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第三十五話 泣き黒子の青年

 斎鹿は再び繋がれた手に視線を落とした。

視線に入るのは手だけではなく、右手首に巻かれたブレスレットが穏やかな太陽の日差しに照らされ煌めいているのが見えた。

 ブレスレットを買った店を出た後、サリルトは一度も斎鹿を振り返らずに前を見据え歩いている。斎鹿は不覚ながら、心臓の鼓動が速まっているのに気付いていた。それは、初めてみる城下町に興奮している訳でもなく、ましてや逃げ出したことを悔やみ見つかりはしないか心配している訳でもない。この鼓動の速まりは、前を歩く手を引いている男のせいだ。

 斎鹿はわずかに後ろを歩いていたので、斜めにサリルトの顔を覗き見た。

 サリルトは見詰められていることに気付き、首だけを動かして斎鹿へと視線を移した。

 しかし、斎鹿は目が合った瞬間になぜか急に恥ずかしくなり視線を石畳の道へと落とした。

 

( これってなんだろ?)


 斎鹿が石畳の道をひたすら見詰めながら考えているとサリルトの歩みが突然止まった。

 斎鹿はそれに気付き視線を上げ横を見ると、そこはオープンカフェだった。

 外には3つのシンプルな丸い白いテーブルとその周りに白い椅子が4脚ずつ置かれ、テーブルの中心には大きな青いパラソルが備え付けられ影をつくるように開かれている。

 店は白い壁に焦げ茶の太い柱の店で扉は開けっ放しにされており、その扉の上には大きく店の名前の看板が書いてあるようだったが斎鹿にはやはり読めなかった。

 3つのうち2つのテーブルはすでに客がおり、1つのテーブルにはカップルと思われる男女が、もう1つのテーブルには15、6歳の少女3人が座って楽しそうに談笑していた。

 サリルトはそのまま斎鹿の手を引き空いている1番端のテーブルへと向かった。そこまで着くと、繋いでいた手を放し椅子を後ろにわずかに下げて斎鹿に座るように促した。

 少女3人組の席からひそひそとサリルトの容姿への褒め言葉が聞こえ、その紳士な行動に小さく興奮した悲鳴が上がる。

 斎鹿はそちらを気にしながらも椅子へと腰掛けた。


「 何か買ってくる。 …ここから動くなよ」


「 はいはい」


「 はいはいではなく、」


「 はい、でしょ?」

 

サリルトは斎鹿の自分の言葉を遮るように言った言葉に、斎鹿の頭に軽く手を乗せてひと撫ですると店の中へと入っていった。

 斎鹿はサリルトに言われた通り大人しく待っていたが、少女3人組は今度は聞こえるようにわざと斎鹿への意地悪い言葉を言っているのが聞こえた。

 しかし、そんなことにいちいち傷ついたりする程子どもではなく、我慢できる程大人でもない斎鹿は周囲を興味深げに見廻しながら聞き流していた。

 すると、斎鹿が後ろを向いている間に前の椅子に誰かが座る気配がした。

 サリルトが戻ってきたのだと思った斎鹿はすぐに前を向いたが、そこに座っていたのは茶髪の幼い顔をした目元に泣き黒子のある青年だった。


「 なぁ、1人なん?」


「……」


 斎鹿は躊躇ったが、青年の問いに答えなかった。

 青年は白い浴衣のような上着に腰に太い黒い帯をし、浴衣の襟からは黒い丸襟のシャツが覗いている。浴衣が地面よりわずか上で止められ、真ん中から広がっている裾からは黒いゆとりのあるズボンが穿かれているのが見えた。靴は白いスニーカーで斎鹿と同じ種類のものだった。それに気付いた斎鹿は目を見開く。


「 …あんたぁ、日本から来たんやろ?」


「 っ⁉︎」


「 俺も長いことここで暮らしとるけど、パーカー見たんは久しぶりやなぁ」


「 長いことって…」


 斎鹿は青年を凝視し、青年は愉快そうに笑った。

 青年は突然ズボンのポケットから何かを探し始め、見つけたとばかりにそれをテーブルの上に置いた。青年が置いたものは皺がたくさんついた名刺だった。この世界の言語で書かれているため読めはしなかったが、大きさと形状からそれがおそらく名刺であろうことは斎鹿にはわかった。


「 俺は…これでもここに20の時から6年暮らしとるんや。 まぁ、見たところ、今日はあんたも連れがおるんやろ? 暇があったらここにおいで。 話しでもしよや」


 青年は立ち上がると右手を軽く上げると人混みに紛れて去ってしまった。斎鹿は慌てて椅子から立ち上り、テーブルの名刺を掴むと青年の後を追いかけ人混みに入っていった。

 店の中には外よりも多くの席があり、予想外にたくさんの客が列をつくり注文を待っていた。

 今は公爵という身分のサリルトだが、まだ10代前半のころにはツナギと共に城下町に来ては何かと遊んでいた。遊びといっても悪い遊びではなく、時には正義の味方を名乗り悪事を働く人間を懲らしめたり、カード遊びをしたり、町にもたくさんの友がいた。それらは公爵になった時から疎遠になってしまってはいたが。

 サリルトがトゥイートティーを2つ頼み、それをトレーに乗せ斎鹿の元へと向かうと、そこに斎鹿の姿はなかった。

 テーブルにトレーを置き、周囲を見回すがどこにも姿はない。


「 …あの馬鹿娘!」



サリルトは鬼の形相で隣に座っていた少女3人組に斎鹿を知らないか尋ねる。3人はあまりの恐さに震えた声で斎鹿が青年についていったことを伝えた。

 

「 どんな男だった」


「 え、あ、あの、変な格好の…右の目元に小さな泣き黒子がありました、けど」


「 どっちへ行ったかわかるか」


「 あの…あっちに」


 サリルトは、少女が指さした方へとトレーをそのままにして走り出した。




ありがとうございました。


2014/11/02 編集致しました。

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