資格
「な、何故こんな……」
女性記者と男性カメラマンは、愚痴愚痴と言いながらも俺たちを手伝っている。根は善人なのかも知れない。いや、記事のネタとして、手伝わされた。と書くかも知れない。
「これ、浄化魔法じゃ駄目なんですか?」
ちらりとインシグニア嬢を見ながら、女性記者が尋ねてきた。どうやらインシグニア嬢は浄化魔法も使えるようだ。
「う〜ん、それだと根本的な解決にならないので」
俺の発言に眉を顰める女性記者。
「そもそも、闘技場には浄化魔法が備わっており、全ての決闘が終わった後、闘技場全体を浄化魔法で綺麗にするのですが」
俺の発言が気に食わなかったのか、女性記者が反論する。
「へえ、流石は闘技場の記者さん。物知りですね」
それを聞きながらも、俺は手を動かし、床を掃除し、ゴミを背負い籠に入れていく。これに女性記者は不満気だ。
「何でこんな事しているのか? って顔に書いてありますよ?」
「それは……、まあ、そうですね」
取材許可の為に嫌々手伝っているので、女性記者は言葉を濁す。
「理由はあります。ここはまだ人気薄の低階層で観客も疎らです。なのに椅子はツマミの油や酒やジュースの跡で汚れていたし、床にゴミも散乱している」
「それは……、今日の観客が出したゴミのせい……」
「違います」
俺は女性記者の言葉を即座に否定する。これに眉根のシワを深くする女性記者。
「……何故、そう言い切れるのですか?」
「浄化魔法で、ゴミは消えないからです」
「はあ?」
意味が分からない。とでも言いたいように、女性記者は首を傾げる。
「インシグニア嬢に尋ねても良いですが、浄化魔法は物の表面から汚れを取り除く魔法であり、物自体を消滅させる魔法じゃありません」
俺の言葉を聞いても、眉間のシワを深くするばかりの女性記者。
「だって、考えてみて下さいよ。もし浄化魔法がゴミを亡くす魔法だと言うなら、汚れた服は、浄化魔法で消されて、使われた相手は裸になってしまいますよ?」
これを聞けば、女性記者も納得したようだ。そしてインシグニア嬢の方を振り返る。これに楽しくモップ掛けをしていたインシグニア嬢がビクッとなる。
「え? あ、浄化魔法ですか? あれは物体が受けた汚れを取り除く、言ってみれば回復魔法の下位互換であって、ゴミを綺麗にする事はあっても、ゴミ自体を消滅させる事は出来ません」
インシグニア嬢の言葉に、目を見開く女性記者。どうやら初めて知ったようだ。まあ、教会に縁がないと、ここら辺を知る事は少ないかも知れない。
「ま、そう言う訳で、幾ら闘技場の運営側が全体に浄化魔法を発動させたからと言っても、ゴミは残るんです。そして浄化魔法後、残った油物や酒やジュースは元の綺麗な状態に戻り、また闘技場を汚くしていく。そしてそれが長時間続けば、闘技場はその汚くなった状態が本来の状態であると世界から認識されるので、椅子や床、壁などに汚れが残った状態のままに固定される。これじゃあ、闘技場が浄化魔法で綺麗になる訳がない。だから、掃除をする必要があるんですよ」
俺の言葉を聞いて、女性記者はインシグニア嬢へ振り返り、彼女が頷いたのを見て、嘆息をこぼす。あ、これ、俺の言葉信じられてないな。
「この状況からして、闘技場の運営側も、浄化魔法がどんな魔法なのか、完全には理解していなさそうですね」
俺の言葉に、インシグニア嬢が頷く。
「多分、浄化魔法を掛けてから、残ったゴミ類を片付けているのかと」
「ですね。下手したら、翌朝、観客や決闘者が来る前に、見掛けだけ綺麗にしている可能性もありますね」
これにはインシグニア嬢も苦笑いだ。全く、闘技場自体は素晴らしいのに、運営の仕事には穴が多そうだ。
「おう、兄ちゃん!」
なんて会話しながら掃除をしていると、上方の席のおっさんが、肉を食べ終えた串を投げてきた。危ねえな! と思いながらも、俺は背中の背負い籠でそれをキャッチする。
「おお! ナイスキャッチ!」
ナイスキャッチじゃねえよ。と文句を言いたいところだが、相手のおっさんは明らかに酔っ払っている。場外で問題を起こすのも阿呆らしいので、
「そんな事やっていると、出禁にされるよ〜」
などと軽く忠告するに留めるのだった。が、これを面白いと思ったのだろう。他の席からも串やら紙籠やら敗けた投票券などが飛んでくる。それを背負い籠でキャッチする俺。
「ガッハッハ! 上手えじゃねえか!」
「何だ? 新しいアトラクションか?」
うわあ、酔っ払いの相手、うぜえ。
「ゴミ箱があるんだから、そっちを使えよ!」
「ゴミ箱は動かえだろ!」
そう言う問題じゃねえ。モラルやマナーの問題だ。軽くジト目を向けるも、どいつもこいつもへらへら嘲笑してくるばかりだ。
「掃除なんて、仕事にあぶれた人間がする事だもの」
女性記者はそのように説明してくれたが、俺には理解出来ない考え方だ。
付き合い切れないなあ。と思いながら、ゴミを拾い、モップで掃除をしていると、若い女性が掃除をしているのが珍しかったのか、観客が数人、インシグニア嬢の方へ向かうのが目の端に映った。
「おい!!」
俺の怒声に、ビクリと肩を震わせる観客たち。
「んだよ、邪魔すんじゃねえよ、ボケカス!」
「邪魔はお前らだよ。掃除の邪魔するなら、お前らから掃除するぞ」
竜の武威にも届かないただの殺気に「ひいい」と身を震わせる観客たち。
ここにきて観客の一人が、俺がフェイルーラ・ヴァストドラゴンであると気付いたらしく、仲間に耳打ちする。これに更にビビる観客たちだが、決闘者が観客に手出し出来ない事を理解しているのだろう。すぐにへらへらした顔に戻る。
「ははは。お前決闘者だろ? ここで問題起こしたら、決闘者資格剥奪だぜ?」
これにゲラゲラと追従するように笑う観客たち。
「それが何?」
が、俺の言葉に、観客たちは固まった。
「それが女性に手を出そうとする奴を罰しない理由になるのか? 勘違いしているみたいだから教えたやるが、俺は決闘者でいる事に拘りはない。もし、その女性に指先一つ触れてみろ、この観客席全体が戦場になるぞ」
俺の言葉を本気と捉えなかったのか、それでも口角を上げる観客たちだが、俺が顎で周囲を示せば、そこら中で掃除をしているうちの派閥の面々が、掃除を中断してその観客たちを睨んでいた。
これにサーッと青ざめたのは、インシグニア嬢に手出ししようとした観客たちだけでなく、二十五階フロアにいる観客全員だった。
「理解したか? 俺たちは本気だ。お前らに許されているのは、決闘者たちの闘いを楽しく観戦する事だけ。その手に持ったツマミと酒は、帰る時にしっかりゴミ箱に片付けていけよ?」
俺の言に静まり返る観客席。が、そんな事俺の知った事じゃない。俺はインシグニア嬢の方へ近付く。
「済みません。怖い思いをさせてしまって」
「いえ、お気になさらず」
へらりと口元に笑顔を見せてくれるインシグニア嬢だが、はあ、闘技場の観客たちのマナーの悪さは、俺の想像以上だった。
「掃除、やめますか? 無理しないで良いですからね?」
「大丈夫です! 普段やらない事なので、面白いです!」
モップをギュッと握って宣言するインシグニア嬢に対して、笑みが漏れてしまった。この令嬢も、大概肝が据わっている。
「では、私の近くで掃除して下さい。離れられると、こっちが何かあるかも知れないと不安になるので」
「分かりました!」
うん。良い返事だ。そんなこんなで、俺たちは掃除を続けるのだった。




