14 秘密の時間
Dー7で蜘蛛の巣の写真が載り。
Dー6でワイングラスが載ると、意図したものだという事が広がり始めた。
Dー5で載った薔薇の花びらと満開の薔薇が更新され、期待が高まり始め──。
Dー4で火の点いた蝋燭が公開される頃には、ひとつひとつに意味があるはずだと、ファンの間で考察が始まった。
Dー3の破れた布の置かれた椅子では、これまでの【SPIDER】にはない姿を彷彿とさせ、アイドルに興味のなかった子たちの注目を引いた。
D-2の壊れた鎖が出てくると、カウントダウンと共にファンがこれまで出てきたアイテムを写真に撮ってSNSにアップするようになって、芸能ニュースで取り上げられるようになり、注目度は一気に上がっていく。
Dー1と共に天使の羽が映し出されれば、その色は白なのか黒なのかでファンのコメントが殺到した。
そしてDー0という数字が、いつもと同じに二十時に更新されるのと同時に、動画サイトに公式動画が上げられた。
利央も、今か今かと待ちながら、動画サイトのチャットにも注目する。
一曲分のプロモーションビデオが終わると、真っ黒な画面に明日である──十月二十二日に、ニューアルバム発売の文字が現れた。
数秒としない間に、チャットはコメントの嵐だ。
言葉にならなかったのか、ハートマークやハートマークに矢が刺さったで埋め尽くされたコメントもある。
これまでの彼らがファンに見せていたコンセプトとはだいぶ違うコンセプトだったが、否定的な意見は見られなくて映像を考えた利央はほっとした。
途端に疲れがどっと押し寄せてきて、他のスタッフと一緒に公開を見守っていた事務所で眠りに落ちた。
夢の中では、大きな会場で大勢のファンに囲まれ歌い踊るメンバーの姿があり、明かりを落とした会場をペンライトが照らしている。
そんなふわふわとした幸せな夢を見た。
目を覚ますと肩には、少しサイズの大きな上着が掛けられていた。
そこから香る香りは、数週間前に車の中で嗅いだ匂いと同じ気がして、ゆっくりと深呼吸する。
尊重してくれる姿勢に、もう無視できない感情が動き出す。
「雨音さん! ニュース見ましたか?」
部屋に駆け込んできたスタッフの一人が、部屋にある大型テレビの電源を入れた。
画面の左上に表示されている時間は、八時三十分。
テレビからは、騒がしいほどの声が聞こえてくる。
「昨夜、突然公開されてプロモーションビデオと、アルバムの告知に開店前のCDショップには長蛇の列が出来ていましたが、先程から混雑緩和のために購入整理券が配られはじめ、落ち着きを取り戻しました」
カメラは整理券を手に喜ぶファンを映し、次に中継が切り替わり駅前を映した。
「こちら渋谷駅前では、ビルにある看板や中央モニター、新宿駅では改札前の壁に大型のポスターが見られるようになっているようです」
そう中継のカメラが注目する前で、ファンたちはポスターの写真を撮ったり、一緒に映るように撮ったりしている。誰もが興奮して、目を輝かせていた。
「すごいですよね。告知無しで、最初に駅前でみたファンの子がSNSに載せたら、それが数時間で一気に拡散したみたいなんですよ」
スタッフの言うとおり、ポスターや看板をどこに設置するかの混乱を避けるために事前告知はしなかった。
実は、他にもとあるアリーナへと続く道に、旗が出ていたり、CDショップにチラシが置かれていたり、ショップバックが【SPIDER】だったりもする。
短時間の間によくやったなと思うが、もともと案があってフルアルバム発売に合わせてする予定だったのだと真司は利央に話してくれた。
工場は写真待ちで、二十四時間可動させることによって成功した。
楽曲の録音もプロモーションビデオを撮る前に全て終えていて、そちらも余裕たっぷりだったらしい。
「さらに驚きの事実が!?」
この一ヶ月感を思い返していた利央の耳に、アナウンサーと若い女性の声が飛び込んできた。
「さっそく開封したCDの歌詞カードの間に、ランダムのフォトカードと告知の……」
その瞬間、似たような声があちらこちらで上がった。
「な、中の告知には【ハロウィンパーティー】と書かれており、シリアルナンバーが入っています!」
その後、公式サイトの【ハロウィンパーティー】への参加抽選会の応募ページにアクセスが集中して、一時サーバーがダウンするなんて一幕があったり、注意書きに【ハロウィンパーティー】に参加する際のドレスコードが発表されると様々な店でハロウィンに関する物が売り切れる現象が起きた。
「ドレスコード……ハロウィンやゴシックの世界に迷い込んだ服」
特に売れたのは、ハロウィンのコスプレの衣装で、次に天使の羽や蜘蛛の巣をモチーフにした鞄や靴だ。
ゴシック系のアクセサリー店も、これまでにない客層に驚いていた。
さらに、パーティー参戦に合わせて、ネイルサロンやボディーペイントの店も繁盛するなどの効果も生まれて、またしてもニュースで取り上げられることに。
もともと、ハロウィンが一年で一番好きなイベントである利央なのだが、数週間の疲れで家でまったりと過ごしすぎていたこともあってニュースで取り上げられた時に気がついて出掛けたのだが、すでに季節のイベントグッズコーナーには何も残っておらずハロウィングッズを買いそこねてしまった。
家で楽しむ分には、これまで集めてきた物を飾ればいいかと思っていたのだが、利央も関係者として席は無いもののバックステージからモニターで見られることになっている。
バックステージとはいえ、やはりドレスコードが適用にされると告げられた時には途方に暮れたが、これまで一人で楽しむばかりでイベントに参加できるとあって実は楽しみにしている。
最初は席の一つくらい用意できると言われたのだが、たった一つの席だとしてもファンの場所を奪いたくなかった。
なんの苦労もせずに手にした席に座ったら、苦労して手にしたファンと同じ気持ちで楽しむことは出来ない。
それに、陸斗や【SPIDER】のメンバーをスタッフとして見る方が、利央は好きなのだ。
今回、世界観や衣装にも意見を出せてもらった身としては、ファンと同じ目線ではなく仕事として反応を確認した
い。
これまでの【SPIDER】は、名前とは違いダークなコンセプトや退廃的なイメージとは程遠かった。
新たなコンセプトが実際にファンに受け入れられるのか、ライブが一番手っ取り早く反応が見れる。
ハロウィンパーティーまで、あと二日──。
メンバーは事務所に泊まり込んで、ライブで披露するアルバムに収録されている曲の初パフォーマンスとなるダンスの最終確認に入っている。
スタイリストからは無事に衣装は出来たと連絡があり、ヘアメイクの担当からも新しく使う色の確認が取れて準備が出来たと言われた。
前日にステージの装飾と映像、ライトの色彩なんかのチェックにも立ち会うことになっている。
目まぐるしい忙しさが報われるまで後少し。
利央が宣言したとおり、颯からの連絡はないし、彼女からもしていない。
これまで、本気でその願いを聞いてくれた恋人は居なかった。
おかげで仕事に集中できたが、姿が見えず声も聞けないことが、こんなに寂しいものだと利央は知らない。
はじめて、かつての恋人たちがなぜ電話してきたのかが分かった気がした。
肌を合わせて、言葉を交わして、時間を共にするということの大切さを。
楽曲を提供した颯も、バックステージに招待していると真司は言っていたが、実際に来るかどうかは分からない。
それに自分たちが未だに、恋人関係のままなのかも、利央にすら分からなかった。




