期待を寄せる
「お初にお目に掛かります。ジェンタール・ヴァストドラゴンが弟、フェイルーラ・ヴァストドラゴンと申します」
王族や貴族、金の余った商人などの為に用意された貴賓室で、フェイルーラは服装こそ七分丈の青いジャージだが、片膝を突き、左手を胸に当てて、スフィアン王太子に礼をする。その周囲をフェイルーラを警戒するようにスフィアンの親衛隊が囲んでいた。
「ふむ。聞いていた噂と違うな。お前は母上にも膝を突かなかったと聞いていたが、違うのか?」
金眼に、長い赤髪を首の後ろで結い、それを手前に垂らした、紺の礼服を着たスフィアンが、足を組み替えながらフェイルーラに尋ねる。
「間違いありません」
「ふむ。つまり、お前に取って、私と会話を交わす事は、母上と会話を交わすよりも上位だと考えて良いのか?」
「それは違います。一昨日の王城謁見の間において、私にとって女王陛下は交渉相手でありました。しかしこの場においてスフィアン王太子殿下との交渉は既に決定しています。であれば、一貴族の息子に過ぎない私が、礼を持って膝を突いて話すのは当然の事かと」
フェイルーラの答えに、顎に片手を当てて、面白いものを見定めるようにその頭を見遣るスフィアン。
「それは、もし、ここで更なる交渉、例えばインビジブル・バーストの概要を教えよ。と持ち掛ければ、お前は直ぐ様立ち上がって、私と交渉する。と言う事か?」
これを聞いて、フェイルーラはスフィアンの横に侍る自身の兄、ジェンタールへ視線を向ける。これに眉を下げるジェンタール。
「もし、ここで王太子殿下がそのような交渉を持ち掛けるとなれば、私がまずする事は、この場から退場し、女王陛下にそのような交渉を持ち掛けられた。と報告する事です」
暗に、これは女王案件だ。とフェイルーラから示されれば、スフィアンの顔も渋面となる。
フェイルーラはスフィアンの要請で闘技場に来ただけだ。スフィアン側から、暗にインビジブル・バーストを期待されている事は、フェイルーラも理解しているが、だからと言って、大盤振る舞いするつもりで来ていない。もしも、そのような状況となったなら、使うかも知れない程度のものだ。
「ふむ。母上が、お前は一筋縄ではいかないから覚悟しておけ。と言ったのもそこか」
一応スフィアン側でも、インビジブル・バーストをフェイルーラに使わせて良いか、とガイシア女王にお伺いはしていたようだとフェイルーラは認識した。ただ、一筋縄ではいかない。と言う言葉の認識は、自分とスフィアンとの間に齟齬がある。とフェイルーラは気取られないように思考を巡らせる。
スフィアンからしたらこの時点では、まだ『王族の命』でどうにか出来る。と思っている節があったが、フェイルーラはインシグニアから、誰にも言うな。と言われているので絶対に口を割る気はなかった。
「ふむ。ここに留まらせていても、お目当てのものは見れないか。もう下がって良い」
これ以上は、対話では情報を引き出せない。と踏んだスフィアンは、フェイルーラにこの場から退室するように言い渡す。
「それでは、失礼します」
フェイルーラは軽く頭を下げると立ち上がり、貴賓室から静々と退室していった。
「あれが、本当にインビジブル・バーストを使えるのか?」
フェイルーラの退室後、スフィアンがジェンタールに聞き返す。フェイルーラの貴族としては少ない魔力量を目の当たりにして、それまで持っていた期待感が、自分の中から薄れるのを感じる。
「そう、ですね。私やエスペーシ、父上などが認識しているフェイルーラの技が、王城で噂に上るインビジブル・バーストであるなら、フェイルーラは母上同様、間違いなく使えます」
「我が母上が、フェイルーラがタフレングスに使った技を、インビジブル・バーストと見間違えた可能性もある訳か」
これに嘆息を漏らすスフィアン。期待感が更に下がった気がしたからだ。
「それよりも、殿下はフェイルーラの試合を観戦なされるのでしたら、覚悟しておいた方が宜しいかと」
「覚悟?」
ジェンタールからの不穏な言葉に、眉間にシワを寄せるスフィアン。
「低階層の決闘者では、フェイルーラの相手にはならないでしょう。そうなると、些か陰惨なものを目にする事になるかも知れません」
これにスフィアンは目を細める。
「ジェンタールの弟は、人を嬲る趣味でもあるのか?」
「いえ、逆です」
「逆?」
スフィアンはジェンタールの言葉を理解しようと努めるも、想像が出来ず、首を傾げるだけに留まったのだった。
✕✕✕✕✕
「あれ? フェイルーラ君?」
「マドカ嬢?」
貴賓室から出たフェイルーラが遭遇したのは、ジュウベエの姉、マドカであった。派閥であろう令嬢を四人連れている。
「こんなところでどうしたのですか?」
「はは。王太子殿下に呼び出されてしまいまして。私は別に闘技場に興味なかったのですが。マドカ嬢こそ、こんな場所で何を?」
「私は休日は大体闘技場に来ているのです。将軍家の者として、武技を鈍らせる訳にはいきませんから」
「はあ。でもここは貴賓室が並ぶフロアですが?」
「上位の決闘者であれば、このフロアを使う事が許されているのです」
マドカの説明に、成程とフェイルーラは頷く。
「それにしても、昨日もまた凄い活躍だったとか」
「活躍、ですか?」
「ええ。私の部下が、フェイルーラ君の歌奏は凄かった! と興奮しながら教えてくれましたよ」
ちらりと視線をマドカの後方に向ければ、そこに見えたのは、昨日の音楽倶楽部にいた令嬢の一人だった。どうやらマドカの部下であったらしい。その令嬢が、首がもげるんじゃないかと言う程頷いている。
「私も、あの小さなレコーダーで聴かせて頂きましたが、本当に凄い歌奏でした。まさか三味線であのような曲を奏でられる者がいたとは、本当に驚きました。私なんて、途中で泣いてしまって……」
「はあ、ありがとうございます?」
「何でご本人が疑問形なんですか?」
フェイルーラからしたら、昨日の演奏は手慰み程度だったので、それを褒められても、どのようにリアクションすれば良いのか分からず、首を傾げる事しか出来なかった。
「でも、今日はフェイルーラ君が闘うのですね。それなら闘うのはなしにして、フェイルーラ君の決闘を観戦するのに注力した方が良いかも知れませんね」
「はあ」
これにも首を傾げるフェイルーラ。フェイルーラの自己肯定感は低い。魔力量も多く、才能にも恵られた双子の弟、エスペーシと比べられて育ってきた為、「エスペーシなら……」「エスペーシなら……」と、耳にタコが出来る程に周囲から陰口を、時には面と向かって言われてきたので、自分が出来る程度の事は他の誰でも出来ると思っている。今のフェイルーラを形成しているものが、どれだけの血の滲む努力の上に出来上がったものか、本人に自覚がないのだ。
「まあ、休日の過ごし方ですし、マドカ嬢のお好きなようにして結構かと。ああ、ジュウベエ君も出場しますから、そちらを観戦するのも宜しいかと」
「あの子も来ているのね」
これに片手を頬に当てながら嘆息を漏らすマドカ。
「昨日も来ていたようです。でも昨日の成績に納得出来ていなかったようで、今日はそのリベンジのようですね」
「あの子は……」
フェイルーラから視線を逸らしながら、弟の我儘にマドカは眉間を揉む。兄弟の中でも、真っ直ぐな性格なジュウベエだが、その真っ直ぐさのせいで周りを振り回す事がこれまでもあったのが、この歳になっても直っていない事に頭痛がしてくるマドカであった。
「では、私は一階からですから」
これ以上話す事もないと考え、フェイルーラはマドカにこの場を離れる許可を貰い、エレベーターへ向かうのだった。




