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第10話 夜襲

 砦の近くの森林から切り出した丸太で、周囲を囲むように柵が組まれている。

 その四隅には簡素な物見やぐらが設けられていた。


 夜風に揺れる松明の火を背に、被害を免れた弓隊の異人たちが見張りに立っている。


 彼らは幸運にも後列大盾隊のさらに後方に配置されていたため、亜人の姿を直接見ていない。

 あの地獄を経験していない者たちだからこそ、今もこうして見張り役を任されていた。


「なあ、今回の戦いで半数以上やられたって本当か?」


 数時間も見張りを続け、退屈していた異人の一人がぽつりと口を開いた。


「ああ、本当らしいぞ。生き残ったやつらの話じゃ、相当酷かったらしい」


「新種の亜人が現れて、あっという間に蹂躙されたんだとさ」


 もう一人の異人も面白がるように会話へ乗っかる。


「まじかよ。俺ら弓隊でよかったな」


「異人が大勢死んだのは痛ましいけどよ、騎士も相当死んだらしいな。そこだけは素直にうれしい」


「ああ、いい気味だ。いつも安全な後ろから偉そうに命令しやがって。ざまあみろってんだ」


 二人の会話を黙って聞いていた組長が、低い声で注意した。


「おい。騎士に聞かれたらどうするんだ」


 組長は眉をひそめる。


「それに、また亜人が攻めてきたら次は俺らが戦うことになるんだぞ」


 真面目に見張りを続けている自分をよそに、能天気に笑っている二人へ苛立ちを覚えていた。


「何言ってるんだよ。怯え切った騎士なんざ赤ん坊と一緒だろ」


 楽しい気分を邪魔され、不機嫌そうに異人の一人が鼻で笑う。


「それに月明かりがあるって言ってもよ。こんな暗さじゃ見張るなんて無理だって」


 二人の気の抜けた会話を無視し、組長は暗闇へ目を凝らした。


 夜風が草を揺らす。

 遠くで虫の鳴き声が響く。


 その時だった。


 突如、彼の視界に大きな黒い影が現れる。


「――っ!?」


 目の前には柵と、その下に広がる平野しかないはずだった。


 だが、その影は音もなく柵をよじ登ってきたのだ。


 組長が声を上げるより早く、大きな影が首元へ食らいつく。


「がっ……!?」


 鋭い牙が喉へ突き刺さり、激痛が走った。


 助けを呼ぼうと口を開く。

 だが声にならない。


 喉へ噛みついた何かがさらに力を込める。


 ぼきっ――と嫌な音が響いた。


 組長の体から力が抜ける。


 どさり、と重い音を立てて倒れた。


「……ん?」


 物音に気づき、談笑していた二人の異人が振り返る。


 しかし、そこにはもう黒い影が迫っていた。


「な――」


 一人の胸が鋭い爪で深く切り裂かれる。

 もう一人も反応する間もなく喉を裂かれた。


 声を出す暇すらなかった。


 二人はそのまま崩れ落ち、動かなくなる。


 物見やぐらには再び静寂だけが残った。


 異人三人を殺したそれは、大型の猫科を思わせる姿をしていた。

 だが、体つきはライオンより細い。

 無駄な脂肪のない引き締まった筋肉が、むしろ危険さを際立たせている。


 月明かりに照らされた金色の瞳が、静かに周囲を見回した。


 その動きは異様なほど俊敏だった。

 木の板の上を歩いても音ひとつ立てない。


 闇へ溶け込むような身のこなし。

 暗殺に特化したピューマの亜人だ。


 彼は夜でも昼間のように見通せる目を持っている。

 この暗闇でも、砦の様子ははっきり見えていた。


 そんな彼の背中には、小さな亜人が張り付いていた。


 その亜人は軽やかに背中から降りると、物見やぐらの細い柵の上へひょいと立つ。


 人間の子供ほどの小さな体。

 だが、その瞳は異様に大きい。


 わずかな月明かりだけでも、彼には十分だった。


 メガネザルの亜人だ。


 彼は細い指で柵を掴むと、そのまま外側へ身を投げ出した。


 普通なら落下する姿勢。

 しかし、メガネザルの亜人は指だけで体を支えてぶら下がる。


 そして空いた片手を振り、下へ合図を送った。


 すると、闇の中から複数の小さな影が現れる。


 合図に従い、砦の外周を囲む柵を器用によじ登ってきた。


 彼らもまたメガネザルの亜人だった。


 今、登ってきたのは五体。

 全員が背中へ弓と矢筒を背負っている。


 彼らは音も立てず、そのまま柵の上を散開していった。


 ピューマの亜人は物見やぐらから柵の内側へ飛び降りる。


 どさり――という音すら、ほとんど響かなかった。


 残ったのは、見張り役のメガネザルの亜人一体だけだった。


 そして残る三つの物見やぐらでも、同じようにピューマとメガネザルの亜人たちが制圧を終えていた。


 静かに。

 誰にも気づかれぬまま。


 彼らは夜の砦へ侵入を開始する。


 ピューマの亜人は音もなく地面へ着地した。


 着地と同時に身を低くし、すぐ近くの物陰へ滑り込む。


 下に敵がいないことは上から確認していた。

 それでも油断はしない。


 金色の瞳が暗闇を素早く見回す。


 問題なし――そう判断すると、彼は静かに行動を開始した。

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