第百三話 漆黒の闇と共に
静寂を伴う魔合肥新城に漂う妖気――確かにオレはそれを感じ取っていた。
バックベアードのものではない――奴の妖気は既に消えている。
首を傾げながら周囲を見渡す……すると、石化から解放された筈の酒呑童子にいないことに気付いた。
「甘寧! 酒呑童子を知らないか?」
「そう言えば見ないな。奴も石化の呪いが解けている筈なんだが……」
混沌とした城内に暗雲が立ち込める――それは新たな戦いの始まりを示唆していた。
「この妖気……そして、酒呑童子よ何処へ……」
結局、その妖気の主は姿を現さず、酒呑童子も見付からず仕舞いだった。
そしてその夜――小規模ながら孫権の計らいで、宴が催された。
「さぁ、皆の衆。今宵は遠慮なく楽しんでくれ」
バックベアードに操られていた妖魔は孫権の懐の深さに感涙し、その元へと降った。
孫権の話では、人間界にも魔合肥新城と類似した合肥新城を築き上げ、多くの民と共に“呉”という国を造り上げたという。
しかし、タチの悪い妖怪の思惑で、妖魔として黄泉に舞い降りたとのことだ。無論、甘寧と凌統も同じだ。そこまでは聞いたことがある。
オレは改めて甘寧にその妖怪がどんな風貌だったか尋ねた。
「甘寧……お前達を陥れた妖怪だが、詳しく話してもらえないか?」
甘寧はありったけの肉を口に放り込みながら、オレの問いに答えた。
「あぁ、いいぜ。あれは確か……人間界にある赤壁で、敵対する魏の国との戦を終えた時だった。そう、鬼赤壁と類似した場所だ。俺様達は戦に勝利はしたものの、甚大な被害を受けた。それこそ明日食べる食糧がないまでにだ。そこに現れたのが、全身骨だけで形成された妖怪だった……」
オレに全てを話す甘寧に気付いたのか、盃を投げ出し孫権が言い寄る。
「そこから先は私が話そう。その全身骨の妖怪は言った。“ここと類似した黄泉に身を寄せ妖魔になれば、人間を殲滅するなど容易い”と……。力こそ全てと思っていた私は、その妖怪の口車に乗せられこの地にやって来た。しかし全てはまやかし……私は力と引き替えに大切な財産を失った……。そして罪を償う為にこの地にも城を築いたのだが、バックベアードという西洋の悪魔にまたしても唆され、石にされてしまったのだ。甘寧……そなたらが生きていて本当に良かった。そうしなければ、私達は永遠に石のままであったであろう」
「な、何だよ。改まって。主を助けるのが部下の使命だろうに。孫権、俺様はアンタが思っている以上に感謝してるんだぜ!」
「甘寧……嬉しいことを言う……」
二人の会話の中に違和感を覚えた。しかし、酒も入っていた所為か、その妖怪が何者かという事より、熱い絆で繋がれているのだなという事に心を奪われていた。
◇◇◇◇◇◇
そして夜も更け、誰もが寝静まった丑三つ時――オレはなかなか寝付けず、物見櫓から暗黒を塗り潰す程の霧掛かった空を見上げていた。
「テイマー……」
確かに聞き覚えのあるその声は、か細く背後から語り掛けてきた。
「しゅ、酒呑童子! 生きていたのか?」
振り向きながらそう言い放つと、その背後には全身骨の妖怪も立っていた。
それは巨漢である酒呑童子を一回りも勝り、白骨化した頭の奥底にギロリと睨む眼光があった。
「タ、タクマ。こやつがガシャドクロじゃ!」
孫権と甘寧が話していた“違和感”――妖怪大翁に言われなくても、それは脳内で処理された。
「貴様がガシャドクロだな?」
「ほう……さすがバックベアードを倒すだけのことはある。威勢だけいい……だが、これならどうだ?」
「うぐっ……」
酒呑童子の脇腹に、ガシャドクロの鋭利な骨が突き刺さる。
「やめろ――っ!」
ガシャドクロはオレの声に素早く反応し、その骨を突き刺さすのを止めた。
「どうやら酒呑童子が貴様に降ったのも間違いはなさそうだな。鬼骨王様の言った通りだ……」
「鬼骨王? ガシャドクロ……お前の望みは何だ!」
「簡単なこと……酒呑童子を殺せばいい」
「何だと?」
「出来なければ……」
「うぐぐっ……」
ガシャドクロは返答を待たずに、再び脇腹に骨を突き刺した。
「やめろと言っている!」
「ならば戦え!」
鬼骨王の右腕とも言うべきガシャドクロ――容赦はない。となれば、答えは一つ。やるしかない……オレなりの方法で。
オレはDDを握り締めながら、栄螺鬼を具現化した。
「やる気になったようだな。さぁ、どちらかが死ぬまで戦え!」
ガシャドクロは酒呑童子に突き刺した骨を抜き取ると、前面に押し出した。
酒呑童子は力なく前に出ると、薙刀を構えた。しかし、その目に戦意は感じられない。
「テイマーよ、我輩をテイムしろ!」
ガシャドクロに悟られないように動いた唇――それは確かにそう紡いでいた。
「タクマよ。酒呑童子の言う通りにするしかあるまい。それに、こやつは魂が定着しておらん。狂戦士になる前の今ががチャンスじゃ」
「じいさん、オレもそのつもりだ。オレに出来ることはこれぐらいだしな……酒呑童子を死なせるワケにはいかない。大事な仲間だ」
酒呑童子をテイム出来ることは嬉しい……だが、奴には奴なりのプライドがある。テイムされること――即ち、このオレに完全に服従することだからだ。
ほんの僅か――バトルフォース展開を躊躇っていると、ガシャドクロが言い添える。
「酒呑童子! 何をしている! コイツはお前の愛すべき茨木童子を倒した憎き人間だぞ!」
「何――っ?」
その瞬間、酒呑童子の目の色が変わった。その言葉を引き金に、狂戦士に変化してしまったのだ。
「テイマーよ、それは本当か?」
「……本当だ。すまない……だが、仕方なかったんだ。許してくれ」
「己れ……」
穏やかだった酒呑童子は憎悪に満ち溢れ、薙刀を力強く握り締めた。




