ヒンヤリ・レモン(一)
屋根が雹で壊れた。頼んでおいた屋根の修理材料が商館に入荷した。タマ子に手伝ってもらって屋根の壊れた箇所を張り替える。
百姓を長くやっていれば、屋根の修理くらいはできる。雹の後に幸い雨が降らなかったので雨水が天井に漏ったりはしなかった。
焔ジンジャーがまともな値で売れなかったので余剰資金が底を突いた。種や肥料を買うにもお金がいる。手は付けたくないと思った謝礼金だが、手を付けるしかなかった。
タマ子と次は何を植えるか協議をする。
「なんか、安くできて儲かる精霊花って、ないかな」
「そんな都合の良いもんは、ねえだあ――と、いつもなら、言うだなあ。だあが、今回に限っていえば、あるだあ」
季節限定かイベントに使う精霊花だろうか。だとすると、納品時期までできないとゴミになる。ハイリスク・ハイリターンの栽培か。
「村長が新種のヒンヤリ・レモンの試験栽培をしてくれる人間を探しているだあ。参加すれば苗が支給される。肥料代として協力金も出るだあ」
苗が支給されるのならタダ。協力金が出るのなら肥料も買える。だが、そうそう美味い話があるとは思えない。あったなら競争が激しそうだ。
「もしかして、抽選で当選倍率が高いの? それとも、コネとかないと無理とか?」
「いいや、やりたければ、やれるだあよ。やる奴がいないからだなあ。新種の試験場の人間は、いいことしか嘯かねえ。育ててみれば、労多くして実入りがほとんどねえの結果もあるだあ」
「でも、品種改良された新種の精霊木や花でも、実はなるんだよね?」
「なるだあよ。ただ、質がどうなるか全く読めねえだあ。質が悪いと商館は容赦なく買い叩くだあよ。苗と肥料代を出したから買取りまでは面倒みねえ、ってスタンスだあ」
小金を貰って勝手がわからない作物の栽培に乗り出す? 実入りが予測不能なら普通の農家は手を出さない。農業は天候を正確に予想できないのだから、それ以上に冒険はしたくない。だが、金がないヴァンにとっては、初期投資の低さが魅力だった。
「ヒンヤリ・レモンって売れるの?」
「ヒンヤリ・レモンの果汁が入った飲料を飲めば、暑さに丈夫になれるだあ。蒸し暑い夜でも、コップ一杯のレモネードで朝まで眠れるだあ」
「夏が暑くなれば暑くなるほど需要が伸びて売れそうだな。でも、レモンって木になるでしょう? 生長に時間を要するでしょう。一般的なレモンなら売り物になる実が成るまで五年はかかる」
「うんだあ。苗を植えてから木が育つまで三十日。実がなるまで十五日だあ」
普通のレモンの木に比べれば驚くべき成長力。だが、精霊花の類なら時間が掛かり過ぎる。また、育ち切った木を処分する時が大変だ。
タマ子はここで意地悪な顔をする。
「だども、新種は違うだあ。二mまで育つまでに十五日。実も七日で収穫できる。味は変わらず、収量も在来種とほぼ変わりがねえって、触れ込みだあ」
危険な香りがした。そんなに素晴らしい作物なら栽培したい百姓の引く手は数多い。誰だってやりたいが、村の人間が手を出さないのだから、何か危険があるはず。
「問題点があるんでしょう?」
「あるだあよ。収穫回数が五回で枯れるだあ。上手くやれば七回くらいは穫れるかもなあ」
大した問題点ではない。もちろん、欠点がそれだけならば、だが。
タマ子は皮肉な笑顔を浮かべる。
「今までの実績から、試験場で作られた新種は売込の通りにはいかねえだあ。村の人間もほとんど信用せず、手を出さねえ。間に入る村長は、協力者にいつも苦労しているだあよ」
村の偉い人には偉い人の苦労があった。初期投資を抑える。村長に良い顔をする。この二点からヴァンはヒンヤリ・レモンの試験栽培をすると決めた。
翌日に苗を受け取りにフランキーの家に行く。フランキーは喜んでヴァンを迎えてくれた。ヒンヤリ・レモンは白い樹肌で全長四十㎝の苗だった。
畑が百㎡と狭いので受け取った苗は二十本しかない。ちょっと不安だったので尋ねる。
「これは苗一本からどれくらいのヒンヤリ・レモンが収穫できるんでしょう」
「試験場の予想だと一回に二百から五百個も穫れるそうだよ。それが五回の話だよ。もっとも、これは、あくまでも予想だよ」
フランキーの顔はちょっぴり困っていた。おそらく、後から『話が違う』と文句を言われたくないためだ。ヴァンは礼を述べて、肥料代となる協力金を受け取った。
フランキーの家からの帰りに商館でさっそく肥料を買う。協力金の半分以上は消えた。
「ヒンヤリ・レモンの買い取り価格って、いくらですか?」と商館の職員に尋ねる。
「幅が結構、広いですよ。去年の相場だと、百個でナシュトル金貨が〇・三枚から二・五枚ですかね」
価格帯が広いのが、気になる。百個がナシュトル金貨一枚くらいで売れても、充分に儲かる。家に着いて土を一m掘り起こす。盛り土をしてヒンヤリ・レモンの苗を植える。肥料をやる。水は果物なのでやらない。問題なく終わる。
二日、三日、四日、五日と問題なくヒンヤリ・レモンは育つ。背は一・五mを超えないが、立派な幹と葉を生やす。
さすがは精霊木だ、生長が早いと安堵するがタマ子は意見が違った。タマ子はヒンヤリ・レモンに厳しい視線を送っている。
「ヴァンさん、おかしいだ。生長が早過ぎるだあ。ヒンヤリ・レモンがぐんぐん育つには、まだ気温は低い」
新種だから在来種より低い気温で育つだけ、と思いたい。だが「枝葉は立派でしたが、肝心なレモンの実がほとんど生りませんでした」では大損だ。
「どうすればいいと思う。肥料を減らして様子を見る?」
「何が正解かは、わからねえ。それが、試験栽培の怖ろしいところだあ」
昼過ぎに雨が降った。雨は激しくもなく穏やかな雨だった。レモンは乾燥を好み、雨は好まない。結実に影響が出るかもしれないが、腐りはしないと高を括った。雨は一晩降り続いた。
翌朝に起きてみれば、雨を浴びたレモンの濡れた葉は緑色で艶々していたので、安心した。タマ子と一緒に余分な葉を取り除く作業をする。ヴァンは木の白い樹肌に本当に小さな黒い点がついている事態に気が付いた。ゴミからと思い爪で擦ると、すぐ取れる。
ヴァンはそれほど心配していなかったがタマ子に見せた。タマ子の顔が険しくなる。
「まずいだ、ヴァンさん。病気が発生し始めた。黒星病だあ、放置すれば、花が付かなくなる。花が付かねば、実は生らねえだあ」
原因は昨日から今朝まで降った雨のせいだろうか? だとしても病気の発生が早過ぎる。生長が早いのは利点だが、病気の進行も早いのなら大きな欠点だ。
タマ子に薬を買ってくるように指示を受けたので、走って商館に薬を買いに行った。だが、ヴァンが戻って来た来た時には目に見えてわかるほど、黒い斑点が増えていた。
タマ子が畑の傍に座ってがっくりしていた。
「ダメだ、ヴァンさん、病気の進行が早過ぎる。全て切り倒して燃やすしかねえだあ」
いきなり、ヒンヤリ・レモンの木が全滅した。




