153 親代わりの来訪者(2)
そんな心情を悟られないようにしようとして、子矢は自らに用意していた麦茶を啜り飲む。この麦茶は本土のスーパーマーケットやコンビニエンスストアにも販売されていて、根強い人気を長年に渡って誇る著名なメーカーの麦茶で、容量的にちょっとだけお得な品質を二〇四二年でも守り続けている信頼と実績の飲料商品だ。
無論、物心付いてから本土に足を踏み入れたことがない千尋は、そんな世論など知る由もないが、子矢が躊躇なく飲めるお茶だということを確認したのち、ようやく渇いた喉を少しだけ潤す。
「そうだ。すっかり聴き忘れてたんだが、ここに来たのって千尋くんだけ?」
「え? ああはい、僕だけです」
「おお、危ないねー。千尋くんの他にも誰か居たら、こんな夜遅くに取り残すことになっちまって、下手したら泣かすところだったわ」
「はあ……」
「一先ず安心だな、ははっ」
「……流石に泣かないとは思いますよ?」
そこまで幼稚ではないと千尋は、全人工島民を代弁するように訂正を述べる。
保護者役を担っていたせいか否か、子矢の脳内の島民は、本年齢よりもかなり幼い設定のままだ。
「ん……ああ、そうだ、そうだったな。もうみんな十五歳だもんな」
「はい」
「もう真夜中くらいじゃ怖くなったりしないか……でもね、昔は泣いてたんだよ。伊波奈ちゃんと雁行くんがギャーギャーと、塔矢くんが誰かを探すようにウーウーと、圭子ちゃんはその場に座ってシクシクと……宥めるのが大変だったなー」
「あー……なんかそんなときあった気がしますね。僕は、どんな感じでしたっけ?」
「えーと、千尋くんは……困ってたかな? ほら周りのみんながギャン泣きし出したり、そそっかしくしていただろ? それを見て逆に冷静になってしまうタイプのマセガキだったなー……監督役としては助かる子だけど、悪知恵を働かせると一番厄介なタイプの子どもだわ」
「どういう意味ですかそれ?」
「はははっ、千尋くんも大人になれば分かるようになるさ」
「……ずるい言い方ですね」
千尋はささやかな反抗をする。なぜなら遠回し子矢は、千尋たちはまだまだ子どもだと言っているようなものだ。いくら子どもである自覚があろうとも、多少は不服な一面が牙を剥く。
この状況を喩えるなら、大人からお酒を飲んだりタバコを吸ったりすることを鼻高々に自慢されるような感覚だろう。別に羨ましくともなんともないけど、がきんちょのお前にこの気持ちは分からないと見下された気分になるアレだ。
「それにしてもだ。独りで夜遅くに出歩くなんて悪い子になったね……いや、昔もそうだったか」
「しょっちゅうじゃないですよ。今日は本当にたまたまというか、輸入港に……そう、破れた服の補修用の布地を探しに来たんで」
「へぇー……自分のことが見えてたとかじゃないんだね?」
「はい。寮からじゃ管制室の明かりはほとんど見えないですからね。だからここに来る途中で、それに気が付いて、つい最近先生が来訪したばかりだったから消し忘れを疑って入ろうとしただけなので」
千尋は半分は本当で、半分嘘の理由を淡々と語る。
全部を真実にしてしまうと、余計な説明が必要となりそうだったからだ。主に小春の情報提供に関して。
「あー先生ね! せっかくだからそっちを聴かないとだな。それで? 一生徒として、今回の先生はどうだった?」
会話中に出て来た先生というのは、一昨日に授業を行うために来訪した外部教師の、水島 一夏のことを指し示している。子矢は政府管制課の役員として、また推薦人として、生徒である千尋の直接の意見を欲しがるのは自明の理といえるだろう。千尋もその思考を理解出来て、忖度は無しに答える。
「僕個人的な意見でしかないですけど」
「それで構わないよ。君たちの、千尋くんの意見が欲しいんだからね」
「では……初めての来訪で、たったの一日で、僕たちと年齢も近そうな人でしたが、外部の先生としては打ち解けたほうじゃないかなと、思います」
「ほぉ? それが本当なら、少し安心した。いまさら新しい教師なんてみんな嫌かなと思っていたし、自分も他の役員も同行しなかったし、水島先生は生徒たちのことを考慮してか、ありきたりなことしか答えてくれなかったからなー……全員が授業をボイコットとかはなかったんだな?」
「ボイコット……というよりは、半数しか登校してなかったですね。でもこれは水島先生が悪いわけじゃなくて、大人への不信が積み重なっているからだと思われます」
「あぁ……やっぱそうなるか。不定期にしかやってこない教師じゃ、なかなか信用しづらいよな。水島先生に忠告はしたが、落ち込んでしまったかな……」
子矢は額を平手で覆いながら、島民の大人不信を嘆く。
彼としては前々から常勤教師を設け、彼ら彼女らの保護者代わりの存在が必要だと提言していたが、結局のところ実現はせず、子矢自身も身内の不幸が重なって人工島に来訪する頻度が激減し、島内に隔離した環境下も相まって、大人たちへの不平不満を増幅させる格好となり現在に至っている。
「でも、もし……」
「ん?」
「また水島先生が来訪してくれたらなと、僕は思います。他の子がどういう感想を抱いているのかは分からないけど、水島先生はこの島のことを、そして僕たちのことを、ちゃんと知ろうとしてくれている人、だとも思うので」
「……ああ。政府管制課の決定裁量は機密事項だから断言はしないが、検討はさせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします」
千尋が軽く会釈すると、その視界外で子矢は自分のことのように、千尋の感想に対して微笑む。それは常駐教師や保護者代理などの措置を施行出来なかった負い目を、政府管制課の役員として胸に孕みつつも、逆転の発想で不定期に政府管制課内外の誰かしらが来訪するスタイルも、大人を不信がる島民にとっては悪いことばかりではなかったのかもしれないと、子矢は当初の考えを修正しながら。




