第百十九話 慶次という漢
好戦的な慶次は大剣を振り回し、こちらの様子を笑顔で見守る。その笑みは余裕さえ感じた。
「真琴、酒呑童子行けるか?」
「ちょっと待ったぁぁ! 相手は俺に決めさせてくれ。じゃないと意味がないからな」
「意味がない? どういうことだ?」
オレがそう問い掛けると、慶次は再び三体の妖怪達を見回した。
「いいから、いいから。悪いようにはさせねぇ。ん~、そうだな。この栄螺鬼からにしよう。奉先、どうだ?」
「構わん……」
オレ達を無視して一方的に進む会話。ある意味、暴君と言っても過言ではない。
「じいさん、何とか言ってやれよ」
「恐らく何か考えがあってのこと……究極進化に関わりのあることなら、従うべきじゃ」
どうにも解せない――究極進化とは三種の神器を集めればいいってワケじゃないのか……オレはふとそう思った。
「タクマ、こんな奴等やっちゃいなさいよ。栄螺鬼が負けるワケないわ」
「気っ風のいい姉ちゃんだねぇ。どうだ、俺の女にならないか?」
「慶次! いい加減にしろ! 私はお前の遊びに付き合ってる暇はない!」
「ほ、奉先……冗談だよ。さぁ、タクマ! どっからでも掛かってきな!」
慶次はこれまで抱えていた大剣を投げ捨て、丸腰の状態でそう言い放つと、趣味の悪い袈裟を靡かせ腕を組んだ。
「舐められたもんだな……。いいだろう、お望み通り戦ってやるぜ! バトルフォース展開!」
オレは栄螺鬼のバトルフォースを展開した。
栄螺鬼 LV36 ランクS 特性 水吸収 自己修復
HP500 MP88
攻撃力148
素早さ100
1 クリティカル
2,3 通常攻撃
4 ミス
5 ダイヤの爪(10)
6 迸る水晶(12)
「ほう……アンタ、強いねぇ!」
明らかに小バカにしたような慶次の発言。栄螺鬼も苛立ちを見せ始めている。
「じいさん、慶次のステータスはどうなってる?」
「それがわからんのじゃ。何もかもな……」
「何だと?」
オレと妖怪大翁が動揺を隠しきれず慶次に視線をやると、徳利を懐から取り出し酒を飲み始めていた。
「あぁ、うめぇ。どうだ、酒呑童子。お前も飲むか?」
その言葉で、思わず身を乗り出す酒呑童子。ここまで酒を我慢してきただけあって、欲望には勝てなかったのだろう。
「酒呑童子よ、戻れ!」
「テイマー……折角の酒だ。少しぐらい……」
「ダメだ。これはワナかもしれない」
慶次のしようとしていることがいまいちわからない。これから戦闘を始めようとしている時に、酒呑童子への誘惑……対戦相手の栄螺鬼に仕掛けるならわかるが、関係のない酒呑童子を誘うこの行為――掴めない。
「何も怪しいことはない。ただ、酒の味がわかる奴と盃を交わしたいだけだ。なぁ、酒呑童子」
酒呑童子は自分を制御できず、溢れんばかりの涎を晒した。
辺り一帯に漂う酒の匂い……それだけで酔っ払いそうな勢いだ。
「くぅ……これは余程強い酒だな?」
時折、意識が飛びそうになっていると、いつの間にか酒呑童子は盃を受け取っていた。
「酒呑童子! 貴様、何してる! 戻れ!」
しかし、酒呑童子は本能の赴くまま手渡された盃一杯に満たされた酒を一気に飲み干した。
「ぷはぁぁ、これは旨い!」
「お! さすが酒呑童子。イケるねぇ!」
注がれるまま、二杯、三杯と飲み干すと、酒呑童子は虚ろな表情で地面へとへばりついた。
酒にめっぽう強い酒呑童子が、たかが盃三杯で潰れる筈はない。そう思ったオレは、慶次を問い質した。
「慶次! お前……酒呑童子に何を飲ませた!」
「神便鬼毒酒……毒の入った酒よ」
「毒だと? 貴様……」
「おっと、コイツで死ぬようなら究極進化なんて夢のまた夢だ。話にならない。さぁ、酒呑童子! 地獄の底から這い上がって来い!」
慶次がそう言い放つと、酒呑童子は地面を転がりのたうち回った。
「大丈夫か! 酒呑童子!」
「うがぁぁ! どはっ!」
白目を向いて、オレの言葉など聞き入れない。酒に仕込まれた毒がよっぽど効いているのだ。
「さて、コイツは放置して戦闘を楽しもうじゃないか」
慶次は悪びれる様子もなく、徳利に口を付け残りの酒を飲み干した。
「うめぇ。最高だ……」
空になった徳利は、地面に投げ捨てられた。すると、僅かに残った酒が地面に生え揃った雑草に振り掛かった。そして、それは雑草に染み込み、一瞬にして枯らしてしまった。
間違いない――この酒は“毒”だ。しかし、慶次はそれを平然と飲み干し、酒呑童子のような苦しみを見せなかった。
「どうなってる……?」
「いいから早く掛かって来い! 来ないなら、こっちからいくぞ! ふん!」
それまでの表情から一転した顔付きを見せると、疾風の如く栄螺鬼の正面に立ち鳩尾に正拳突きが繰り出されていた。
「ぐはっ……」
何が起きたかわからないまま、胃の中の内容物を吐き出す栄螺鬼……あまりの破壊力にオレは凍り付いた。
栄螺鬼は400のダメージを受けた。――HP100/500――
「危ない、危ない。もう少しで殺しちまうとこだったぜ」
前田慶次――何という漢だ。
握り締めたDDは、イヤな汗に包まれていた。




