日行くカフェ、何が美味しいの?」


「パンケーキだそうです。」


「へえ。」


「季節限定のものもあるみたいですよ。」


「いいねー、楽しみ。」


「はい!」


そうです。

パンケーキ。

今日はアラト君とパンケーキを食べに行く日なのです。


怪異の調査ではありません。

……。

もう一度、後ろを見ます。

女性が顔を上げていました。

こちらを見ています。

……。

いえ。

アラト君を。


ぶつぶつ。

ぶつぶつ。


何かを言っています。

耳を澄ませます。


「……。」


「……。」


……聞こえません。

気になります。

ものすごく。

でも。

アラト君は楽しそうにカフェの話をしています。

……。

今日は、やめておきましょう。


「次、降ります。」


「あ、もう?」


アラト君が降車ボタンを押します。

ピンポーン。

バスが停まりました。

席を立ちます。

ふと後ろを確認しました。

……。

居ません。

赤い傘の女性。

いつの間にか消えています。


「……。」


よかった。

そう思った、その時。


「……あれ?」


アラト君が後ろを見ています。


「アラト君?」


「ん? ああ、今行く。」


……。

もしかして。

見えたのでしょうか。

いえ。

そんなはずは。

バスを降ります。

雨は相変わらず降っています。


「……。」


「どうしました?」


「いや、なんでもない。」


……。

アラト君。

何を見たのでしょう。

聞きたい。

非常に聞きたい。

でも。


「アラト君。行きましょう。」


「ん。そうだね。」


傘を開きます。

アラト君も傘を開きました。

並んで歩きます。


……。

今日はパンケーキです。

赤い傘の女性が何者なのか。

なぜアラト君を見ていたのか。

どうしてびしょ濡れだったのか。

気になります。

気になりますが。


……。

まあ、いいでしょう。

帰ったらネットで調べてみます。


はやく糖分を摂取しないと。

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