第七十九話 玄武池に響く嘆き
◇◇◇◇◇◇
一方、玄武池では甘寧を中心に死闘が繰り広げられていた。
「クソ……斬っても斬っても再生しやがる」
「甘寧……俺達では歯が立たなかったのかもな……」
「あぁ……」
甘寧と凌統は背筋を流れる汗を感じながら、“死”を覚悟し始めていた。
そんな中、甘寧と凌統を励まし続けていたのは、他でもない酒呑童子だった。
「お前ら! だらしないぞ。もうすぐテイマーが戻ってくる。それまで生き延びるんだ」
そう言い放つ酒呑童子は、誰よりも深い傷を負っていた。
「口ほどにもない。所詮、妖魔や異国の妖怪はこの程度……。バックベアード様が黄泉を支配する日も近い。さて、仕上げといくか」
クラーケンは触手で船全体を覆いつくすと、力任せにデッキを叩きつけた。亀裂の入った船は、犇めきながら玄武池の泥水を纏い始めた。
「さぁ、どうする? 船が沈むぞ」
「卑怯な手を……。元海賊の俺様を舐めるな!」
甘寧は船のダメージに激怒し、闇雲も青龍刀を振り回した。鋭い一撃は、触手に97のダメージを与えた。――HP0/80――
「無駄だと言っている!」
クラーケンは、甘寧が斬り付けた触手を再生させた。
「無駄だと知っても、俺達はこれしか能がないんだよ!」
凌統も負けじと方天戟で触手を斬り付け、88のダメージを与えた。――HP0/80――
「煩いハエめ! まだ己れの無力さを認めんのか?」
クラーケンは、いきり立ち甘寧に狙いを定め触手で掴み上げた。そして、鋭い牙で右肩に噛み付き引きちぎった。
「ぐぁぁぁ――っ!」
甘寧は、力なく青龍刀をデッキに落とした。その横には、全てを暗示するかのように、鈴が転がり落ちていた。
「貴様――っ!」
傾く船を物ともせず、酒呑童子がクラーケンの本体に襲い掛かった。しかし、辿り着く前に触手に両手両足を掴みあげられた。酒呑童子程の大男が、意図も簡単に宙吊りになってしまったのだ。
「離せ――っ!」
「離せと言われて離す奴がいるか? 丁度いい……我ら西洋の悪魔の恐ろしさを味わうがよい。ふぬっ!」
クラーケンはその目を光らせると、酒呑童子の肉体を引きちぎった。バラバラになった酒呑童子がデッキに横たわる。
「かはっ……お、お前ら……。テイマーに伝えて……くれ。じ、地獄で待っている……と。……無念」
首だけになった酒呑童子は、凌統にそう述べると静かに息を引き取った。
「酒呑童子――っ!」
虚しく玄武池に響き渡る凌統の叫び。クラーケンは、満面の笑みを浮かべ泥水を飲み干した。
「異国の妖怪と言えど脆い物だ。さぁ、次はどいつだ?」
方天戟を構えながら震え上がる凌統は、完全に戦意喪失していた。甘寧が必死に呼び掛けるも、その目は遠くを見つめる。
「凌統……しっかりしろ! 酒呑童子の死を無駄にするのか?」
「…………」
凌統は返事もせず、方天戟を投げ捨て両手を掲げた。
「降参するというのか? いい心掛けだ。だが、我ら西洋の悪魔は甘くない。死ね――っ!」
クラーケンはデッキに這い上がり、凌統へと牙を向けた。絶体絶命のピンチ。
――刹那…………。
「おらおら――っ! 烏賊野郎! この弁慶様が相手だ!」
敵から奪ったと思われる船から突如現れた弁慶が、凌統の前に立った。
「ささっ。凌統殿、今のうちに!」
それと同時に素早く凌統の元へ駆け寄り、肩を貸す義経。
「よ、義経……どうしてここへ?」
窮地を救ったのは、義経と弁慶だった。
「タクマ殿に草薙の剣を届けに参った。凌統殿……タクマ殿の姿が見えぬようですが……」
「タクマは、その草薙の剣を取りに邪馬台国へ……。何でも、触手を再生するこのクラーケンは、草薙の剣じゃないと倒せないと……」
「何と、行き違いであったか……ならば、某が草薙の剣で……」
「出来るのか?」
「一か八かです。凌統殿、弁慶と某がそのクラーケンとやらを引き付けている間に、甘寧殿と脱出を」
「わ、わかった」
義経は沈み行く船上で、草薙の剣の鞘に手を掛け戦場の風を感じていた。




