妖精の靴
ちと少ないです
「いいですか、門番に喧嘩を売るなどもってのほかです」
「ぅい」
どーも、ギルドにて朝早くから怒られているキイロです。
朝、ギルドに着いてから今に至るまで延々と昨日のことで怒られ続けています。体力的には問題なくても気力の方が持ちませぬ。
昨日はドワーフであるエシャナダさんを酔い潰すまで飲んでいたのであまり寝ていません。このまま説教が続くと眠ってしまいそうです。
「基本、門番も探索者には不干渉が原則ですから彼にも問題がないわけではありませんがそれは今は良いのです。門番はあれでも重要な仕事なんです。その門番に喧嘩を売るということ
はこの街において敵対行為と取られても仕方のないのですよ?」
つまり、捕まる可能性もあったわけですか。
どうにも興奮すると抑えが効きにくくなるんですよねぇ。我ながら修業がたりません。
「今回は門番の方にも問題があったとしてお咎めなしになりましたけど、……次はありません」
なんでしょう? 今、一瞬寒気がしました。
まさか、イーアさんの冷たい眼差しは物理的な効果でも伴うとでも言うのでしょうか。
「……いいですか?」
先ほどよりも鋭い殺気。
ふざけたのがバレましたかね。殺気を受け流しながら素直に返事をします。
「はぁ、……まぁ、いいです。以後、このようなことがないように願います。当ギルドとしても無駄な血が流れることは望んでいませんので」
「はい、すみませんでした」
というか、無駄な血が流れることを望まないってことは次が起きたときは問答無用で斬られるんですかねぇ。
「謝るくらいなら最初からしないでください。ただでさえ、訓練場の補修などで仕事が多いんですから」
「……すみません」
これは平に謝るしかありませんね。
そちらも俺が理由だと知られればそれこそ縊り殺されてしまいそうです。
ギルマスとルゥシャさんが漏らすことのないように願うばかりです。
「それで今日は?」
「あっ、昨日の依頼をお願いできますか?」
「承りました」
昨日、迷宮に向かう前に見繕った依頼は『倉庫の整理』、そう難しい内容には思えないのですがどうなんでしょうか?
「場所はわかりますか?」
「工業区ですよね? だったら問題ありません」
「そうですか。では、くれぐれも問題などは起こさないでくださいね?」
「たはははっ、気をつけます」
別に起こそうとして起きるもんでもないと思うのですけれど、こればっかりはやってみなきゃ分かりませんね。
◇
ガランフォートの街は主に五つの区画に分かれている。
迷宮を中心に広がる迷宮区はガランフォートにおいて最も広い区画になっていてギルドもここに含まれていて、迷宮やそこに潜る探索者に関係する施設が多く存在しており、ガランフォートとしても一番稼ぎの良い区画であることから商業区とも呼ばれる。
ガランフォートは迷宮が有名だが王国南部最大の都市ということもあって迷宮に関わらない人間も多く暮らしていて、そんな人たちの暮らす住宅区。ここはさらに貴族区と一般区に分けられる。貴族区と一般区に関しては言葉の通り。
このガランフォートを治める貴族はその存在を認めていませんがガランフォートの西側に広がる暗黒区がある。どこの都市にもこういった暗部はありますがガランフォートほどの都市になるとその規模はかなりのもの、流民やならず者、後ろ暗い連中の溜まり場になっていて治安は最悪らしい。
そして、最後に今回の依頼は武器、道具といった様々なものを作る工房の広がる工業区があって、ガランフォートの街の全容となる。ちなみにエシャナダさんの工房『巨人の一踏』もここにある。
「すみません。ギルドの依頼を受けてきたものですがー」
やってきたのは『妖精の靴』という工房。ここはエシャナダさんの工房とは違って魔道具を作っているようです。
魔道具というのは魔法の使えない人間でも簡易的な魔法を使えるようにしたもののことで、そういった道具を作る工房を通常の工房と区別して『魔法工房』と呼んだりします。
魔道具は昨日集めたクズ魔石のような低位の魔石で動く場合がほとんどで、そういった意味では『魔法工房』というのは今の自分にとって一番のお得意様といってもいいかもしれません。
「はいはーい、少々お待ちを~」
工房の奥から間延びした声がする。
待て、とのことなので工房内に視線を走らせながら待たせてもらう。馴染みのある魔道具から用途の分からないものまで、実に様々なものであふれかえっている。
あっちは火を起こす【種火】の魔道具、その隣は水を出す【湧水】の魔道具。ただその次辺りからはなんなのか分からない。
見た目はロープのようだけれど生きているかのようにうねっているし、その隣には毒々しい色の液体で満たされたガラスに眼球が浮かんでいる。
――ギョロリ
今、気のせいでなければこちらをにらんだ気がしました。
そっと目を逸らす。
「ごめんねぇ。お待たせしました~」
「いえ、珍しいものが見れて……楽しかったです」
「珍しいもの? そんなのあったかな~?」
工房主と思われる人物はフードを目深に被っており顔が窺えない。
高い声から察するに女性でしょうか?
ただ気になることを一つ上げるとしたら彼女の身長が低いこと。俺と頭三つほど違います。
「まぁ、いいや~、わたしはイアリア。この『妖精の靴』の工房主兼店主をやっています~。以後お見知りおきを~」
「これはご丁寧に。自分はキイロと言います」
「それで今日はギルドの依頼で来たんだっけ~」
「はい、倉庫の整理と聞いてます」
この小さな工房主はイアリアさんと言うらしい。
エシャナダさんはドワーフだから当然として、この街の工房主は背が低いことが標準だったりするんですかねぇ? 種族を聞いてみたいですけれど不躾にそういったことを聞くのはマナー違反だから、いつか仲良くなる機会があるのなら聞いてみることにしましょう。
「そっか、助かるよ~。何回か受けてくれた人もいたんだけど、みんな途中でやめちゃって困ってたんだ~」
受けた人全員が投げ出すって結構ヤバイのかもしれない。
ただの倉庫の整理にしては報酬も悪くないので塩漬けされる理由が分からなかったのだけれど、流石にそう甘くはないと言ったところ。
「まぁ、やれる範囲で頑張ります」
◇
案内されたのは工房の奥、倉庫の入口の扉にはよく分からない紋様が施されていました。
今に思えば、ここは魔法工房で、そこに施されたのはただのデザインでないことは当然のことでしょう。
「これは?」
「捨てても問題ないね~」
倉庫だと言われた部屋はあり得ない広さをしていました。
依頼主であるイアリアさんによればこの倉庫は空間拡張の術式が施されていて、元は小さな部屋に過ぎなかったその場所は工房の敷地と同程度の広さを誇るらしい。
「じゃあ、こっちは?」
「ん~、少し手直しすれば使えるかも~」
問題は、その広さの倉庫がすべて埋まってしまったこと。
どうやら失敗作、作ったは良いけれど売れなかったもの、あるいは売るのを自粛したものなどを放り込んでいたら、魔道具がゴミも当然に積み上げられているのはある意味壮観でした。
「これとこれは?」
「こっちはダメ、そっちは捨ててもいいよ~」
もういっそのこと全部魔法で吹っ飛ばすなりなんなりして、処分してはいけないのか聞くと色んな魔道具があるせいで乱暴な方法で片付けようとすると問題が起きる可能性があるらしい。
そんなわけでイアリアさんに一つ一つ確認していきながら魔道具の山を分別していきます。
ただ単純な作業だけかと言えば、そうでもありません。
イアリアさんにとっては失敗作でも意外と有用なアイテムもあったりします。
「これ、なんですか? アクセサリーですか?」
「あははは、まっさか~。それも魔道具だよ」
「へぇ、ただの指輪にしか見えませんよ?」
「まぁ、組み込んだ術式も大したものじゃないしね~」
「そうなんですか?」
「うん。【種火】と【湧水】、それと【清潔】の術式だったはず~。それに術式を組み込みすぎたせいで魔力消費の効率も悪いんだよね~」
魔力の消費が悪いのは少し気になるところですが便利なことに変わりはありません。
「これ、貰ってもいいですか?」
「? いいけど、お店にある方がいいやつだよ~」
「いえ、そこまで余裕があるわけでもありませんから」
そんなわけで有用そうな魔道具を譲ってもらえることになりました。
「流石に今日一日じゃ終わらないね~」
「そうですね。また明日も、ですね」
そんなこんなで一日が終了したけれど、片付け終えたのはせいぜい三割が良いところでした。
まぁ、イアリアさんも店のことがあったりするので時間がかかるのも仕方ないことでしょう。
また明日からも頑張らなければいけませんねぇ、と覚悟を決めているとイアリアさんが驚いたような声音で呟きました。
「どうかしました?」
「明日も来てくれるの~?」
「ええ、依頼は達成できてませんし色々と貰っちゃいましたし」
「そっか~。なら、よろしくねぇ」
「ええ、よろしくお願いします」
帰る前に見たイアリアさんはなんだか嬉しそうに見えました。
――今日の成果
『生活の指輪』【種火】【湧水】【清潔】
『ポーションホルダー』【薬効向上[微]】
『強化薬×5』【筋力強化[微]】×2【硬化[微]】【感覚強化[微]】×2
どっかに文才がネーミングセンスとセットで498とかで売ってませんかね?
最後のポーションホルダーなんかはそのうち出します。