↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/95

第92話 跳ぶ先を見ろ

 荷揚げ場の階段は、下へ行くほど一段の高さがばらついていた。


 削れた角もあれば、薄く砂の積もった段もある。俺は集光灯を少し下へ向け、テッサの足元と、その先を照らした。


 上から見えていた壊れた荷台が、少しずつ目の高さへ近づいてくる。四本の鎖のうち一本だけが張り、残りは床へ弛んでいた。


「あれ、乗ったら動くかな」


 テッサが言った。


「傾く方には動きそうだ」


「そういうのはいい」


 最後の踊り場へ下りたところで、リオが立ち止まった。


 弓を持ったまま、床に倒れた木箱を見ている。


「何かいた」


 俺も灯りを向けた。


 箱の縁から、細い尾が消えた。


 鼠にしては長い。そう思った直後、隣の木箱の上に、茶色い身体が現れた。


 胴が長く、脚が短い。尖った鼻先の下から、白い牙が覗いていた。細い前脚に比べ、後ろ脚の付け根だけが妙に太い。


「跳ね牙イタチだ」


 リオが声を落とした。


「ギルドの注意書きにあった。箱や岩の上から跳んでくるって」


 名前を聞き終えるより早く、その身体が縮んだ。


 次の瞬間には、木箱の上から消えていた。


「上!」


 テッサが盾を持ち上げる。


 爪が鉄の縁を掻き、茶色い身体が盾の向こうへ落ちた。床へ転がるかと思ったが、魔物は前脚をついた勢いで身体を捻り、壊れた荷車の下へ潜り込んだ。


 速い。


 短槍を向けた頃には、もう何もいなかった。


「落ち着いて狙う時間、くれないね」


 テッサは盾を下ろしすぎないまま言った。


 俺は灯りを踊り場の石台へ置いた。広く照らすよう覆いを調整し、短槍を両手で構える。


 階段を背にしていれば、正面を見るだけで済むと思った。


 だが、リオがすぐに首を振った。


「左にもいる」


 壁際の崩れた石積み。


 俺たちの肩ほどの高さに、もう一匹がいた。


 二匹目は、こちらを見下ろしていた。盾の正面へ来てくれる相手ではないらしい。


 ◇


 先に動いたのは、荷車の下に隠れた方だった。


 床すれすれに飛び出し、テッサの右側を走る。


 俺が穂先を下げると、今度は石積みの一匹が身を縮めた。


「左、跳ぶ!」


 リオの声でテッサが向きを変えた。


 盾が上がる。


 同時に、床の一匹が俺へ向かってきた。


 突いた。


 外した。


 茶色い背中が穂先の下を抜け、急に大きく見えた。


 俺は右足を一段上へ引き、槍の柄を身体の前へ戻した。足を狙った牙が、さっきまで爪先のあった石を噛む。


 その頭を、柄で横へ払った。


 手応えはあった。だが倒せるほどではない。魔物は短く鳴き、また荷車の陰へ逃げた。


 上から跳んだ一匹も、テッサの盾を蹴るようにして離れていた。


「階段、邪魔だな……」


 口にしてから、違うと気づいた。


 俺たちの足が揃わない場所で、相手の方が自由に動いている。


 石段で練習したとき、ベックは、段を使えば必ず有利になるとは言っていなかった。上がる足と下がる足を間違えれば、平地より簡単に転ぶ。


 今も、俺だけが一段高い。テッサが下がれば、俺の膝へ盾が当たる。


「下の広いところへ出よう。箱から離れる」


 踊り場の先には、壊れた荷台を避けて通れる石床があった。荷車と壁の間より、ずっと広い。


「私が先に出る」


 テッサが盾を斜めに構えた。


「リオ、左を見て」


「分かった」


 リオは二段上に残った。テッサと俺の頭越しに射る位置ではない。階段の外側へ寄り、石積みの上を横から見られる場所だ。


 弓が短いおかげで、手すりの残骸に下端をぶつけず構えられていた。


 テッサが下へ出る。俺も足場を確かめて続いた。


 荷車の陰から一匹が顔を出した。


 追ってはこない。


 俺は穂先を向けたまま、相手の後ろ脚を見た。


 先ほどは、消えたように感じた。けれど、跳ぶ直前には必ず身体を縮めている。


 跳んでから追うには速すぎる。


 その前なら、どうだ。


「リオ。着くところ、見られるか?」


「どこに跳ぶか分かれば」


「俺も、まだ分からない」


「じゃあ、分かるようにして」


 簡単に言う。


 ただ、リオの弓がどこを向いているかは分かった。


 俺たちの右奥。蓋の外れた、低い木箱だった。


 ◇


 石積みの一匹が、壁を伝って場所を変えた。


 テッサがそれを追い、盾の角度を直す。正面を隠すだけでは、上から首を狙われる。


 俺は床の一匹へ短槍を突き出した。


 届かせるためではない。


 荷車の下から、真っすぐ俺たちへ走る道を塞ぐ。


 魔物は鼻先を引き、右を向いた。


 低い木箱がある。


 太い後ろ脚が縮んだ。


「箱!」


 声を出したときには、もう跳んでいた。


 リオの矢は、空中の身体を追わなかった。


 木箱へ前脚が触れた瞬間、弦が鳴った。


 矢が肩の後ろへ刺さり、魔物が箱の縁から落ちる。脚を動かして逃げようとしたところへ、俺は二歩だけ詰めた。


 穂先を下げ、胴を突く。


 今度は届いた。


 引き戻して、すぐに離れる。次の一匹を見失う方が怖かった。


「上のが来る!」


 テッサの声が響いた。


 振り返ると、もう一匹が石積みの端へ出ていた。


 向いているのは、階段のリオだ。


 射った直後で、次の矢はまだ弦に掛かっていない。


 俺は床の小石へ意識を向けた。


 丸いものを探す余裕はない。回転を揃える時間もなかった。


 小石を、そのまま弾く。


 石弾は魔物の身体を外れ、後ろ脚の脇へ当たった。石片が散り、魔物が一瞬だけ足を引く。


 その間に、リオは弓を下げて二段戻った。


 跳ね牙イタチが宙へ出たときには、狙った場所に誰もいなかった。


 身体は空中で向きを変えた。


 だが、飛んでいく先まで変えられるわけではない。


 階段の端へ着地し、爪が滑る。


 テッサが踏み込んだ。


 盾の面で押し潰すのではなく、上がろうとする頭の前へ盾を差し入れる。魔物が身を翻し、下へ飛び降りた。


 そこには、広い石床しかない。


 俺は追いかけず、着いた先へ穂先を置いた。


 一度目の突きで肩をかすめる。


 魔物が身体を曲げ、槍の横を抜けようとした。


 短く引く。


 足を半歩ずらし、穂先の向きを変える。


 《返し突き》。


 二度目は、胸の下へ入った。


 茶色い身体が石床を滑り、その先で止まった。


 俺は短槍を引き戻し、息を吐いた。


 階段の上で、リオが次の矢を掛けている。テッサも盾を構えたまま、木箱の間を見ていた。


 しばらく待ったが、別の影は現れなかった。


「……二匹とも、止まってる」


 俺が言うと、ようやくテッサが肩を下げた。


「盾の上まで仕事が増えた」


「上は空いてたからな」


「閉めたい」


「見えなくなるぞ」


 彼女は少し考え、盾の縁から顔を出した。


「それは困る」


 笑うと、さっきまで詰まっていた息が通った。


 ◇


 周囲を確かめてから、リオが矢を回収した。


 俺は短槍の汚れを拭いながら、最初に外した場所を見た。


 あそこでは、相手が動くたびに穂先を追わせていた。間に合わず、近づかれ、慌てて足を引いた。


 最後は、跳んだ先を見ていた。


「空中で当てなくてもいいんだな」


 俺が言うと、リオが矢の軸を確かめながら頷いた。


「箱に乗るなら、一度はそこに足が着くから」


「最後のは、俺が場所を空けたみたいになったけど」


「ちゃんと見えてたよ。次は、もう少し早く言って」


 自分の動きが、誰かの狙いを作る。


 盾だけが相手を動かすわけではないらしい。


 テッサは階段を振り返った。


「私、今日は段を踏み外さなかった」


「見てた。足を揃えてから押してただろ」


「揃えないと、盾ごと下りるからね」


 石段での訓練では、何度もそうなった。練習で済んだ転び方を、ここで繰り返さずに済んだのはありがたい。


 休憩を挟んで、俺たちは荷揚げ場の下を調べ始めた。


 壊れた荷台には近づきすぎず、壁に沿って進む。木箱の多くは底が抜け、荷車の枠には車輪さえ残っていなかった。


 ただ、床の轍は奥まで続いていた。


 広い通路へ入り、緩い坂を上る。


 しばらく歩いたところで、テッサが立ち止まった。


「あれ、見た」


 低い梁。


 その下で、道が左右に分かれていた。


 俺は振り返り、今上ってきた坂を見る。それから、もう一方に続く細い階段を見た。


 建物の奥で選んだ分かれ道だった。


「右も、荷揚げ場へ行けたのか」


 俺たちは左の階段を上り、上の足場へ出た。


 今は下から、右の坂を戻ってきた。


 リオが地図を取り出す。


 別々に伸びていた二本の線が、荷揚げ場のところで繋がった。


「回れるね」


 短い言葉だった。


 けれど、俺は地図を受け取って、もう一度線を辿ってしまった。


 階段で何かあっても、下から戻れる。大きな荷物なら、初めから坂を使える。次に来るときは、行きたい高さに合わせて道を選べる。


 さっきまで、知らない分かれ道だった。


 今は、使い分けられる道になっていた。


「これなら、帰りに盾を運んでもらいやすいね」


 テッサが言った。


「そこまで調べてない」


「坂なのは確認したよ」


 確かに、それは確認した。


 ◇


 坂を下り直し、荷揚げ場へ戻った。


 今度は対岸の、低い位置にあるアーチへ向かう。上の入口には、カイルたちが見つけた床の欠けがある。その下から伸びる階段なら、別の場所へ繋がっているかもしれない。


 アーチの手前には、広い石台があった。


 俺は集光灯を置き、リオが広げた地図の端を押さえた。テッサが反対側を持つ。


 書き加えた輪を、三人で見る。


「カイルに見せたら、何て言うかな」


「次はこっちから入る、じゃない?」


 リオが答えた。


「その先を、先に見つけてくるかもな」


「じゃあ、私たちも見つけよう」


 テッサはそう言って、アーチの奥へ顔を向けた。


 隙間から風が流れてきた。


 集光灯の火は覆いの中で揺れ、リオの外套の裾が、階段の方へ引かれた。


 俺は地図を畳む前に、もう一度だけ輪になった道を見た。


 今日ここへ来るまでは、古い地図を頼りに歩いていた。


 今、この一本の線を引けるのは、俺たちが実際に歩いたからだ。


 リオへ地図を返し、短槍を持ち直す。


「次の踊り場まで見よう。そこで時間を確かめる」


「うん」


「今度は、上にも気をつけてね」


 テッサに言われ、俺はアーチの上を見た。


 魔物はいない。


 代わりに、灯りの先へ続く石段が見えた。


 帰り道は、一つ増えた。


 その分だけ、もう少し先を見に行きたくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。