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司の日記

 ぼくの名前は水野司。


 これはぼくが体験したことを日記に書いておくね。


 突然、ノームが「日記を書くように」って言いだして、それで書くことにしたんだ。


 まあ、ぼく以外に誰が読むんだって思うけど、これまでのことを書いておくね。


 それは、中学の卒業式の帰り道だった。


 たしか、雨が降っていたはず……。


 制服も少し濡れていて、三月なのに肌寒かったと思う。


 最後の下校中、突然、激しい頭痛と眩暈に襲われたんだ。


 ぼくは思わずしゃがみ込み、近くにあった電柱にしがみついた。


 頭の奥をかき回されるみたいに痛くて、視界もぐるぐる回っていたんだ。


 全身の感覚がなくなって、とても怖かったのを覚えている。


 しばらくして、頭痛も眩暈も少しずつ収まってきたから、ぼくはゆっくり目を開けたんだ。


 そしたら、そこはさっきまでの住宅街じゃなかった。


 見渡す限り、田園が広がっていたんだ。


 ぼくは驚いて周りをキョロキョロ見渡したけど、まったく見覚えがない場所だった。


 ぼくは交番で帰り道を聞こうと思って探したんだけどね……。


 畑以外に、木造の納屋みたいな建物しか見当たらなかったんだ。


 それと、茶色い服を着て作業している人たち。


 みんな同じような服を着て、黙々と農作業をしていたんだ。


 特に驚いたのが、ぼくよりも小さな男の子まで働いていたことだった。


 泥だらけになりながら、一生懸命畑を耕していたんだ。


 ぼくはだんだん怖くなって、泣き出してしまった。


 すると突然、背後から緑の服を着た人たちがやってきて、ぼくを押さえつけたんだ。


 何が起きたのかわからないまま、そのまま気絶させられた。


 気が付いたら、ぼくは裸にされて真っ黒な部屋に寝かされていた。


 空気は冷たくて、床も硬かった。


 水をかけられ、暴力を振るわれて、とても怖かった。


 ぼくはずっと震えていた。


 そして、ぼくは連れ出された。


 しばらく薄暗い通路を連れまわされたあと、ある部屋の中に放り込まれたんだ。


 そこで出会ったのが、ノームとタカギだった。


 ノームはとても背が高くて、体も大きくて、たくましいおじさんなんだよ。


 白髪交じりの短いポニーテールをしていて、髭はリンカーン大統領みたいな顎髭をしているんだ。


 初めて会った時、ぼくが怖がらないように、優しく話しかけてくれたのを覚えている。


 タカギはいつもにやけているおじさんだ。


 本人はお兄さんと言ってるけど、ぼくからしたらおじさんにしか見えないや。


 ボサボサ頭に無精ひげ。


 よく意地悪するけど、とても頼りがいがあるんだ。


 二人に出会ったことで、このよくわからない世界でも生きてこれたんだ。


 それと、異世界って知ってる?


 ぼくは初めて聞いたけど、ぼくたちみたいに人が住んでいる世界はいっぱいあるんだって。


 そこから、この世界に毎日たくさんの人が迷い込んで来るらしい。


 その人たちは『異人』と呼ばれていて、奴隷として働かされるんだ。


 異人は全員、茶色の布の服を着ている。


 もちろん、ぼくもね。


 想像していた奴隷とは違って、意外とみんな優しいんだ。


 そして、思ったほど大変でもない。


 もちろん怒られることはあるけど、ちゃんとご飯も出るし、眠る場所もある。


 異人は三人一組で行動する決まりになってるんだ。


 組ごとに番号が分けられていて、ぼくたちは『76組』なんだよ。


 ノームが組長で、ぼくとタカギが組員って言うらしい。


 そして、異人を監視しているのが『看守』で、黒い服を着ているんだ。


 この人たちは、長い時間この世界で生活している異人がなることができるんだって。


 ほとんどが五十代のおじさんばっかりらしいよ。


 それと、『異人兵』は緑色の服を着ているんだ。


 この人たちのことはよくわからないけど、異人街の治安維持をしているんだって。


 みんな異人だから、そんなに厳しくないんだ。


 まあ、怒ると怖いけどさ……。


 それと、『異人街』っていうのはね。


 異人が住む『居住区』、加工がメインの『工業地区』、田園の『農業地区』の総称なんだってさ。


 だいたい、一つの異人街に千人以上生活してるらしいよ。


 全部で何百ってあるらしい。


 全部に番号が振られていて、ぼくたちのいる異人街は『253番』なんだって。


 今、ノームが隣にいて、『看守長』も説明しておくようにって言ってきたから、忘れずに書いておくね。


 看守長っていうのは、看守のリーダーで、この街には三人しかいないんだ。


 一人はリュウって言う人。


 この人はとっても怖いらしい。


 それに、ノームの元組長らしい。


 そして、キムさん。


 ハゲ頭がトレードマークの、ノームの幼馴染らしい。


 いつも怒ってばっかりだけど、意外と優しい一面もあるんだ。


 最後に奥村さん。


 この人は、ぼくが初めて鍬を使うからって教えてくれたんだ。


 初めは怖いおじいさんかと思ってたけど、時々見せる優しい目がぼくはとても好きなんだ。


 一か月ほど異人街で生活していたけど、ある日、戦場へ向かうことになった。


 とても怖かった。


 想像しただけで全身が震えて、歩くことすらできなかった。


 でも、ノームとタカギがぼくを勇気づけてくれたんだ。


「大丈夫だ。俺たちがついている」


 二人はそう言って、ぼくの背中を押してくれた。


 二人の顔を見ていたら、少しだけ安心できたんだ。


 みんなで馬車に乗り、船に乗って、到着した場所。


 そこが『前線都市 バルトライン』と呼ばれる巨大な要塞都市だった。


 高い壁がどこまでも続いていて、ぼくは思わず見上げてしまった。


 そこには百万人の異人と騎士が生活しているんだって。


 この世界には一つしか王国がなくて、そこの騎士たちはみんな貴族らしい。


 この世界特有の黒髪だけど、光の反射で紫に見える不思議な髪色をしていて、全員が澄んだ紫色の瞳をしているんだってさ。


 ぼくたち異人は直接彼らの顔を見ることが出来ないから、ぼくはしっかり見たことがないんだ。


 『服従の礼』っていう作法があって、ぼくたち異人は、この世界の人間の前では土下座をして、許可をもらってから声を出していいらしい。


 そして、ぼくたちは訓練に参加することになった。


 訓練には十万人も参加していたんだ。


 見渡しても、ずっと人ばっかりだった。


 本当は何か月も訓練するらしいけど、たった一週間で遠征することになったんだ。


 ぼくたちが担当するのは長槍だった。


 とても長いんだ。


 全長六メートルはあるってノームが言っていた。


 三人がかりで持って、前からノーム、タカギ、そしてぼくの順番で支えるんだ。


 『やりぶすま』っていう陣形で敵を迎え撃つらしい。


 そしてこれは別の隊だけど、大盾。


 これもとても大きいんだ。


 横に長くて、まるで壁をそのまま持ってるみたいだった。


 それを三人がかりで支えて、敵の突進に備えるんだ。


 先頭から、前列大盾隊、前列長槍隊、後列長槍隊、後列大盾隊、弓隊、支援部隊。


 この順番に部隊が並んでいるんだ。


 ぼくには詳しいことはわからないけど、長い間この隊列で戦っているんだって。


 そして、戦いが始まった。


 ぼくたちは後列長槍隊だから、敵の姿が全然見えなかった。


 だけど、地面の揺れと足音だけはどんどん近づいてきたんだ。


 周りのみんなも息を呑んでいた。


 ぼくたちは長槍を構えて迎えた。


 初めのうちは怖くて仕方がなかった。


 手も震えていたと思う。


 だけど、一生懸命長槍を振り続けているうちに、不思議と恐怖が薄れていったんだ。


 全体と一体化するような、不思議な感覚だった。


 まるで、ぼくがぼくじゃなくなるみたいな。


 中学の歌の発表会で、みんなの声が一つになった時みたいな心地よさがあったんだ。


 だけど、その時だった。


「司! 手を放せ!」


 突然、ノームが叫んだ。


 気が付いたら、ノームの腕に強く抱き寄せられていた。


 長槍は前の方へ引っ張られていったんだ。


 そして、ぼくは見た。


 ノームの肩越しに――巨大な怪物の姿を。

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