焔ジンジャー(二)
一日経ったが、シャーリーは寝て起きて食べてを繰り返す。良くはなってきているが、復帰まであと数日は掛かりそうだった。村のために命を貼ったシャーリーにパンを食べさせる。ヴァンは村長の家から支給された満腹ゴボウで凌いだ。
二日目の朝に外から話し声が聞こえた。気になったので外に出た。フランキーとダニエルが話していた。村長はヴァンの姿を見ると、にこやかな顔で頼みごとをしてくる。
「ちょうど良かった、ヴァン君に頼みがある。畑を貸して欲しい」
満腹ゴボウを作付けする人が少なくて食料が不足してきているんだろうか。だったら、協力するに限る。お金にはならなくても、村の危機に協力しないと、小さな村はやっていけない。ヴァンは即座に決断した。
「喜んで協力しますよ。満腹ゴボウの栽培はやった経験があります」
フランキーは少しばかり弱った顔をする
「そうじゃないんだ。ヴァン君の畑に剣を植えたいんだ」
剣と聞いてピンときた。嵐を呼ぶ獣を倒した昔話にあった剣だ。昔話が実話を元に作られているなら、畑に生る剣も実在してもおかしくはない。
「喜んで」と答えると、ダニエルが少しばかり怖い顔をして止める。
「早まるな、ヴァン。剣はヌッコ村の畑の力を吸い上げて力を得る。どれだけ、畑の力を吸い上げるかは、まるでわからんぞ」
リスクがある仕事だった。ヌッコ村の畑には不思議な力がある。でも、力は無限に湧いてきているわけではない。精霊花だって肥料をやって、やっと品質の良い物ができる。魔物を倒す凄い剣ならどれだけ畑が痩せるかはわからない。
申し訳なさそうな顔でフランキーは説明する。
「ダニエルの指摘は本当だ。引き受けて畑が使えなくなったとする。新しい畑を開墾できるまで補償金を出す」
百姓にとって畑は命だ。なければ生きていけない。精霊花は儲かる。だが、ヌッコ村がどんどん大きくなっていかない理由は、畑を増やすのが難しいからだ。畑が使えなくなれば、数年単位で何もする仕事がなくなる。そうなれば、他人の目は厳しくなっていく。
立地の問題もある。ヴァンの畑は良い場所にある。陽当たりもよく、家からも近い。商館までの道も平坦だ。同じ広さの畑を再度、貰えたとしても、ここまで利便性がよいとは限らない。また、新しい畑が同じく肥えたと土地とは限らない。
リスクが見えてくると二の足を踏んだ。
「他に候補となる土地は、あるのでしょうか?」
代われるものなら代わってもらいたい。フランキーは困った表情を浮かべる。
「剣はどの畑でも育つわけではない。候補はヴァン君の畑を入れて五箇所。もっとも有望な土地は確保できた。でも、万全を期しての討伐にしたいので、最低三箇所は押さえたい。一本だと生育不良が問題になる」
フランキーの心配は、もっともだ。嵐を呼ぶ獣を退治するのは命懸け。不完全な武器で挑んで負ければ、村への影響は大きくなる。また、討伐隊の人間の命も危ない。協力はできれば止めたいが、断って失敗すればヴァンとて影響を受ける。
『ルーカス叔父さんならなんと言うか』とヴァンの頭にそんな言葉が浮かんだ。ルーカスなら引き受けたと思う。理由はないが、そんな気がした。気になったのでダニエルに確認する。
「ルーカス叔父さんなら、引き受けたと思う?」
ちょいと気まずそうな顔をしてダニエルは答える。
「お人好しのルーカスなら承諾しただろう。だが、ヴァンよ。お前はルーカスではない。自分の心に正直になっていいんだぞ」
方針は決まった。ルーカス叔父さんのように僕もなろう。縁がきっと僕を助けてくれる。
「村長さん、お話を引き受けます。剣を育てましょう」
「ありがとう。これで村は救われる」とフランキーは頭を下げた。
一時間後にココナッツに似た実をタマ子が一個だけ持ってきた。畑の中央に穴を五十㎝ほど掘って植える。特に肥料や特別な水はやらない。それでも、剣が成る実はすぐに芽を出した。木はゆっくり生長を始めた。
タマ子が育ちゆく木を丹念に見つめる。
「ここまでは問題ねえだ。夜中には木は育ちきる」
あまりにも早い生長。おそらく、畑の力はどんどん吸われていく。もう、後戻りはできない。曇った空を見上げてタマ子が教えてくれた。
「あとは夜中に木に雷が落ちればええ」
空は曇り、風が出ている。だが、雷が夜中に落ちるとは思えない。
「雷が落ちるまで待つの? いつになるかわからないよ」
「怪我をした嵐を呼ぶ獣だども、回復は早え。今夜、辺りに戻ってくるだあ。怒った嵐を呼ぶ獣が雷を呼ぶだ」
嵐を呼ぶ獣は無傷ではなかった。おそらく、少し前にちょっとだけ晴れたのも怪我をしていったん森の奥に退避したため。嵐を呼ぶ獣が復讐に燃えて戻ってくる。おそろしくもあるが、嵐を呼ぶ獣の力でもないと雷なんて都合よく落ちない。
「夜中を待つべ。今夜は徹夜だぞ。落雷を受けた木に火がついて転がった大変だ」
落雷の威力と落ち方によっては火災の危険性がある。火災となれば村に甚大な被害が出る。用心が必要だ。
夜が近づくと天気はだんだんと荒れ模様になった。風が強くなり、雨が降り出す。窓を小さく開けて、外を見張る。剣の成る木は高さが四mで幹回りが五十㎝とかなり大きくなっていた。木は嵐に揺らぐことなく堂々と立っていた。
夜更けになるとついに雷が鳴り出した。タマ子と家の中で合羽を準備して待つ。空が光り、雷の音が聞こえてきた。来るかな、と構えると空が光った。青白い雷が木を撃った。
「やっただあ、成功だあ」タマ子が興奮の声を上げた。
雷に打たれた木は半分になり燃えた。急ぎ外に出る。弾けて転がった木の火を消す。雨のおかげもあり、木に着いた火は消えた。火災の危険性はなくなった。だが、地面から生え、残っている木は燃え続けていた。木は雨の中で青白い火花を上げて燃え続けた。怖ろしくも美しい光景を見ているとタマ子が怒る。
「落雷が一度とは限らねえ、すぐに家に避難するだ」
家の中に戻る。窓から外を見るが、落雷を受けた木は燃え続けた。燃え尽きない様子は神々しくもある。雨と風は朝に弱まっていく。剣の木に着いた火は夜明け前には消えた。外に出て行こうとすると、タマ子が止める。
「まだだ、まだ熱を持っているはずだあ。しばらく待て」
米を炊いて食事の用意をする。食事が終わると、タマ子が軍手と麻袋を持ってきた。
「成功したとは思う。成果を確かめに行くだあ」
軍手を嵌め、燃え残った木の前に立つ。木に触るとボロボロと表面が崩れる。まだ、仄かに熱を持つ木の皮を剝がしていく。崩れた木は麻袋に入れた。木の中に固い物があった。
正体は縦に長い楕円の半透明な物体だった。中には白木の鞘に納まった長剣が一振りあった。じろじろタマ子は半透明な物体を確認する。
「これが剣の実だ。よし、割るだあ」
タマ子がノミを実の上から打つ。物体は綺麗に割れた。中から白い剣が現れる。ヴァンは刀身がどうなっているか気になった。抜こうとしたが、抜けなかった。タマ子が笑う。
「無駄だあ、ヴァンさん。そいつは選ばれた者にしか抜けん」
ちょっと残念ではあるが、わからない話ではない。剣が使えないヴァンが抜けても嵐を呼ぶ獣には勝てない。
家の戸が開く音がした。振り返ればシャーリーが立っていた。シャーリーはヴァンの前に来る。ヴァンが剣を差し出すとシャーリーが剣を抜いた。
シャーリーが刀身を睨み口にする。
「これなら折れない。この剣なら嵐を呼ぶ獣に止めをさせる。今度は負けない」
タマ子と顔を見合わせた。どうやら、シャーリーには勝ち筋が見えているらしい。希望が見えた。剣が実った翌日には討伐隊が再編された。討伐隊は一日の準備期間を経たのちに出発する。
出発した当日の夜には激しい嵐になった。されど、朝には止んだ。昼には『嵐を呼ぶ獣が討伐された』とのニュースが村を駆け巡った。村は救われた。




