56話:貴族の戯れ
フロガが頭を掻いていると、ブレザーの裾が吊り上がって腰に着けてあるナイフが目に止まった。
試験で戦った時も思ったが、手入れはされているが使い古されてボロボロなってしまっている。
「フロガはナイフを新調しないの?」
「ん?あぁ、しないよ。」
「どうして?」
考え込んでしまった。まずいことを聞いたのだろうか。
「くだらねぇ理由なんだけどよ。こいつはお守りなんだよ。」
「お守り?」
「そう。こいつはずっと俺の事を守ってくれてたから、ずっと持ってるんだよ。」
だからあんなに使い古されていたのか。
そういえば、フロガから入学前の話を聞いたことがない。
それに”守ってくれた”とは、どんな辛い人生を歩んできたのか目に浮かぶ。
「でもそっか、武器や防具にだって寿命はあるよな。
よし、武器屋行くか!フェルが新しいのを選んでくれよ!」
「私が?」
「おう!」
武器の扱いが上手くないせいか、武器の善し悪しを見る目に自信が無い。
それでも、フロガがそう言うなら手伝うくらいはして見よう。
「バウ!」
「うぉ!?」
魔獣にフロガのナイフが盗られた。
街中に野生の魔獣がいるわけが無い。その上魔獣がナイフなんか盗るわけも無い。
「よくやったな オーデウス。」
あの犬の名前はオーデウスというのか。そしてそれを使役している童には見覚えがあるな。
「こんにちは、僕は上級貴族である。 ユリウス・セイア だ。覚えているかな?」
「……お前誰。」
「覚えていないのか!?なんと失礼な下民なんだ貴様は!」
怒声を聞いて思い出した。入学試験の時にフロガに言いがかりをつけた童か。急になんの用で……、なんて決まっているか。
「まぁいい、君の無礼さは知っていたからね。
それにしても、なんだいこれは?
せっかく街の中で君を見つけたから、僕のオーデウスの素晴らしい動きを見せようと思ったのに、こんなものを僕のオーデウスに触らせないでくれないかな?」
人から物を取っておいて謝りもせずなんという言い草。此奴は今ここで消し炭にしてやろうか。
「すまない。薄汚れた物に触れさせてしまったな。返してくれないか?」
フロガが丁寧に話している!?
驚いた。こんな話し方をするなんて今まで無かった。
それだけあのナイフが大切なものであるということか。
「……ふっ。そうだ!君が悪いんだ。このナマクラを返して欲しいのか?
それなら這いつくばって僕に謝れ!自分みたいな下民が貴族であるこの僕を差し置いて勇者学園に入学してすみませんでしたって!」
さっきから何を言っているのか此奴は。
私にも、我慢の限界というものはあるというのに。
童の方へ歩みを進めると、フロガが不思議そうにこちらを見た。
「フェル?」
「君は……、入学試験を一位で合格したフェルだったかな。
亜人風情が姓を持ち、勇者学園に入学しようとは。
だが君は強い。僕の靴に口付けをするのであれば、僕のペットにしてやっても構わないよ!」
「失礼いたします。」
バチンッと音が響いた
手のひらが痛い。こんな奴のために私が痛みを感じる必要も無いが、どうも抑えが効かなくなった。
「何をするんだこの亜人め!上級貴族である僕の顔に傷をつけたな!?」
アルタロムの時よりも力は抑えたのにこうも取り乱すとは情けない童だ。
「非差別国家であるこの国の上級貴族が下民を見下すなどという怠慢を晒すはずが無いでしょう!
彼から奪ったそのナイフを返しなさい!」
「フェル、落ち着け。」
「……うん。」
やはり、若い体はいかんな。
抑えが効かん上に、言葉に出している内に更に怒りが込み上げてくる。
「こんなことをしてタダで許されるわけが無いだろう!
オーデウス!僕を運べ!」
魔獣は言われた通りに飼い主である童を乗せて街を走り始めた。
「返して欲しければ焼却場に来るがいいさ!君たちが来た時にはもう遅いだろうけどなぁ!」
どこまで幼稚なんだあの童は……。
無様を晒して、その上捨て台詞まで吐くとは小物以下だな。
「おいフェル。手、大丈夫か?」
「手?うわ、なにこれ。」
手のひらが爛れて火傷を負っている。
「見せろ。生命の神よ 我の命に応じ力をお貸しください。」
治癒
初級の治癒魔法はフロガも使えるのか。
そういえば魔道具の中に高熱の結界を発生させるものがあったな。それのせいか。
「お前なぁ、貴族に喧嘩売るってのはさすがにまずいんじゃねぇの?」
「フロガには言われたくない。貴方だって入学試験の日に彼を殴り飛ばしていたでしょ。」
「あれは売られた喧嘩を買っただけだよ。勝負をしかけてきたのはあっちだしな。」
それなら今回もそうだろう。
いやしかし、結界を破るほど強力な攻撃を顔面に直撃させたとなれば問題になるのか。
「まぁ、アルとハンバーグが何とかしてくれるか。それじゃあ買い物を続けようぜ?」
「え、追わないの?」
「今から追っても追いつけねぇだろうし、ナイフはどうせ買い替えるんだ。捨てられちまっても構わねぇよ。」
「嘘。本当にそう思っていたらそんな悲しそうな顔しないよ。」
今からじゃ素の状態で追っても追いつけない。
それならやるべきことは一つだけだ。
魔力が全身をつつみ、尻尾に九本に分裂した。
「フロガ、ちょっとごめんね。」
「うぉ!?待てフェルこんなとこで使うなよ!」
獣化した状態でなら、フロガを抱えて走っても追いつけるはずだ。
フロガを抱え、先に走っていったユリウスとかいう生意気な童を追いかけるとしよう。




