Phase.3
何もなければ良かった。
変わらなければ良かった。
でも、変化はいずれ訪れる。
早くても遅くても。
良くも、悪くも。
―――――
「――転校生を紹介する。喜べ男子ども、女子だ。しかし…あんまりちょっかい出さないようにな」
ホームルームで最初に担任が喋った言葉だ。
最後のほうは野郎共のイヤッホーとかいう叫び声のせいであまり聞こえなかったが、気にするほどの事ではないはずだ。
しかし、夏の始まりに転校生。
陽介は、まだ一学期だし親が急な転勤になったのか、という程度に考えていた。
――いずれにせよ、俺には関係無いことだ。
あーあ、早いとこ一日が終わらないかな。
「それじゃ、入ってきなさい」
担任がドアの外に向かって手招きをする。
すると、小さな返事と同時に少女が入ってきた。
挙動が少しばかり怪しかったが、やがて少女は教卓の横について一礼した。
「初めまして、柊 美沙姫と言います。これからよろしくお願いします」
――あ。
昨日の人だ。
名前は聞いてなかったけど、一目で判る。
彼は瞬間的に理解した。
世界はこんなにも狭いのか、と。
陽介はまるで学園もののアニメでも見ている気分になっていた。
「えーっと、席は…確か嵩立の近くが空いてなかったか?」
「え、まぁ一応ありますよ」
担任に質問を投げ掛けられた陽介はそれに対してさらっと答える。
ひょいと手をあげる――意味は無いのだが気持ち的にやってみた。
「柊、お前の席は嵩立の横だ。向かって右列の真ん中あたりだが、そこまで行けるか?」
「あ…大丈夫です」
担任と美沙姫の不自然なやりとりに教室中がざわめく。
そこまで行けるか?
先生のやつ、何言ってんだ?
教室中の疑問が一点に集中したところで、担任は答える。
「あー…言い忘れてたが、柊は目が見えないんだ。だからっていじめたりするんじゃないぞ」
その一言に全員が静まり返る。
そういうことか、という一部の呟きが聞こえた。
少女は意外にもしっかりした足取りで陽介の近くまで来ていた。
立ち止まって手探りで何かをしているが、陽介にはその行動が理解できた。
あぁ、椅子を探してるんだな。
「ほら、椅子はここだよ」
陽介は椅子を引き、座る部分をぽんぽんと叩きながら教える。
その瞬間、外野どもがヒューヒューと騒いだが気にしなかった。
少女は小さく微笑んだ。
「あ…ありがとうございます、嵩立さん」
「礼を言われるほどじゃないよ。さぁ、座って」
「嵩立さんにはお世話になりっぱなしですね」
「そうでも無いと思うけどね」
美沙姫の言葉を軽く受け流すように返事する陽介。
陽介にとって、これくらいは普通なのだ。
良くも悪くも、お人好しだから。
朝の退屈――ではなかったホームルームが終わる。
少しの休み時間の後、授業が始まる。
今日の一限目は国語だ。
しかし、陽介は国語が苦手である。
別に苦手と言うほどでも無いのだが、理由がひとつだけあった。
それは、眠くなるということ。
国語を担当している教師の声が大層穏やかであり、陽介にはそれが子守唄にしか聞こえない。
気を確かにしていても、授業終了間際には意識の約7割を持っていかれる。
最悪、授業終了と同時に寝てしまうのだ。
「あぁ…一限目に国語かよ、ついてねぇな」
「え、そうですか?」
陽介の呟きに反応する声。
ついさっき、陽介の隣の席になった美沙姫だ。
不思議そうな顔で呟きの主を見――ているわけではないが、首を左に回して陽介の方向を向いている。
目は開いているが、その中に光は宿っていない。
盲目。
「国語を担当する先生の声がね…女の人なんだけどさ、その声を聞いてるだけで寝れる」
「居眠りは駄目ですよ?」
「解ってはいるけど…どうにも苦手なんだ」
「じゃあ、好きになれるといいですね」
陽介と美沙姫のやりとり。
美沙姫の返答が若干ずれたものになっている気がするが、あながち間違いでもない。
視界は暗くても、性格は明るいんだな。
陽介はそんなことを思いながら、鞄から教科書とノートを取り出す。
取り出したノートを何の気なしに開いてみると、小さな文字でページがびっしりと埋まっていた。
その正体は、自作の小説。
ファンタジーものにするか現実世界ものにするか、どっちつかずのままで放置していたのだ。
彼は文章力に自信があるわけでも無く、小説に関しての知識が豊富というわけでもない。
題材にするものの資料も不足がちで、結局内容がまとまらずにいた。
だから、放置。
いつか書こう、そう思っているだけだった。
「…嵩立さん?」
「うおっ!?」
不意に美沙姫が呼びかけたせいで、陽介は間抜けな悲鳴をあげた。
その拍子にノートが机から滑り落ちる。
バサバサッ、と羽ばたくような音が聞こえた。
「あら…何か落ちましたね」
美沙姫が物音に気付いた。
陽介は素早く地面からノートをかっさらい、何でもないように答える。
「あぁ、教科書を落としちゃって」
嘘をついた。
《見られるはず無い》のに。
無意識に、何故か、そうしていた。
「…………」
少女は口をつぐんだ。
――教科書にしては、音が軽い。
そう思っていた。
しかし次の瞬間、突然鳴り響いたチャイムによってその思考は掻き消される。
やがて教室の扉がゆっくりと開き――。
「はいー、国語の授業が始まりますよぉー」
甘ったるい、声が聞こえた。
To be continued...




