第1話:茶番と真剣の交差点
「はー、またどっかの誰かがくっつくだの離れるだので大騒ぎか。平和なこったなぁ、まったく」
城下町の片隅、大衆食堂の縁側に陣取った将軍・椿月神楽之助は、串に刺さったみたらし団子を美味しそうに頬張りながら、げんなりした顔でそう呟いた。
その背後では、側近の家老が冷や汗を流しながら持参の書類を差し出している。
「殿、平和と片付ける場合ではございません。夜桜一族と月ヶ瀬の結びつきは、軍事および一族勢力のバランスを大きく変えます。下手をすれば、他の四家が動揺し、国全体が――」
「んー、うまい。この焦げ目がいいんだよ、焦げ目が。なぁ、野ばら、お前も食うか?」
神楽之助は家老の言葉を華麗にスルーし、隣で同じく団子を物色している妹の椿月野ばら(つばき のばら)に串を差し出した。
「お兄様、真面目に聞きなさいよ。……それにしても、夜桜の紅子ちゃんがねぇ」
野ばらは団子を一口かじりながら、ふふっと楽しそうな笑みを浮かべた。
紅子とは気心の知れた仲である。しかし、親友としての心配と同時に、彼女の脳裏には別の思惑がよぎる。
(どっちに転んでも、この国の勢力図は面白いくらいに変わりそうね……。でも、紅子ちゃん自身の幸せはどうなるのかしら)
野ばらの隣には、その直属配下である藍芽久桜楽が、周囲に鋭い目を配りながらお茶をすすっていた。
元最強くノ一としての勘が、この穏やかな空間の裏にある微かな気配の歪みを捉えている。
「野ばら様、あまり気を抜かないでください。……妙な連中が近くにいます」
桜楽の視線の先――食堂の隅の特等席で、全く空気に馴染んでいない奇妙な服装の男が二人、呑気に酒を酌み交わしていた。
雷刹と、その部下のジャルンである。
「いやぁ、まさか刀を腰に差したお堅い侍たちが、婚約ごときでピリピリしてるなんてさ。人間ってやつは忙しい生き物だねぇ」
雷刹はけらけらと笑いながら、目の前にあるメニュー表とは全く関係のない、異界のよく分からない干し肉をかじっている。
「ほんとっすよ、雷刹様。銃一丁あれば一発で終わる話なのに、わざわざ政略だの婚姻だのって回りくどいことするから面倒なんす。あ、そうそう、この前暗躍隊の連中に売った銃、めちゃくちゃ評判良かったっすよ」
ジャルンが平然と危険なビジネスの成果を口にする。
「おいおい、そんなデカい声でする話じゃないだろ。……まあ、いいけどさ」
雷刹はどこか飄々とした態度を崩さないが、その紫色の瞳の奥底には、底知れない冷徹な光が宿っていた。
【変な他種族】と呼ばれる異世界から来た彼らは、この国の権力闘争をまるで特等席の演劇でも見るかのように楽しんでいる。だが、その裏で何を企んでいるのかは、誰も正確に掴めていない。
◇
その頃、夜桜一族の本邸。
当主である夜桜蜜柑は、静まり返った部屋の縁側で一人、冷たいお茶を飲んでいた。
部屋の隅には、蜜柑の腹心であり、今回の婚約の当事者である月ヶ瀬黒天が無言で控えている。
「黒天」
「はっ」
蜜柑が静かに振り返る。その表情には、一族のトップとしての冷徹さと、たった一人の妹を案じる兄としての複雑な感情が入り混じっていた。
「お前は、俺の命令に疑問を持たないか。紅子を娶れと言われて、お前はただ『承知した』と言った」
「……それが、旦那様の命令だからです」
黒天は微動だにせず、真っ直ぐに蜜柑を見据えた。
「俺の命ずることは絶対だ。だがな、黒天。紅子は俺にとって唯一の肉親であり、守るべき大切な存在だ。一番信頼しているお前だからこそ、あいつを預ける。……頼んだぞ」
「生涯をかけて、命に代えてもお守りします」
黒天の言葉に嘘偽りはなかった。
少なくとも、この時は――ただ主の命令を完遂するための忠義でしかなかったはずなのだ。
だが、黒天はまだ気づいていない。
これから始まる日々の中で、その「命令」が、自分自身の泥沼のような独占欲へと変貌していくことを。
そして、その黒天を陰から支える直属部下の隊長・高野瀬白夜もまた、主の背中を見つめながら、静かに刀の柄に手をかけていた。
冷徹な実力者として知られる白夜は、この婚約の裏で渦巻く権謀術数の気配を感じ取りつつも、己の任務を淡々と遂行する覚悟を決めている。
――この婚姻は、ただの政略ではない。
それぞれの思惑と、秘められた感情が交錯する嵐の前の静けさが、静かに、しかし確実に音を立てて動き出そうとしていた。




