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第三十六話 入教しませんか?

 鞍馬 総一郎は短期大学の保育学科に通う青年だった。

 その日は学祭の2日目で、総一郎のAクラスでは男女共に浴衣を着て喫茶店をする予定があり、総一郎も朝から白地の浴衣に黒い帯をして下駄を履き、肩に黒いリュックを担いで歩いて学校へと向かっていた。総一郎の家から大学までは歩いて20分程度で行き来出来る距離にあったので通学には困ったことはなかった。

 普段は自転車通学の総一郎だったが、今日は浴衣を着ているため自転車を諦め、少し家を早く出たのだった。人通りの少ない通学路を歩き、ふっと横を向くと玉砂利が敷かれた短い参道があり、その両端には低い若木が控え目に根を張っていた。

 そこは2匹の狛犬が守る小さな神社だった。総一郎は、赤い鳥居をくぐり、すぐ目の前にある社に一礼し賽銭を投げた。ご縁があるように5円を投げるのが総一郎の決まりごとだ。そして、もう一度礼をすると賽銭箱の後ろへとまわり、社の格子戸に手を掛けゆっくりと開ける。

 社の中は166㎝の総一郎が1人入れる程度の大きさで、目の前の神棚には赤い敷物の上に軍扇型の白い扇が納められていた。

 総一郎は下駄を脱いで揃えると神棚に向かい板間の上に正座をし、片手ずつ円を描くように2回打ち鳴らし手を合わせる。

 

「 今日もお願いします」


 言い終わると総一郎は扇へと手を伸ばし広げると、その扇は鉄扇で持つもずしりと重さを感じた。そして、それを再び敷物の上に置いた。

 親骨は白い鉄で出来ており小骨は竹を白く塗ったものが使われていた。扇面も白い紙が貼られ、親骨の骨を止める金具だけが黒く光っていた。


「 はぁぁぁ。 あんたの傍は楽でえぇわ」


 総一郎は正座をしたまま、両手を後ろにつくと首を回して息を吐いた。

鞍馬 総一郎は、一般的にいえば変わっている青年だった。

 彼は幼い頃から俗にいう『霊』的なものが見えていることが自慢だった。それを怖いと思うこともあったが、周りが見えていないことを幼いうちに悟るとそれは劣等感から優越感へと変わった。総一郎はそのことを聞かれれば話すし、全員という訳ではないが周りもそのことを受け入れて総一郎との交友関係を深めている。けれど、それは良いものも悪いものも時間を関係なくやってくるので、彼は人にはわからない苦労も多かった。

 自慢ではあったが毎日のように『霊』的なものと関わり合っていると、精神的な疲れも溜まる。時には1人になりたいと思うことは年頃なら当たり前の主張だろう。

 この鉄扇に出会ったのはそんな時だった。

 大学の通学路として1年前たまたま通りかかった社の近く、特に扇の傍では清められるように身体も心も安らかになった。それからというもの、人が集まる体育祭や学祭などのイベントがある前にここに来ては清めていくことが決め事となった。


「 ありがとうございました。 またお供え持ってきます」


 いつものように再び姿勢を正して手を合わせて礼をして立ち去ろうと腰を上げた時、扇は眩しい光を放ち、総一郎は手で目を覆った。身体が光に吸い込まれるような感覚に襲われ、必死に踏ん張るが光はさらに増すばかりだ。ついに耐えきれずそのまま総一郎は光へと吸い込まれ、その場に残されたのは総一郎の下駄だけだった。

 そして、神棚に置かれていたはずの白い鉄扇もまた消えていた。


 冷たい床の上で目を覚ました総一郎は、仰向けに寝ていたが上半身だけを起き上がらせて周囲を見廻した。傍には黒いリュックと白い鉄扇が落ちており、総一郎はリュックを肩に担ぎ、鉄扇を右手で握りしめた。

 調べるように部屋をみると、総一郎がいるが場所は部屋の中でも高い場所にあることがわかった。ゆっくりと立ち上がり左手で左側頭部を押さえ、端まで行くとすぐ下には30段程の階段があり、総一郎のいる檀上の天井からはいくつもの白い布が垂れて視界を狭めていた。白い布は端の柱に緩く纏められているようだ。

 檀上も階段もその下の床もすべてが白い石で出来ており、どうやら飛ばされた際に硬い床で身体を打ったのか節々が痛かった。

 総一郎が向き返ると後ろには大きな区切りのない窓があり、そこからは瞬く多くの星が見えた。


「 な、何や、これ…ドッキリ? それとも…あの世か?」


 総一郎は普段から目に見えるものだけを見ている訳ではなかったので色々なことに寛容な性格だったが、白い光の中に吸い込まれた経験はなく辺りを見回すが人の影も形もない。

 意を決したように長い階段へと足を進め、そこから見える外へ続いているだろう白い天井まで届く程大きな扉を目指した。

 総一郎が階段の中腹まで来た時、目標としていた扉が大きな音を立てて開いた。

 真ん中から左右に開かれた扉からは、上から下まで白い格好の人間10数名が神妙な様子で列を成して部屋へと入ってきた。

 先頭の2名は銀の真鍮リングがついた頭が鉤爪の形をした白い1m程の杖を持っていた。


「 何なんや⁉︎ まさか…変な宗教なんか⁉︎」


 総一郎が唖然としたように声を上げると、その声に気付いた白い格好をした数名が大声を上げたり両手で口元を覆ったりと突然騒がしくなった。

 そして、1人が敬うように床に平伏すと2人、3人と涙を流しながら平伏していった。総一郎はその様子に驚き階段を一段抜かしで降りて彼等に駆け寄った。


「 ちょ、ちょっと⁉︎」


 総一郎は手を左右に振り説得するが、彼等は額を床につけて誰も話そうとはしなかった。


「 なぁ…俺、1人で必死になって阿呆みたいや」


 総一郎がため息を吐くと、まだ年若い青年が意を決したように顔を上げた。

 その目には溢れんばかりの涙が溜まっている。


「 ようこそお越し下さいました。 我らは、あなた様のお越しを一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました」


「 ……せっかく待ってもらって悪いんやけど、帰ってもええ? 俺、無宗教やねん。入教する気あらへんのやわ」


「 さぁ、あなた様のお越しを待っている者がたくさんおります。 どうぞこちらへ」


「いや、入教する気あらへん…って、まず話聞いてーっ‼︎」


「 おみ足が…すぐに新しい履物を用意させます。 皆の者、早く宴の用意を」


「 いやいや、話を聞いて‼︎ 入教しませんからー‼︎」




ありがとうございました。


2014/11/02 編集致しました。

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