第24話 口に出してないから死亡フラグではない
「なあ、リュカ。今日は少し別行動にしないか」
宿屋に併設されている食堂で朝食を取り、あとは各自というところで俺は意を決して切り出した。
どう伝えたものかと食事中色々と考えてもみたが、下手に嘘を付くよりも正直に一人になりたいのだとシンプルに伝えることにした。
心細さにちらりとヨハンへ視線を向けると、彼はリュカの方を見てどう返して来るか静かに待っているようだった。
事情を知らないアンジュまでが異様な空気を察して固唾を呑んで俺たちを見つめている。
リュカはそんな彼らを一瞥すると、俺ににっこりと微笑んで――
「うん。分かった」
(…………ん?)
「えっ……ほ、本当にいいのか?」
「勿論。実は僕からも言おうと思ってたんだ。僕はずっと一緒に居れて嬉しかったけど、兄ちゃん最近疲れてるみたいだったから……そりゃあ一人の時間も大切だよね」
「リュカ……」
「我儘言ってごめんね」と申し訳なさそうに眉を下げるリュカ。どうやら俺の不調にとっくに気付いて罪悪感を感じていたらしい。
可愛い弟の頭をくしゃりと撫でて「気にすんな」と微笑みかけると、やっと安心したような笑顔で見上げてきた。俺の弟可愛い。
朝食後、見事一人行動を勝ち取った俺は、特に何処かへ向かうあてもなく村の中をぶらぶらと歩き出した。
昨日の内に村の中は一通り見て回ってしまったし、買い物だって必要な分は全部昨日の内に――ああ、後でヨハンと買い出し行くんだった。
(何か買い忘れとかか? アイツが買い物後回しにすんの珍しいな)
「いつ何が起こるか分からないから」といつもは村に着いてすぐに必要な物を買いに行くヨハンにしては珍しい。ヨハンは俺たちの中で一番しっかり者だから金や食料について任せてしまっているが、もしかしたら負担になってしまっているのだろうか。
……いい機会だ。この後の買い出しでやり方教えてもらって、今後は分担していくか。
それじゃあゲオルグにも話して――と考えて首を振る。
ゲオルグは駄目だ。自分の食いたい物だけ買って来る未来しか見えない。
そもそもアイツは毎月の分担金も残らないような金の使い方してるし、金銭感覚が貴族仕様なんだよな。いや最近引き抜かれたばかりのアンジュはともかく、生まれた時から貴族なヨハンが庶民な俺より庶民的なことの方が異常か。
昨日と同じ店で串焼きを買い、それを食べながらのんびり歩く。
確か、このまま進めば小さな川に突き当たったはずだ。
足首あたりまでしかない深さの川辺に座り、木に背中を預けて一息つく。目を閉じると、穏やかな水のせせらぎや鳥の囀りが聞こえてきてかなり癒される。
魔物との戦いばかりでずっと張り詰めていた糸がゆっくりと緩んでいくような感覚。こういう長閑な生活もいいかもしれない。
(俺、この戦いが終わったら冒険者やめて牧場始めるんだ。朝は搾りたてのミルクを飲んで、夜は自家製のチーズで一杯。……うわ絶対美味いじゃんそれ。野菜なんかも育てて、たまに遊びに来た皆と魚釣ったりなんかして、それを外で焼きながら焚火を囲んで話を――)
ぱちぱちと爆ぜる炎に照らされた顔はどれも穏やかで。
腰や背中に剣なんてなくて、洋服だって防御力なんてないに等しい柔らかい素材のもの。服が汚れたとしても、それは鉄の匂いのする赤黒い液体なんかじゃなくて、太陽の恵みを受けた野菜を採る際に付いた大地の匂い。
その頃貴族組はもう結婚してるかもしれないな。
何年か経ったら炎を囲む人数も増えてたらいいなぁ。皆の子供たちの賑やかな声を聞きながら、大人組は最近あった大変なことなんか話して。魔物なんて話題にも上がらないくらい、平和で、穏やかな――
背後から誰かに見られている気配を察して目を開く。
勢いよく振り返ると、少し離れた位置からヨハンがこちらを見つめていて、俺と目が合うと少し気まずげな表情を浮かべた。
目を瞑っていただけのつもりだったが、どうやら眠ってしまっていたらしい。いつの間にか太陽は真上にまで登っていた。
寝る前に死亡フラグみたいなこと考えてたことは覚えてるが、口に出さなきゃ無効だよな!?
「もう時間か? 悪いな、探しただろ」
「ただ姿を見つけただけ。起こすつもりはなかったんだけど。……まだ時間はあるし、もう一眠りしたら?」
「んー……大分スッキリしたし、いいや。時間あるならお前もここ座れよ。串焼きいるか?」
近寄って来たヨハンに隣を勧め、『時の箱庭』から取り出した串焼きを渡す。
買ったばかりのように熱いくらいあるそれに俺も齧り付いて、「味は保証するぜ」と言うと、ふっと笑って受け取ってくれた。
「折角一人になれたのに僕と一緒でいいの?」
「おー。自分でもビックリなんだけどさ、この短時間のんびりしただけでマジで回復した。自然の力ってスゲェわ」
どうせここで別れてもすぐに合流するのだ。それが少し早まったところでどうってことはない。
「ふぅん」と聞いてきた割に興味なさそうな返事に隣を見ると、どうやら串焼きが気に入ったらしく、頬張る口元が若干上がっていた。勧めた側としては冥利に尽きる。
「へへっ、美味いだろぉ。帰りにまた買って行こうぜ」
「え? ちょっと、無駄遣いは控えてくれる?」
「いやいや美味いモン買うのは無駄遣いじゃないって。流石に沢山買うのは無理だけどさ、頑張った日とか特別な日に食う分くらいいいだろ? 折角保存が効くんだからさー」
ほんっと、『時の箱庭』様様だ。
食料は腐らないわ、大荷物背負わなくていいわで大活躍。
(これ作ったのヨハンなんだよなぁ……)
時々忘れそうになるが、彼は魔導師長で、本来ならこんなに気安く話せるような相手ではないのだ。
(俺の牧場に誘っても来てくれないかも――いやないな。「僕は君みたいに暇じゃないんだけど?」とか言いながらも来てくれそう)
毎日忙しくて目の下に隈作ってさ。
もしかしたらアンジュも魔導師として一緒に働いてるかも。というか二人結婚してたりして……?
「なに笑ってるの?」
気付かないうちにニヤけてしまっていたらしく、ヨハンが訝し気にこちらを見つめていた。
慌てて誤魔化して『時の箱庭』の有用性を考えていたと告げると満更でもなさそうだった。どうやら串焼きの許可はもらえそうだ。
「なぁヨハン。今度一緒に魚釣りしよーぜ」
「はあ? なに急に。……まあいいけど」
夢の内容なんて知らないヨハンは訳が分からないとばかりに眉を寄せていたけれど、仕方ないなとそっぽを向きながら頷いてくれた。こういうところがあるヨハンはやっぱりどれだけ忙しくても牧場に来てくれるだろうなと思って、俺は堪えきれずに小さく笑った。
本当にお待たせしてしまって申し訳ないです。
元々こういう風に進めていこうって話の展開を考えていたんですけど、ちょっと変えようかなーって変更したら着地点が見えず……
これ以上更新が遅くなることは今後ないはず……




