違うんだけど
「ぬうおりゃあああああ!!」
モップを持ったジュウベエ君が、観客席を走り回っている。グーシーに敗けた鬱憤を掃除にぶつけているのだろうけれど、あれは観客の邪魔じゃないかな。今も、ジュウベエ君が通る度に観客たちが足を上げている。
「張り切っているね」
「そう見えるか!?」
睨まれてもな。
「将軍家の子息だし、自ら掃除する事に忌避感があるかと思ったけど、そんな事ないみたいだね」
「罰掃除には慣れているからな!」
これは罰ではないんだけど。そして将軍家の子息が、罰掃除に慣れているのはどうなの?
「お前こそ、率先して掃除するなんて、聞いていたこの国の貴族の印象と真逆だな」
「そう?」
ジュウベエ君の発言にピンと来ず、派閥の面々へ視線を向けるが、皆複雑な顔をしている。
「領主貴族だと、使用人を雇って掃除させるんじゃないですか?」
「ああ」
アーネスシスの言に納得する。領主貴族なり、儲かっている騎士貴族の家なら、使用人が掃除するか。
「領館でもない場所を掃除する貴族は、フェイルーラ様くらいかと」
ジルッタがそんな事を教えてくれた。これに深く頷く派閥の面々。
「教会預りの孤児たちを引き連れて、街の掃除をするのは、貴族の行いではありませんから」
「グーシー、それを分かっていて、今まで黙っていたの!?」
グーシーだって、他の皆だって参加していたのに! 俺が声を上げると、皆から笑顔がこぼれる。
「何と言うか、素直にお人好しとは呼べないな」
ジュウベエ君は一息吐いて、俺たちへジト目を向ける。
「賊の千人斬りって事は、お前の掃除ってそっちも含まれているんだろ?」
ジュウベエ君の発言は、ジュウベエ君派閥や、インシグニア嬢たち、記者二人、それに観客たちも思っていた事らしく、周囲の視線が俺に集まる。
「違うよ」
「違うのか!?」
間違っていると即答したからだろう。目を丸くするジュウベエ君。記者二人も観客たちも驚いている。
「領主貴族は、領地を守護する立場にあるから、魔属精霊や魔物、賊や罪人などにより、これが毀損された場合、討伐する義務があるんだ」
だから各地に騎士貴族を配置し、周遊旅団なんて組織も存在する。
「でも、魔属精霊や魔物相手なら討伐する事に忌避感は少ないんだけど、賊や罪人と言った人型が相手だと、それに忌避感が出るから、貴族でも本音はやりたくない仕事なんだ」
「はっ、普段偉そうにしているくせに、肝心なところで腰が引けるとか、情けないな」
ジュウベエ君が吐き捨てるようにそんな事を口にする。
「人殺しに忌避感があるのは悪い事じゃないさ。で、俺の話に戻るんだけど、まあ、この魔力量だ。実家じゃ居場所がなくてね。だから他の兄弟たちから、魔属精霊や魔物の討伐よりも、賊や罪人の討伐の方を受け持つように暗黙に促されてやっていただけだよ」
これにはインシグニア嬢も不快感を持ったのか、モップを握る手に力が入る。
「…………それで、良かったのか? お前の口八丁なら、他の兄弟たちを賊討伐へ向かわせる事だって出来ただろ?」
ジュウベエ君の発言に対して、俺は目線を上に向ける。
「う〜ん。ここで理由の全てを語るのは、憚られるけど、私的には、魔属精霊を相手にするより、賊討伐の方がやり易かったのは確かだね」
俺の言葉に頬を引き攣らせるジュウベエ君。
「だって、魔属精霊は災害だから、いつ、どこに出現するか分からないけど、賊は人間だからね。人間は人間と関わらずには生きていけないから、どこかで賊じゃない人間と接点があるんだ。だからしっかり情報網を張り巡らせておけば、賊による被害は最低限に抑えられるんだよ。後は俺たちが賊のアジトに突入して、殲滅すればお終い」
俺の言葉に、周囲が静まり返る。あれえ? そんなにおかしな事口にしたかなあ? 付き合いの長いグーシーを見るが、肩を竦ませるだけだ。う〜ん。この話は一旦棚上げだな。
「さ、それよりも掃除掃除! ピッカピカにするよ!」
俺は話を打ち切り、掃除を再開するのだった。
✕✕✕✕✕
「ご苦労様でした。慣れない事をして、お疲れでしょう?」
二十五階の観客席フロアの掃除も終わり、今は空いていた二十五階のグループ席の一つに来ている。俺は、思いも寄らず手伝ってくれたインシグニア嬢と侍女二人を労い、ワースウィーズ商会製の浄化カードと軟膏を渡す。『歌姫』に手荒れさせたらいけないからね。
「いえ、普段しない事なので、楽しかったです!」
喜んでいるのはインシグニア嬢だけで、それに仕える侍女二人は少しげんなりしていた。まあ、多分二人は普段から掃除しているのだろう。
「そちらも、ご苦労様でした。取材、何でも聞いて下さい。答えられる範囲なら答えます」
「これだけして、答えられる範囲内ですか」
女性記者と男性カメラマンはクタクタのご様子だ。記者なんて足でネタを拾ってくる仕事だろうに、この程度で音を上げていて、やっていけるのだろうか? 改めて二人を見る。
「済みません、お名前、何でしたっけ?」
名刺を貰って、すぐにアーネスシスに渡しちゃったから、覚えていない。
「クリア・ファインドです」
「オーバ・エクスポージャです」
栗毛にくりっとした黒眼の、リスのような女性記者がクリア女史で、黒に銀のメッシュ、青い瞳に黒縁眼鏡の男性カメラマンがオーバ氏と言うようだ。
そんな初対面の挨拶をしている間も、派閥の面々によりロッカーに仕舞われていたテーブルが並べられていき、テーブルクロス、そして飲食売店で買ったツマミが置かれていく。これに口角を上げるインシグニア嬢。
「あ、ご自由に食べていた宜しいので」
インシグニア嬢にそう声掛けした後、アーネスシスに、「俺の分、取り分けておいて」と耳打ちする。
「どうかされましたか?」
「いえいえ、何も」
しかしこれに眉間にシワを寄せるクリア女史。グーシーが用意した何か洒落た椅子に座りながら、対面の二人を見るも、疑念を持った顔をしている。アーネスシスに耳打ちしたのが、秘密話のように見えたのかも知れない。う〜ん、本当にツマミと飲み物確保して貰うだけの話だったんだけどなあ。インシグニア嬢が良く食べるから。それを言っても、信じて貰えないだろうなあ。それに婚約者が食い意地が張っているとここで話すのも……。
「そうですねえ。先に言っておきましょう。お二人も知っているでしょうけれど、この国の貴族は総じて二種類に分類されます。激情家と二枚舌です。そして私は二枚舌です。もし、私の事を記事にするなら、まず最初に、私が二枚舌である旨を表記して下さい。でなければ、記事の信憑性が薄れる」
俺がそう口にすると、二人は姿勢を正し、その視線が厳しくなる。激情家よりも、二枚舌を相手にする方が厄介だと、これまでの記者人生で体験しているのかも知れない。




