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10話


「見つけたぞ……憎き……憎き魔帝!」


 思わず腰を抜かして、その場に尻もちをついてしまった。

 その鬼神のような憎悪に塗れた顔の左目には眼球はなく、その眼孔からは、鈍く輝く白宝玉が無数に覗いていた。

 白宝玉は月明りと松明の光で、まるで蜻蛉の複眼のように光って僕を睨んでいる。あまりの悍ましさと恐怖から思わず後退る。

 そして僕に鋼鉄の棍棒を突き付け、その男は……劾銅はにじり寄った。


「答えろ! 陶華をどこへ隠した! 言わねばお前が死を哀願する声が尽き果てるまで、散々に弄って十月虫に喰わせてから殺す! すぐ言えば、貴様を食いちぎる虫を少しだけ大きくしてやる……不本意ではあるが……ほんの少しだけ楽に死ねるだろう。 無論、貴様の臓物を切り刻んで噛み砕くのは決まっているが! どうせお前のような臆病者は少しでも楽に死にたいだろう! 言え! どこへ隠した!」


 愉悦と憎悪がない交ぜになったような劾銅の顔面。陶華といる時は滑稽にすら感じられたのに、今はただただ恐ろしいばかりだ。

 眼孔に敷き詰められた白宝玉に、その一つ一つに、半月が映る。


 蛇に睨まれた蛙のように、声も出ないし体も動かない。


「私はここですよ。逃げも隠れもしません」


 凛とした冷たい声。陶華が僕の前に立ち塞がった。


「おお! 陶華! 我が最愛の陶華! そこにいたか!」


「劾銅……あなたその目は……やはり……!」


 陶華の声は少し上ずっていた。


「最愛のお前を助け出す為だ……目玉を繰り抜いて白宝玉を埋め込む程度、私には何の苦もない。私にあるのは……お前への愛だけだ! そして……」


 劾銅が陶華へ向けた満面の笑みは、僕へと向いた瞬間、憎悪で紅く歪んだ。


「貴様ら……貴様ら魔族への憎しみだけだ……! 今すぐ陶華への植え付けをやめろ……! さもなくば殺す……!」


「……私は植え付けなどされていません」


「ああ陶華! もう言わずともよい……もう何も言わずとも……陶華……ああ陶華よ!」


 そして劾銅は陶華を包み込むように両手を広げた。――鮮血が音を立てて迸る。

 劾銅の胸を陶華の剣は間違いなく切り裂いた……筈だった。


「陶華! 私はお前を愛している!」


 劾銅は少しもたじろがず、陶華を大きな腕の中に包み込んでしまった。

 陶華が取り落とした剣が草むらに転がる。


「陶華……荒療治ですまんが……植え付けを解いてやる!」


 劾銅は右手に戦棍を握ったまま、左手で陶華の細い体を強く抱きしめている。


「ぐっ……! 逃げなさい猿里! 私は何とでもなります!」


「嫌です!」


 僕は駆け出し、劾銅の背後へと回り込む。

 そして手の平を劾銅へと向け、


「逃がさんッ!!」


 つんのめってうつ伏せに倒れていた。

 全く所作が見えなかったが、僕は足をへし折られたようだ。

 だが、不思議と痛みは無い。

 倒れたまま、必死で劾銅を睨み返し、口を開く。


「……僕を殺しても植え付けは解けないぞ」


 ただの悪あがきのつもりだった。しかし、劾銅の顔はみるみる真っ青になっていった。……行ける。


「僕を殺したら陶華は苦しんで死ぬぞ!」


「――貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様!! ……卑怯者め! 言え! 植え付けを解く方法を! 言え!」


 僕は足を引き摺りながら、劾銅へと少しずつ這い寄った。

 ――まだ、遠い。時間を稼がなければ。

「まず、僕の安全を確保して貰わないと――」

「黙れ」

 体が浮いて、土で弾んだ。

少し押し戻されてしまった。……左腕の感覚が無くなっている。


「貴様の指図を受ける気はない。言え」


 劾銅の声はいつになく落ち着いていた。

 頭を埋め尽くす恐怖を抑えながら、何とか声を絞り出す。


「先ず、中原の仙丹を頭から振りかけ……」


「続けろ」


「次に、東夷の海底の真珠を粉にして飲ませ……」


「続けろ!」


「最後に――」


 陶華が察したのか、全力でもがいて劾銅の意識を一瞬逸らしてくれた。

 僕はその隙を逃さず、劾銅の脚に手の平を当てる。

 ――轟音。そして黒い閃光。

 黒雷法術が劾銅の脚を貫いた。


「き……さ……ま……」


 劾銅はもじゃ髭から煙を上げながら、黒い雷の残滓を纏いながら、土埃を上げて仰向けに倒れた。

 その左胸には、陶華の剣が深々と突き刺さっている。


 ――助かった。

 安堵する僕だったが、振り向いた陶華は、どういう訳かわなわなと震えて僕を睨んでいた。


「何故……逃げなかったのですか……あなたは……」


 いつもの凛とした冷たい声でも、嘲るような声でもなく、それは唯々悲痛な声だった。


「僕は……ただ陶華を守りたくて……」


「何とでもなると言ったでしょう! あんな男、植え付けが解けたとでも言って騙せばすぐに殺せました!」


「それは分かりません。劾銅は……親衛隊はあなたが思っている程馬鹿ではないかも知れません」


 陶華はまるで何かに怯えるように肩を揺らしている。


「どうしてですか……理由が知りたいと言っていたではないですか! ……世をより良くする為に努力すると言っていたではないですか! ……生きたいと言ったではないですか……! 嘘だったのですか……あなたの言葉は全て」


 僕は痛みが戻ってきて、脂汗が滲むのが分かった。

 それでも、しっかりと陶華の右目を見つめた。


「嘘ではありません。僕は理由が知りたいです。自分が生まれて来た理由も、死ななければならない理由も。でも、陶華を助けようとして僕が死んだとしても……それで陶華が助かったなら、それが僕の生まれて来た理由と言えるかも知れません」


「そんな下らない事の為に死んで、何が理由ですか!」


「……きっと陶華は、本当は優しい人です」


「違います!」


「もし死んだとしても、きっと僕に後悔はなかったでしょう」


 陶華は、冷たい瞳を寂しそうに伏せて俯いていた。

 そして深く息を吐いた。


「莫迦とは思っていましたが。……しかし、ここまで莫迦とは思っていませんでした。もう興味も失せました。私の愚かな気まぐれもここまでです。もう二度と会う事もないでしょう」


 言い終えると、陶華の影は刹那に消えてしまった。

 僕は痛みで意識が飛びそうなのを堪えていた。

 ――防人達を何とか止めないと。

 しかし、脚と左肩に響く激痛は増すばかりだった。




 目を開くと、もう日は登っていた。

 辺りには、陶華の姿はなかった。

 劾銅の姿も見当たらないが、土を掘り返した痕があるので、陶華が埋葬したのだろう。

 立ち上がり、痺れる脚と左腕を庇いながら、大河沿いに上流に向かって歩く。

 僕が町の焼け跡に辿り着いたのは、昼になった頃だった。

 金目の物を探しているのだろうか。焼け跡を耕すように鍬で掘り返す防人が目につく。

 町の隅には、夥しい骨の山が積まれている。

 その中には鎧の残骸もある。どうやら逃げ遅れて焼かれた人も、戦死した防人も一緒くたに火葬されたようだった。


 僕はその骨山の前に跪き、手を合わせる事しか出来なかった。

 ……彼らの犠牲は……僕の責任でもある。

 きっと、償う事はできないだろう。それでも、僕は前も向いて進まなければならない。たとえ一人でも。


 それからゆっくり立ち上がって、初めて陶華に見捨てられた寂しさと、悲しさが押し寄せて来た。

 ――南蛮を目指そう。陶華ともまた話がしたいし、劾銅の他に親衛隊がいるかもしれない。

 僕は廃墟となった町を出て丘を登って行った。

 ……そして三王国を隔てる長城を目指した。


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