第十二話 二口女の正体
二口女は再び正面を向く。
オレに自覚はなかったが、二口女の誘惑にメロメロにされていたのだ。我ながら情けない。でも、悪い気はしない。そんな気分だった。
「タクマ、しっかりしてよ」
近くにいるお雪の声が、だんだん遠くに感じ始める。気づけばオレは、オペ室の手術台の上に横になっていた。
マズイ……確実にマズイ。しかし、意識とは裏腹に、体が言うことを聞かない。
「皆は……お雪達は何をしてんだよ」
オレがそう叫ぶと、オペ室の外からお雪達の声が聞こえる。
「ドアが開かないのよ」
「何だと?」
「何とかするから待ってて」
身動きの取れないオレを、二口女が覗き込む。
「無駄よ。私を倒さない限り、ドアは開かないわ。あぁ、いい気味。お前ごとき貧弱な人間に"勾玉"はやれないわ」
オレとしたことが油断した。しかし、これで二つのことがはっきりした。一つは、勾玉は確実にここにあると言うこと。もう一つは、二口女を倒せばドアが開くということ。
「なぁ、二口女。お前の望みはなんだ?」
僅かに残る理性を頼りに、問い掛ける。
「男達への復讐よ。最初は、私の美貌にどんな男もイチコロ……。でもね、後ろのもう一つの口を知った途端、どんな男も醜いと言って、離れていくわ。だから私は復讐する。私を馬鹿にした男達に……」
理由はどうあれ、同情する。乙女心は、それだけ繊細なのだ。
「なぁ、二口女。オレは、お前が醜いとは思わない」
「嘘……皆、男はウワベだけを語る。本音は醜いと思っているんでしょ?」
こいつは相当重症だ。確かに後頭部に寄生する大きな口は、醜いかも知れない。だが、前面の顔は、それを帳消しにするくらいの美貌を兼ね備えている。
「悲観するな。オレは、お前と戦いたくない」
「黙れ、黙れ――っ!」
二口女は逆上し、錆び付いたメスを手術台のオレに投げ付けた。辛うじて動いた上体を仰け反らせながら避けるも、メスが頬を掠める。
――主……聞こえるか? ――
「手の目?」
――シっ! 奴に聞かれたらマズイ。こいつは相当重症だ。我にいい考えがある。耳を貸すのだ――
オレは二口女から目を反らさず、カード化した手の目に耳を貸した。どっちにしろ、このピンチを打破するには、妖怪達の力を借りなきゃだしな。
――主、病田の霊との一戦を思い出すのだ。我が何を言いたいかわかるか? ――
そうか。つまり、体が動かなくても、バトルフォースは展開出来るってことだな。
「手の目、恩にきる」
オレは手の目の助言通り、手の目、病田の霊、そして小豆洗いの三体をカードから具現化した。こうなれば、形勢逆転だ。
「ふふふっ……」
三体の妖怪を目の前にした二口女が、前後の口で笑う。
「何が、可笑しい!」
「それで勝ったつもり? 私をみくびってもらっては困るわ。いいわ。私の力を見せてあげる」
二口女はそう言うと、目の前に魔方陣のようなものを書き上げた。
「私は、これから三体の妖怪を召喚するわ。全部撃破出来たら、ここから出してあげる。但し、一体ずつ……一回バトルした妖怪は二度は戦えないわ。いい?」
「成る程。それは面白い……」
「強がりを……まずはこいつよ」
二口女が魔方陣に祈りを捧げると、傘の化け物が召喚された。
「何だ、これは。妖怪が出てきた」
「当たり前よ。私は召喚師ですもの。サモナーが嫌いな者……それは中途半端な力を持ったテイマーよ。行け! カラ傘。お前の力を見せておやり」
「主、こいつはオイラにやらせてもらえないかい?」
「小豆洗い……行けるのか?」
「おいおい、一応オイラだって妖怪でさぁ。やるだけやらしてくれよ」
「そ、そうか。それじゃ頼んだぞ」
「あいよ」
こうしてオレは、かつてないバトルに挑むことになった。勿論、負けるつもりは毛頭ない。たとえ得体の知れないサモナーだってな。