9.不思議な力
アレクスからは、離れていても、殺気を感じる。
このまま飛び掛かったダイアウルフ達は、容赦なく切り捨てられるだろう。……そんな姿を想像してぞっとする。
アレクスが一歩踏み込んだのと同時に、叫び声が耳に届く。
「殺さないで!!!!」
その瞬間、アレクスは剣で…正確には剣の鞘で、ダイアウルフを殴り飛ばした。飛ばされた一匹は、今度は、さすがに起き上がれないようだったが、死んではいないようだ。
確かにたった今、アレクスは剣を抜こうとしていた。声が聞こえたほんの僅かな間に、攻撃を転換したんだろうか――?
アレクスに続いて戦を始めようとしていた5人も、どうしていいか戸惑って動きを止めている。
「テオ、お前何を隠している?」
アレクスがさっきの声の主、テオに向かって話しかけた。
「ぼくはっ……!」
テオが大事そうに抱えた大きな布を開こうとしている。
その時、わたしも他のみんなも気付いていなかった。テオとアレクスの会話に気を取られた隙を狙って、わたしの後ろに迫っていた一匹を。突然背後から衝撃を感じ、そのまま地面に倒される。
「きゃっ!!!」
なんとかもがいても、押さえつけられて身動きがとれない。わたしの目の前には、今にも噛みつこうとしているダイアウルフの顔があった。
周りからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。でも、きっとアレクスだってこんな状況では間に合わない。
その瞬間、わたしは死を予感したのか、走馬灯を見た。
見た……気がした。
なんの脈絡もなく脳内再生される場面は――……家で飼っていた柴犬のコハルちゃんがしっぽをふっている姿だった……わたしになついてとっても可愛かったな――……
「伏せ!」
コハルちゃんとダイアウルフが重なったのか……咄嗟に出た言葉。これが最期の言葉って、自分。
ダイアウルフ越しに見えるのは……大きな光?なんだか手の形をしているようだけど。ついに、お迎えが来てしまったようだ。
その大きな光は、わたしに乗ったダイアウルフを弾き飛ばし、地面に叩きつけた。ダイアウルフはひれ伏した――というより、光に押しつぶされ、立てなくなった。
そのまま光は小さくなっていき、輪になってダイアウルフの首に巻き付いた。
何が起きたかわからず上半身だけ起き上がると、周りのダイアウルフ達も同じように地面に伏しているにが見えた。わたしに襲い掛かった一匹と同じように首に光の輪をつけ、急におとなしくなった。
「え?」
わたしは、しばらく…何が起こったかわからず、茫然とした。
周りのみんなも特に動かないので、きっとわたしと同じ状態だったんだろう。
「ユーナ!!」
一瞬の間があり、アレクスが駆けつけて来た。わたしを抱き起してくれたと思うと、そのまま立ち上がったので、自然と横抱きされている形になった。
「あ、ありがとう」
「怪我はないか?」
きょろきょろと自分の身体周りを見たが、幸い、どこも怪我をしていなかった。
「うん、平気!だから……」
「あの、もう降ろしてもらっても大丈夫だよ?」
「……ん、ああ」
アレクスに抱えられたままの格好になっているのでだんだん恥ずかしくなってきた。
……
「あのー、アレクス?」
しかし、アレクスは降ろしてくれる気配がない。
「――あんまり」
「?」
「あんまり無理をするな。心臓が止まりそうになる」
そう言葉にしたアレクスは、今にも泣きだしそうな表情だった。さっきまで燃えるようだった髪の色も、落ち着いている。
「ごめんなさい」
アレクスの顔が……近い。
「ごほん」
周りから咳払いが聞こえ、わたしははっと我に返る。そして、急激に気恥ずかしさの頂点に達する。
「あのっ、本当に何ともないから!とりあえず降ろして、降ろしてくださいすいませんおねがいします……」
アレクスはなおも心配している様子だったけど、渋々といった様子で降ろしてもらった。
そんなこんなでも、相変わらずおとなしいままのダイアウルフ達。
こちらに攻撃してくる様子はすっかりなくなっている。
「こんなことになってごめんなさい、あなたたちの縄張りを脅かすつもりはないです」
何が起きたかわからなかったけど、ダイアウルフ達に向けて話しかけた。
その時、テオが、わたしに近寄ってきた。
「ユーナ、ダイアウルフと話せるなら……」
「伝えてほしい、ぼくはこいつを返しに来たんだ」
テオが抱えていたのは、小さなダイアウルフの子どもだった。
「10日前くらいに、けがをして村に迷い込んできたんだ。手当をして返しに来たかったんだけど、森のどこに住んでいるかわからなくて」
「そうだったの」
それなら、大丈夫。
わたしの『言葉』が彼らに、やっと届く――……