夜斬り
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貴賓室では、フェイルーラとモトナリが闘っているバトルフィールドが、墨をぶち撒けたように真っ暗となって何も見えなくなったが、すぐに闘技場の機能により視認性が上がった。バトルフィールドは闇に閉ざされたままだが、そこに決闘者の輪郭が浮かび上がる。
「闇属性か? 珍しいな」
スフィアンが注視する中で、闇に包まれたバトルフィールドがピカッと光り、注視していたスフィアンは思わず目を細める。
「光魔法か?」
「いえ、閃光弾かと」
スフィアンの疑問に答えたのはジェントールだ。
「フェイルーラはガンブレードの魔弾の薬莢を入れ替える事で、様々な魔法を、魔力なし、無詠唱で放つ事が出来ますので」
「それは強いな」
これにスフィアンは感心する。
「とは言え、事前準備は必須になりますし、空間魔法陣から魔弾を取り出すのに、少々の魔力は使いますが」
「それはそうか。そのくらいのデメリットがなければ、魔法銃系統が強くなり過ぎるか?」
魔法のある世界では、遠距離攻撃のメインは魔法だ。補助武器として、長年『弓』が使われてきたが、魔法を薬莢に封じる技術の向上により、魔法銃がここ数十年で世界的に拡がってきている。
そんな背景をスフィアンは頭の片隅で思い出しながら、閃光弾でも晴れなかった闇のフィールドへまた視線を凝らす。
(フェイルーラが武器を使うだけで、忌避感が薄まるな。しかしインビジブル・バーストはガンブレードでは使わないらしいしな。悩ましい)
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(閃光弾一番でも全体は見渡せなかったか。まるで、霧の夜のように、バトルフィールド全体が夜霧に隠されているな。あのウミボーズとか言うビショップフィッシュの属性は夜かな?)
モトナリと同じフィールドにいるフェイルーラは、貴賓室から眺めているスフィアンよりも、現在の状況を的確に感じ取っていた。
(それにこの匂い、海属性も持っているみたいだな。霧は海属性によるものか。ジュウベエ君もそうだったけど、ニドゥーク皇国の武者は、海属性なのか? それとも国土を海に囲まれているから、海属性の人間や精霊が生まれ易いのか? いや……)
そこで考察を一次中断するフェイルーラ。夜霧の中、自身の右から振り下ろされた刀の一撃をサイドステップで躱す。そして直ぐ様攻撃を受けた場所に向かってガンブレードの銃を放つが、手応えはない。当然夜霧も消えない。
(環境タイプは魔力量を相当消費する。身体強化にはそれ程魔力を回せないのか、攻撃速度はそれ程でもなかったな)
これに少し悪い事をしたかな? とフェイルーラは自省する。モトナリは恐らくフェイルーラと剣と剣による闘いを所望していたはずで、この状況はモトナリの望んだ状況ではないはずだからだ。
(とは言え!)
右、左、前、後ろと、モトナリの攻撃は続く。夜霧で視界を奪われたフェイルーラは、振るわれる刀の音と肌感、何よりそこに込められた殺気を頼りに、避ける事しか出来ずにいた。
(ランクバトルの試合時間は10分。こんなしょっぱい試合を観せられて、そのうえ逃げ続けて引き分けってのは、観客も消化不良だろう。というか賭けの対象になっているんだから、俺に賭けた人は、……? ここまでほぼ駆け足で昇ってきたけど、こんな短時間に俺に賭けた人っているのか?)
また変な考察に意識を奪われ、フェイルーラは足元を掬われる。ヌルッとした何かを踏み、思わず前かがみにすっ転びそうになり、そこへ掬い上げるようにモトナリの刀が下から振り上げられ、フェイルーラは何とか身体を捻る事でそれを避けるが、そのまま転んでゴロゴロと回転し、何とか体勢を立て直そうとしたところで、フィールドに手を突いて、そこがヌメっていた為に、思わず立たずに手を引いてしまった。
ヌルヌルした何かが手に付着した。目では見えないが、恐らく粘液のようなものだとフェイルーラは位置付けた。先程転んだのもこれだろうと。その粘液をジャージのズボンで拭く。
恐らくは夜霧の中、こんな粘液がフィールドのそこかしこに点在しているとフェイルーラは推測する。
(暗夜迷路。つまり、霧で視界不良の中、この粘液を避けるように、正しく迷路を暗中模索するように動かないといけない訳か。その正解の道筋を知っているのはモトナリ君だけ)
厄介な能力だ。敵がどこから攻撃してくるか分からないうえに、足元には粘液が点在して転ばせにくる。
(ジュウベエ君みたいに霊視能力が高ければ、こんな夜霧の中でも、敵の位置を把握する事が出来るのかねえ?)
フェイルーラの少ない魔力量では、こうして闇に閉ざされては、もう視認は出来ない。実際には、海坊主の発生させた夜霧にも、霊視に対して視認性を下げる効果があるので、霊視能力が高くともフェイルーラとさして変わらぬ視認性である。
(目が頼りにならないなら、他の五感を使うしかない。舌は意味がない。鼻も海水の匂いで意味をなさない。となると聴覚と触覚か。……ジュウベエ君、君のやり方、真似させて貰うよ)
そんな事を心の中で呟くと、フェイルーラは魔弾を素早く他のものと切り替え、いつも通りガンブレードを顔の横、フィールドと水平に構えた。
ガンブレードの引き金を引くと、剣身が高振動を始める。その振動によって、フェイルーラを中心に周囲半径一メータが円心状に夜闇を押し退けていく。振動するガンブレードにより、肌が、耳が震える。この半径一メータの円に何かが入ってくれば、それは即座にその異変を持ち主に伝えるソナーとなる。半径一メータの制空権。ジュウベエの荒波祭囃子のような、バトルフィールド全体を覆う程の範囲はないが、
「ほっ!」
後ろからの一撃を、フェイルーラは素早く振り返ってガンブレードで受け止める。これに目を見張るモトナリ。それまで、フェイルーラは受ける事なく、全て避けてきたからだ。
この事態に、モトナリの反応がほんの少しだけ遅れ、既にフェイルーラが反撃してきている事に気付き、慌てて身を引く。
フェイルーラのガンブレードはモトナリの薄皮一枚を斬り裂くに留まり、フェイルーラはその感触を理解し、咀嚼し、またガンブレードを水平に構える。
左、右、上、前、下、後ろ、袈裟斬り、逆袈裟、薙ぎ、突き、モトナリのどんな攻撃もフェイルーラは受け止め、反撃してくる。そして反撃の度にその反応速度が上がっていっているのをモトナリは理解していた。恐らく次に攻撃すれば、返す刀で自分は両断される。そんな確信めいたものをモトナリは感じ取っていた。
(どうする? 水波斬で遠距離から攻撃するか?)
そんな考えが一瞬だけ頭を過ぎり、これをすぐに払拭するモトナリ。この状況は、フェイルーラと真っ向勝負をする。と言う自分が望んだ状況だからだ。そこから逃げる日道武者はいない。
じり、じり、と一歩、いや、半歩ずつモトナリは夜霧の中フェイルーラに近付いていく。そしてフェイルーラの制空権である半径一メータのすぐ手前まで来て足を止める。眼前には水平にガンブレードを構えるフェイルーラ。
「ふう……、ふう……」
モトナリ自身も正眼に刀を構え、フェイルーラが聞き取れるか聞き取れないかの音量で、息を整える。精神を集中させ、刀と己を一つとする。そして刀を大上段に振り上げると、大胆に一歩踏み出し、その刀を振り下ろした。
「っ!? ……ぐっ」
一瞬の事で、モトナリは最初何が起こったのか理解出来なかった。結果から見れば、フェイルーラ目掛けて振り下ろしたはずの自分が、袈裟掛けに斬られていた。それは最速の後の先。モトナリが一歩制空権に足を踏み入れた瞬間、モトナリの刀が振り下ろした瞬間、フェイルーラは身体を右半身にずらし、そのままモトナリを両断したのだ。
「お、見事……」
フェイルーラに両断されたモトナリは、フェイルーラを称えて、バトルフィールドから夜霧とともに消滅した。




