54話:甘い寂しさ
この喫茶店を辞めさせる訳にはいかない。そのためには問題を排除するのが最優先だ。
「うーむ、厨房ですか……。」
さすがに部外者をいきなり厨房に入れるのは抵抗があると見えるな。
先王様と交流があったと言ってみるか?
「よし、いいでしょう!
その代わり、しっかりと売上を上げてくださいね?」
「気づいてたんですか?」
「さぁ?」
食えん男だ。反応からして最初から私が先王様を知っていることに気づいていたな。
どうして気づかれたのか……?
この男はただの人間だが、魔大陸を生きて旅していただけの事はあるということか。
「良ければお連れ様も入られますか?」
「あ?いや俺はいいや、暑いだろ?」
なんだ、来ないのか……。
フロガにも見てもらいたかったのだが、無理強いする程のことでもないしな。
それに、たしかにこれは厨房の暑さは耐性がないと辛いか。
「暑いですね。」
「僕はもう慣れっこですけどね。」
この男本当に人間なのだろうか、私ですら熱気を感じるこの厨房で汗一つかかずに笑っている。
「餡子はここで作っているんですよ。」
思っていたよりも暑い。なんでこんなに暑いんだ?
「暑いでしょう。ここでは小豆を一気に強火で煮るんです。」
「しかし、それだと煮崩れしてしまうのでは?」
「えぇ、焦げたり煮崩れせず、それでいて小豆が充分柔らかくなる時間を見つけるのには苦労しました。」
やはり、試行錯誤しているうちにこの男は暑さに慣れすぎてしまったのか。
この暑さで汗をかかないことでどれだけ長い時間をかけたのかはわかるな。
「具体的にどの程度の時間か聞いても?」
「それは企業秘密というやつですよ。」
案外聞き出せそうと思ったがそう甘くは無いか。
「それで、厨房に来て一体何をなさるのですか?」
「その前にお話しましょうか。お客が来ない理由は大きくわけて二つです。
夏に暑い店内で過ごしたくはないこと、同じく夏に熱い料理を食べようとは考えないことです。」
その一つを解決するためにはこれを使えば簡単だろう。
「それは魔法陣ですか?」
「はい。反転の魔法陣ですが、これをお店に取り付けても?」
「どうぞ。」
反転の魔法陣は効果範囲がこの空間を全て包むように設置したい。
高いところでこの厨房の中心になる場所は……。
「店長さん、この柱には何かしらの用途があるのでしょうか?」
「いいえ、なんでもこの柱はこの店を建てる時に店の中心を決めるために作ったものらしいんですよね。」
「つまりここが店の中心なのですね。」
この魔法陣の効果範囲はちょうどこの店と同じくらい。
その上、店の中心だからかこの柱がある部分は天井が高い。
魔法陣を貼るならば打って付けだ。
「それではここに貼らせていただきますね。」
少し高い位置だけど、背伸びをすれば届かない位置じゃない。
魔法陣を柱に貼り付けると、一気に冷たい空気が店中に広がった。
「うぉ!?寒いですね。」
おそらく今の気温は適温か少し下程度のはずなのだが、暑さになれるとこうも寒さに弱くなるのだろうか。
「小豆を作って熱気を出すと、代わりに冷気が広がるという仕組みです。冬になったら剥がして、夏に貼るを繰り返してください。」
あとは、もう一つの課題だな。
「店長さん、このお店は氷室ってありますか?」
「氷室なら店の裏にあるよ?」
「案内していただけますか?」
「いいでしょう!」
案内してもらった氷室は広く立派なものだった。
これだけのものがあって中にはあまり多くの氷も食材も入っていない。本当に餡子一筋なんだなこの男。
「この氷ならいいものができそうですね、厨房に戻りましょう。」
氷室から厨房へと行き来している間に店の中は心地の良い気温になっているな。
「一体何をしようって言うんだい?」
「氷菓をこれから作ろうと思います。店長さんの餡子を使って。」
「はっはっはっ!削った氷に餡子を載せたら氷が溶けちゃうよ。」
夏に熱いお汁粉を出すような人だ。やっぱり、この人は熱い餡子しか知らないみたいだな。
「いいえ、餡子を冷やすんです。」
「はぁ?そんなことして美味しいの?」
知らないものをいきなり提示されれば疑うのも仕方ないだろうが、食べずにそんなことを言われると少しムカついてしまう。
「えぇ、美味しいですから騙されたと思って食べてみてください。」
と言っても、餡子を冷やすのに時間をかけているとこの男もフロガのことも待たせることになる。
本来は一気に冷やすと味が落ちるし最悪の場合は凍るからやりたくはないのだが、今回は餡子を凍結の魔法で一気に冷やす。
調理法はシンプルに、削った氷の上に冷やした餡子を乗せてかき氷の完成だ。
なんだか最近かき氷ばかり作っているような気がするがそんなことを気にする必要も無い。だって美味しいもん。
「完成です。食べてみてください。」
少し嫌そうな顔をしているが問答無用で口の中に突っ込む。
「美味いな!餡子にはやはり無限の可能性が秘められている……。」
曇っていた表情が明るくなった。余程餡子が好きなんだろう。
「こういった氷菓は夏には人気が出ます。
今の店の気温と新商品があれば客足は増えると思いますよ。」
「あぁ!これならきっと売上が上がるだろうね!
感謝の気持ちだ。バイト代くらいは出そう!」
「あ、それならもう少しだけ厨房を使わせていただいてもいいですか?」
実は餡子と聞いてもう一つ作りたいものがあったのだ。
悪いが、フロガにはもう少し待ってもらおう。
しばらく時間が経って、フロガを待たせてしまったが無事に作りたいものは完成した。
「おせぇぞ、フェル。」
「ごめんね、フロガにどうしても食べて欲しいものがあって作ってたの。」
不貞腐れている、膨らませている頬を突いたらどうなるんだろう……。
それは置いておいて、フロガは以前肉まんが好きだと言っていた。
それ以外の好物も合わせて、フロガの舌は中華を好んでいる様子だった。
「これなに?」
「餡まんっていうの。」
この店の餡子は質がいい。わざわざ粒餡と漉餡の二種類まで作らせてもらったんだ。
フロガの口に合えばいいな。
「じゃあ、食うけど……。」
感想の程は……。
「なんだよこれ。美味い!
饅頭に餡子を入れたやつなんて今まで食ったことねぇわ!
熱ぃけどこりゃいくらでも食えそう!」
良かった。喜んでくれた。
「フェルも食うか?」
「えっ!?」
フロガが食べた部分を向けてきた。ここを食べたらそれは……!?
い、いやいや。何を気味の悪いことを考えているんだ私は。
そうだこんなの別に変じゃない。そう、こんな童のことなんて気にせず一口食べればいいだけだ。
どうということは無いんだ!
「フェル、顔真っ赤だぞ。熱でもあんじゃねぇか?」
「っ!?大丈夫!その、やっぱりいらない……。」
「そうか?」
なんで私はフロガを意識しているんだ。
絶対にダメなのに。閻魔である私がこんな二十年程度しか生きていない現世の人間にこんな思いを持ってはいけないのに……。
試験の時から分かってはいた。
私はこの童をどうしようもなく好いているらしい。
「急に笑ってどうした?なんかいいことでもあったのか?」
「うん。とっても。」
「……そっか。」
入学の日からフロガは私に何度も話しかけてきた。だから嫌でも目に入ったんだ。
自分から気にするようになって、稽古をつけてあげればすごく強くなって、私も本気で戦わないと負けそうになるくらいに強くなった。
そして、前の試験でとうとう本当の私を受け入れてくれた。
彼の声を聞いて胸が高鳴ることも彼の姿を見て体が熱くなることも理由も自覚してしまった。
だからもう、この気持ちは抑えられない。
私は、閻魔をやめてでもこの人と一緒に生きたい。
今世も、来世も、その先も。
「次はどこに行くんだ?」
「どこに行こうか。」
だけど、どうして?
彼が、時々とても悲しそうな顔をする時があるのは。
私は彼に何をしてあげられるのかな……。




