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SPIRITS TIMES ARMS  作者: 西順


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110/123

出来る出来ない

「あまり泡立ちませんけど、汚れは他の洗剤と変わらず良く落ちますね」


 侍女二人のうちのティンパニーの令嬢が、そんな事を口にする。


「ええ、人体に有害な苛性ソーダではなく、植物油から作ったグリセリンを原料としているので、泡立ち方が違うんです」


「そうなのですね」


 俺の言葉に納得しながら、ティンパニー嬢は慣れた手付きでモップ掛けを続ける。


「何故、苛性ソーダを使わないのですか? やっぱり社の方針でしょうか? 人体への影響を考えてとか、敏感肌の方向けとか」


 この会話にインシグニア嬢が入ってきた。


「まあ、そう言えれば見栄えも良いのですが、苛性ソーダって、海水から作られるんですよ。他にも、鉱山からも採掘されるんだったかな?」


「ああ、それでですか」


 これに納得するインシグニア嬢。ヴァストドラゴン領には海も鉱山もないので、苛性ソーダは輸入に頼らざるを得ず、値段が上がってしまうのだ。なので、油を抽出した植物から、更に油を搾り取り、水とアルコールで加水分解して油脂をグリセリンとそれ以外(オレイン酸など)に分けて使っている。因みにグリセリンは甘い。


 まあ、これに苛性ソーダを加える洗剤や石鹸もあるけど、苛性ソーダは強アルカリ性で、そのまま触れると火傷のような症状を引き起こすので、取り扱い注意だ。


 そしてこのグリセリンに、とある混酸を使って作られるニトログリセリンは、狭心症や急性心不全の薬となるが、強力な爆薬にもなるので、これも取り扱い注意だ。


「自領の鉱山では岩塩から苛性ソーダを作っていたはずなので、今後は融通出来るかも知れません」


 流石は急峻で鉱物資源豊富なグリフォンデン領。その申し出はありがたい。


 そんな会話をしながら、ふふふ〜ん、と掃除を続けていると、違和感を感じた。ふと周囲へ視線を向けると、観客たちが半分くらい減っていたのだ。


「? 何か、お客さん減ってません?」


「……そりゃあ、あんな闘い方をした人が躊躇いなく「殺すぞ」って脅してきたら、皆非難しますよ」


 女性記者が理由を説明してくれた。が、


「? 殺すなんて言っていませんが?」


「いや、言っていたでしょう!」


 嫌々掃除させられるのがそんなに嫌なのか、妄想を口にする女性記者に、俺は眉を寄せ、インシグニア嬢の方へ視線を向ける。これに首を横に振るインシグニア嬢。それに侍女二人。だよね。


「フェイルーラ様は、私に触れたなら観客席全体が戦場になる。とは仰いましたが、相手を殺すとは口にしておりません。訂正を求めます」


 インシグニア嬢の少し強めの語句に、女性記者も複雑な顔となるが、


「それは人死にが出ると言っているのと同じなのでは?」


 そう食い下がる。


「……はあ」


 珍しい。インシグニア嬢が相手に対して期待外れと言うか、残念に思う気持ちを吐き出すなんて。


「貴女は、本当にフェイルーラ様から取材をしようと思っているのですか?」


「それは、そうですよ。こんな掃除までさせられているんですから、特ダネを持ち帰らないと」


「はあ」


 これに更に残念そうに溜息を吐くインシグニア嬢。インシグニア嬢でも、あんなあからさまな不機嫌さを顕わにする事があるんだな。


「貴女は、フェイルーラ様の試合をご覧になられたのですか?」


「観ましたよ! だから取材しようと思ったんですから!」


「…………」


 ジト目だ。インシグニア嬢の目からハイライトが消えた。基本的に王族にも貴族にも一般市民にも平等なインシグニア嬢が、明らかにこの女性記者を下に見ているのが分かる。


「……でしたら、お尋ねします。闘技場の決闘者を一撃で倒せる程お強いフェイルーラ様に、ここの観客を殺さずに無力化する事が出来ない。と貴女はお考えなのですね?」


 インシグニア嬢の言葉を聞いてハッとする女性記者。そして俺を振り返る。


「うちの派閥は全員蛇蝎骨法を習っていますから、五分あれば、この場の観客全員の骨を外す事は可能ですね」


 これに女性記者は顔を引き攣らせる。


「まあ、無力化させるだけなら、全員で一斉に催眠弾でも撒き散らせば、それでお終いですけど」


 俺の言葉に後退る女性記者。何か失礼。いや、最初から失礼だったけど。


「はーい! と言う訳なんで、暴れないで下さいねえ!」


 俺がまだ残っている観客たちに声を掛ければ、皆が姿勢を正すのだった。


 ✕✕✕✕✕


「お、これは面白い。グーシーとジュウベエ君が闘うみたいだな」


 掃除も順調に進んでいるところに、運が良いと言うか、十二あるバトルフィールドの中でも、こちらに近い外側の場所で、グーシーとジュウベエ君が闘いを始めるようだ。しかし、掃除に三十分以上掛けてしまったので、もう帰りたい。なので、グーシーには即行で試合を終わらせて貰おう。


 俺はグローブから葦笛を取り出すと、それで特定の音色を出す。これはうちの派閥の暗号だ。どの音色が聞こえたかにより、作戦行動を変える。今俺が吹いたのは、一気呵成の音色だ。他にも、防御特化や散開、遠距離攻撃、待機など色々ある。


「本当に空イルカの鳴き声そっくりですね」


 俺の横に座ったインシグニア嬢が、そんな事を口にする。魔法学校で話を聞いた時から、気になっていたようだ。俺はもう一つ葦笛をグローブから取り出し、インシグニア嬢へ差し上げる。


「子供の玩具で良ければ」


 これにニカッと笑顔となったインシグニア嬢は、俺から葦笛を受け取り、「ピュ〜イ、ピュ〜イ」と葦笛を鳴らす。流石はインシグニア嬢。葦笛はまず音を鳴らすところで(つまず)く。上手く音が出なくて、スカスカな音になるのだが、この様子だとエラト特化な訳ではなく、管楽器の心得もあるようだ。


「あのう、一息吐いたなら、取材、宜しいでしょうか?」


 女性記者がおずおずと尋ねてくる。何故下から目線? さっきまで自分本位だったのに。


「ああ、今から派閥の側近が闘うので、その後で良いですか? ここで取材より、グループ席に移動してからの方が、そちらも静かに取材出来るかと」


「あ、はい」


 俺の言に少し緊張したような面持ちの女性記者と男性カメラマン。最初はあんなに強気だったのに、今は子犬のようだ。誰がこんな風にした! 俺です。


「済みません、合流に遅れました」


 そこにブルブルが合流してきた。試合が終わったようだ。


「別に構わないよ。今からグーシーとジュウベエ君が闘うから、その観戦」


「そうですか。ならすぐ終わりますね」


 ブルブルの返答にジュウベエ君派閥の四人が険しい顔になるが、ブルブルはどこ吹く風だった。


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