第六十話 深い絆
「まさか、全体攻撃を仕掛けてくるとはな……だがな、この弁慶様を舐めるなよ」
弁慶は五条袈裟に含んだ水を絞ると、甲高い足駄の音を鳴らした。そして、その目は義経へと向けられた。恨みを込めたような憎しみの眼差しでだ。
「義経……俺は今までアンタの言いなりになって生きてきた。でもな……気付いたんだ。それは本当の俺じゃない……俺の居場所じゃないってな!」
「何が言いたい?」
「俺を縛る権利はないってことだよ!」
義経は表情一つ変えなかったが、悲しい目をしていた。それもそうだろう。今まで良き部下……いや、良きライバルでもあり良き相棒でもあった弁慶に裏切られたのだから。
「共に汗を流したあの日々は、嘘だったというのか?」
「今頃気付いたか? 坊っちゃん!」
弁慶は、半分戦意を失いかけた義経に向け、薙刀を振りかざした。
「義経、何をしてる! 構えるんだ!」
オレが注意を呼び掛けるも、義経は虚ろな表情で微動だにしない。
「死ぬ気になったか? これでも喰らえ――っ!」
弁慶の薙刀は、無防備な義経の肩を切り裂いた。義経は、59のダメージを受けた。――HP107/225――
「弁慶よ、気が済んだか? 某を憎んでくれても構わない。でも、これだけは言える。某は……お前を大事な"友"と思っていることを!」
義経は傷付いた肩を撫でると、弁慶の懐に潜り込んだ。そして、一瞬のうちに柄に手を掛けると、すかざず膝丸を横一線に斬りつけた。弁慶に75のダメージを与えた。――HP37/290――
あと一歩のとこで踏みとどまった弁慶だが、瀕死の重傷に陥った。次の水天坊の攻撃が成功すれば、間違いなく仕留めることが出来る。
「ぐぅぅ……」
流石の弁慶も、痛みに耐えるので必死だ。踞るその姿は、大男とは言えずコンパクトに収まっている。
「ふっ……使えない男……」
茨木童子は、弁慶を蔑んだ目で見下ろした。その態度で俺は悟った。弁慶もこの女に利用された被害者なのだと。
「弁慶よ、お前はこの女に利用されただけなんだ。目を……目を覚ませ! 本当は優しい男。さっきオレ達を助けてくれたことは嘘じゃない筈だ。お前は、オレ達の仲間だ!」
「俺が仲間……」
「弁慶! こやつらの言っておるのはデタラメじゃ。お前は、大人しくわらわの"捨てゴマ"になってればいいんじゃ?」
「捨てゴマ?」
その言葉に弁慶は反応し、キリッと茨木童子を睨んだ。
「何じゃ、その目は? 妖魔として、黄泉を彷徨っていたお前を助けたのはわらわじゃぞ! 恩を仇で返すと言うのか?」
「うむぅ……」
弁慶は固く拳を作りながらも、頭を垂れた。
「それでよい……それでこそわらわの捨てゴマじゃ。さて、諸君。わらわはもう、このつまらん茶番劇に飽きた……これで終わりにさせてもらう」
茨木童子はそう言うと、全身を震わせ妖気を最大限に集めた。
「も、もしや、これが特有スキルの"崩壊"?」
オレがそう言うと、茨木童子はニヤリと笑みを浮かべ、義経に狙いを定めた。
「吹き飛べ――っ!」
開いた両手から、轟音を奏でた空気が渦を巻きながら義経を襲う。
「こんな、チンケな技……某には効かぬ」
「義経、その技は危険だ! 逃げるんだ!」
「何ですと?」
「もう、遅いわ――っ!」
全てを弾き飛ばすかのような大爆発。これが……崩壊。残念ながら、例え義経と言えど今の攻撃を喰らえば生きてはいまい。
巻き上がる砂塵がようやく収まる頃、僅かな望みを託し、オレはその名を叫んだ。
「義経――っ!」
しかし、視線の先には義経の姿はなかった……目の前に立っていたのは、弁慶――。
「弁慶……お前、義経を」
その背後から、埃まみれになった義経が顔を出した。
「弁慶の奴、某を庇ってくれたのだ。やはり、弁慶は正義の心を忘れてはいなかったのたのだな。弁慶……感謝いたす」
「弁慶、お前って奴は。オレはお前を見直したぞ! ん? 弁慶? 弁慶――っ!」
オレが弁慶の体を揺さぶるも、返事はなかった。弁慶は義経を庇い、仁王立ちしたまま死んでいたのだ。
「弁慶……某の為に……そなたの死、無駄にはせん!」
「おや、捨てゴマが最後の最後に裏切ったようじゃな。まぁ、捨てゴマにはお似合いの最期じゃ」
「何だと……もう一度言ってみやがれ!」
「もう、お前達の相手は飽きたといっておるじゃろ!」
「逃がすかよ。これは弔い合戦だ!」
オレは心のままDDを振った。出た目は5のおばけ胡瓜。
水天坊はその目を確認すると、逃避しようとする茨木童子の背中に、巨大な胡瓜で叩き付けた。茨木童子に79のダメージを与えた。――HP148/295――
更に義経が素早く茨木童子の前に回り込み、膝丸で額から下腹部まで十字を切った。茨木童子に55のダメージを与えた。――HP93/295――
「下手に出ればいい気になりおって……仕方あるまい。わらわの本当の姿を見せてやろう……はぁぁぁ……」
茨木童子は額に血管を浮き出しながら、地を這うようなドスの利いた声を轟かせ、鬼のような姿に変えた。
その姿は肉付きがよく、脂肪が飽和した顔は言葉にならない程醜い。
「この姿を見たからには、生きてここから帰れると思うなよ」
茨木童子はそう言いながら、不気味な笑みを浮かべた。




