第一話
これまでのギャグ多めな路線から結構な自然派系の話・・・になるのかな、一話は何だか牧歌的な話になりました。
良ければちょっと読んでみてね。
感想もくれたら嬉しいな。
一人目のスタッフは元農場経営者 牛飼歩(30)
四月の雨はまだどこか肌寒く、春物の薄いコートで出かけた事を後悔する。
「あちゃー、やっぱり天気予報ちゃんと見て来るんだったな。」
私は桜井みお、28歳、独身。
一年前までは都内で普通のOLをやっていた。
昨年、相次いで亡くなった両親の遺産が結構な額だった事と、
当時社内恋愛をしていた彼氏と別れた事が重なり、私は会社を退職した。
夢だったカフェを開く事にして、この一年はその準備に追われていた。
コンセプトは「あなたの夢を叶える場所」。
これまでの私は親の言う通りに生きて来て、先生・友人・上司・彼氏、
常に誰かの期待に応えつつも、自分の声を押し殺して来た。
そんな私が開くお店だから、来てくれる人達には自由に自分の夢が語れて、自己表現が出来る場であって欲しいという願いを込めた。
お店の名前は「自由が丘解放区」。
少し変わった店名だけど、私なりに頭を捻って考えたものだ。
店内はハーブの香りが漂い、静かにクラシックが流れる。
だけど高級路線とかでは無くて、料金は手頃。
私が良いと思った服をネットで仕入れて展示する。
気に入ればその場で買えるし、アレンジも可能だ。
その他、輸入・委託を含めたアクセサリーや雑貨も取り扱う。
夜にはバーになり、日が変わるくらいまでお酒も取り扱う。
そんな多くの人にとって居心地の良い空間を求めて、
アレコレと試行錯誤をしていたらいつの間にか寝不足になっていた。
だけど夢の為だからと、モチベーションは続いた。
次に求人をかけた。
せっかく新規出店するお店、昼も夜も稼働させる上で、人手は必須だ。
あまりアレコレとより好みをして人が来ないのも嫌なので、
「可愛いものが好きな人。性別不問。服装不問。」とした。
しかしタイミングが悪く、付近にはコンセプトバーやセレクトショップ、
ウチと少し被る業態の出店が相次いだ。
それらの店は、他地域で既にある程度成功している店の姉妹店だった。
知名度もありイメージもわかり易くて、求人応募が来る土台が整っていた。
正直、そちらよりもウチみたいな個人経営の店に来てくれるのは、
それらに受からなかったか、よほどの変わり者だろうか、と鬱々とした。
それでもいくつかの面接を経て、店はついにオープンした。
オープンしたばかりの店先や、最寄りの駅前にスタッフが散らばる。
そして道行く人々に宣伝をかける。
「いらっしゃいませ~、自由が丘解放区と言うカフェをやっております。
服や雑貨にアクセサリーなんかもありますから、是非お越し下さい~。」
皆真面目に取り組んでくれて良い子達だ。
ただ、私が意図したお店のイメージとは少し違っていたのも事実だった。
何と、私の念願だった初出店個人経営カフェは、
<スタッフが全員【女装男子】>
になっていたのだ。
いやはや、これには本当にまいった・・・・。
私が当初イメージしていたカフェは、受付に愛想の良い女の子がいて、
軽食を作ったり店内清掃等を爽やかな男性店員がこなしているものだった。
自然な形で男女が入り混じり、それにより男性でも女性でも入れる、
間口の広い万人向けのものを想像していた。
しかし現実の絵面は、多少は私がメイク等を指導したにしても、
まだ違和感が拭えない女装男子達が接客やその他雑務を行う、
意図していない変なコンセプトカフェまがいの場所・・・・。
しかも若い子達ならまだしも、普通に30代とか40近い人もいる。
彼らはそれぞれの事情から女装での勤務を希望した。
確かに、性別・服装ともに自由で不問と掲げたのは私だ。
その意思は今も変わっていない。
しかし、彼らの商業化されていない未完成な女装姿は、
時々見ていて笑いそうになってしまう時がある。
しかしそれは失礼な話だ。
彼らは近隣に似たような店舗があるにも関わらず、
私の夢の為に一緒に働いてくれるのだから。
「ハァ、どこをどう間違ってこうなってしまったのかしら・・・。」
店内に入って正面にあるレジカウンターに肘をつきながら、
私はため息を吐きながら頭を抱えた。
その時、スタッフの一人がドアを開けた。
「お客様ご来店でーす!」
どうやら客引きに成功したようだ。
私はすぐに身を正して、『いらっしゃいませ』と声を掛けた。
一人目のお客様を連れて来たのは、
元農場経営者の牛飼 歩30歳。
人よりも動物と多く接して来たけれど、それが逆に功を奏して
変にスレたりしていない、自然体な接客が魅力だ。
あゆむは女装姿で、連れて来た若い女性のお客様と店内を歩く。
いや、何かコンセプトが違っていないか?ホストか?
ウチはスタッフをキャストとか呼んで店内で仮想デートする、
そんな感じのコンセプトは全く無いんだが?
あゆむがお客様と店内を歩きながら、アクセサリーコーナーで立ち止まる。
「あ~、コレとかお客様に良いかもですね~。
夜道でもシッカリと光って、暗い夜も安心です♪」
どうやらイヤリングを勧めているようだ。
あ~、アレ、海外通販サイトを見ていて買って仕入れたヤツだ。
「えぇ~、そうですかぁ~?
あゆみちゃんが言うなら、買っちゃおうかな?」
女性はやけにノリノリだ。
いや、良いのか?女装男のセンスだぞ?
そもそもそいつ、あゆみちゃんじゃなくて、あゆ「む」君だぞ?
女性がレジにやって来て、私に声をかける。
「あの~、ここって今日オープンしたんですよね?
店内BGMとか照明とか香りとか、めっちゃ良いですね!
カフェって事なので、店内でゆっくり出来るんですよね?
コレお会計したら、何か一杯頼みますね♪」
━━嬉しかった。
初めてのお客様は、本当にストレートにこの店を誉めてくれた。
あぁ、間違っていなかったんだなぁ、と思った。
正直、最初は不安はあった。
自分の独善、独りよがりだったらどうしよう。
オープンしても誰も来ず、すぐに店を閉める事になったら。
そんな風に不安に押しつぶされて眠れない夜もあった。
だけどもう後戻り出来ないくらい色々と投資していたし、
とにかく退路を断って始めてみた。
その最初のお客様からの嬉しい言葉。
私は数秒、時が止まっていた。
「あの、店長さん?どうされましたか?」
お客様からの声に、ふと我に返る。
「あ、あぁ、すみません。ここ最近開店準備に忙しくて、
寝ていなかったから一瞬寝ちゃってました。
失礼致しました!」
会計を済ませて、お客様を席にご案内する。
椅子もテーブルも、砂糖の瓶等でさえ、こだわった。
決して高いもので取り揃えたわけでは無い。
ただ、自分が納得出来るもので、かつお客様に喜んで頂けるよう、
その事に注力しながら、コレだというもので揃えたつもりだ。
そこへ、あゆむがやって来た。
「お客様、ハーブミルクはいかがですか?
私が以前に経営していた農場から仕入れたミルクに、
店長が選んだこだわりのハーブをブレンドした一品です。
癒されるし、とっても美味しいですよ。」
お客様はほわっと表情が緩み、”じゃあ、それで”と返した。
あゆむの説明は完璧だったが、彼の低音ボイスを聞いていると、
普通にボーイ服で接客でもした方がウケが良いんじゃないかと思う。
しかし彼には彼なりの思いがあって、女装での勤務を希望していた。
注文のハーブミルクは、あゆむ自身が作るようだ。
あゆむに付いて来たお客様なのだから、彼がやれば良い。
何より、さすがは元農場経営者。こうしたものの扱いが上手い。
手際良くハーブをティーバッグに入れ、最適な温度で蒸す。
ミルクがせっかくの湯の温度を邪魔してしまわないように、
細心の注意を払いながら作る。
こうした配慮は、彼が少し歳を経ている事が功を奏している。
”どうぞ”、と出されたハーブミルクをお客様は写真に撮り、
ゆっくりとソーサーを回した後、そっとカップを手に持つ。
まずは香りを楽しみ、そしてゆっくりと口を付ける。
店内BGMの雰囲気も相まって、それはまるでそこだけを切り抜けば
中世のお茶会の1シーンのようでもあった。
優雅な、街の喧騒を忘れた空間。
それは私が会社員時代に出来なかった事への反省でもあった。
あの頃はスーツを着てクライアントに飛び込み、
終われば次の案件へ、ゆっくりとお茶も出来なかった。
コンビニコーヒーを公園で飲みながら、コレも案外悪くない、
と思いながらも、やはりどこかで物足りなかった。
良い茶葉の紅茶が出される商談等もあったが、
お客様を前にして呆けた顔なども出来ず、常に気が張っていた。
今、目の前のお客様は完全に気を緩ませてリラックスしている。
学生さんかとは思うが、それでも平日の午前中にこうした姿で居るのは
人間として自然な事であるように思えた。これは私が叶えたかった景色だ。
ひとしきり店内の雰囲気をお楽しみ頂いた後、お会計をして、
最後にお客様から一言。
「とっても居心地が良かったです、また来ますね。」
その一言がまた、心根にジィンと響いた。
お客様をお見送りしたあゆむが店内に戻って来て、私は言った。
「ありがとうね。一人目のお客様が素敵な方で良かったわ。
これからもこの調子で、頑張ってね。」
あゆむは、本人的には可愛らしいのであろうポーズで応えた。
しかしそれはどう見ても、少し無理した女装男のそれだった。
だけど、まぁ良い。ここは彼にとって自然体でいられる場所なのだ。
私の違和感もいずれはハーブミルクのように溶けて行くだろう。
何と言っても、私はもう焦らない。
ゆっくりとした時間軸の中で、味も香りも感情も、
全てをしっかりと味わい尽くす。
そのために、この「自由が丘解放区」を開いたのだから。
次は誰を紹介しようかな。
#1 まとめ絵




