☆第五十六話 そこに待ち受ける者
姿を見せない茨木童子という輩の罠を、弁慶のお陰で潜り抜けたオレ達は、螺旋階段を駆け抜け二階へと辿り着いた。
二階は一階と違い殺風景で、異国の畳が敷き詰められているだけだ。これと言って、罠らしきものも見当たらない。
「弁慶の奴……」
ホッとするオレの横で思わずそう口にした義経の目は、僅かに潤んでいた。そんな姿を見ると、弁慶を疑っていたことなど言えない。オレの考え過ぎだったのだろうか?
「弁慶は生きてる。奴が死ぬわけない……」
オレは、項垂れる義経の肩を叩いた。
「さぁ、皆。弁慶の為にも早く卑弥呼を見付け出すんだ」
そうは言ったものの、この階にある物と言ったら、床の間に飾られた不気味な大鎧と、その後ろに掛けられた掛け軸だけだ。上へと続く階段さえ見付からない。
この階で終わりなのだろうか? いや、そんな筈はない。この建物は五重の塔……少なくとも後三階は上がある筈だ。
誰もがそう思った瞬間、お雪は興味深そうに不気味な大鎧触れ、
「ちょっと、来てよ。この鎧、何か生暖かいよ」
と、声を荒げた。
仮にも装飾品としての鎧。生暖かい筈がない。オレは嫌な予感を感じ、
「お雪、そいつから離れろ――っ!」
と、叫んだ。
案の定、その大鎧は動きだし、床の間からオレ達の前にゆっくりと歩み寄った。腰を据えた状態では気付かなかったが、身の丈は天井すれすれまである。
「敵か?」
義経が警戒しながら膝丸の柄に手を掛けると、その大鎧は両手を挙げた。深い眉庇で気付かなかったが、その顔は赤く酒呑童子にそっくりだ。
「貴様も酒呑童子の四天王の一人か?」
オレがそう尋ねると、その鎧男は首を横に振り兜の忍緒をほどきながら畳に手をついた。
「私は石熊童子、金熊童子の双子の弟だ……」
「何! ならば生かしてはおけぬ!」
「待て! 義経。」
「ぬぅ……」
義経は一旦膝丸を鞘から引き抜いたものの、再び鞘に収めた。
「石熊童子とやら、何か訳がありそうだな。話してみろ」
「私は今まで酒呑童子や茨木童子の下で、悪事や戦闘を繰り返してきた。しかし、戦闘の好きじゃない私はいつしかその愚行に気が付き、自分を戒める為に、ここに身を潜めていたのだ」
「それでお前は、四天王に入らなかった訳か?」
「その通りだ。ここまで上がって来たと言うことは、兄を含む四天王を倒したのだろう?」
「あぁ、残念ながら。まぁ、虎熊と星熊は、茨木童子って奴のカラクリで死んだんだけどな」
「そうか……死んだか。なぁ、人間……いや、テイマーよ。頼みがある。この五重の塔の最上階に、茨木童子がいる。奴は、この邪馬台国を治める卑弥呼の肉体を乗っ取り、民を喰らった悪人だ。頼む……茨木童子を倒してくれ。これ以上、彼女に罪を犯して欲しくないのだ」
「成る程……お前の言いたいことはわかった。て言うか、茨木童子とは女なのか?」
「うむ……」
「なぁ、皆どうする? 石熊童子を信じるか?」
「どっちにしろ、卑弥呼は助けないとだしね」
「川姫は信じるってことだな。義経、お前はどうだ?」
「いまいち信じられませぬ。罠かもしれませんしね」
「そうか……よし、決めた」
オレは、石熊童子を信じることにした。なら、"信じる"へ
信じることが出来ない。なら、"信じない"へ
いや、倒すべきだ。
なら、"戦う"へ




