ハーレム?
「あ、河辺君」
「おはよう玉泉さん」
次の日、教室に入ると玉泉さんが早々に駆け寄ってくる。
玉泉さんは僕を心配そうに見つめ、
「河辺君、昨日は大丈夫だった?」
どうやらシズルとの一件を気にしているようだ。
「おかげさまで僕は何ともないよ。それより玉泉さんのおかげでリナの妹の手掛かりが見つかりそうだよ」
「えっ! 本当!」
「うん、実はね……」
僕は玉泉さんに昨日のシズルとの一件を話した。
「すごーい! それじゃあリナさんの妹さんの居場所がわかるかもしれないんだ!」
「まだリナの妹だって確定したわけじゃないんだけどね。でも、いずれにしてもかなり有益な情報であることには間違いないよ」
「うんうん、それじゃあリナさんも大喜びだったでしょ?」
「うん、もう昨日から舞い上がっちゃって大変だよ。ただでさえテンション高いのに昨日はその三割増しくらいになっちゃってさ。寝るまでずーっとリナの妹さんの話聞かされて大変だったよ」
「くすっ、リナさんらしいね」
「おかげで寝不足気味で……ふぁ~」
「でもよかった……河辺君が無事で」
「あはは、大げさだって玉泉さん」
「だ、だって魂を抜かれるなんて噂があるくらいだから凄く恐い人なのかと思っちゃって」
それに関してはある意味否定しないけどね……。魂を抜くと言っていた時のシズルの目はとても冗談には思えなかったし……。
「いや、シズルは噂ほど恐い子じゃなかったよ」
「え? シズル? 河辺君、宮藤さんのこと下の名前で呼んでるの?」
「えっ、う、うん。シズルからそう呼んでくれって言われたから」
「ふーん……」
玉泉さんがジド目で僕を見つめてくる。
ん? 僕、何か変なこと言った?
「河辺君、随分宮藤さんと仲良くなったんだね」
「う、うん、まぁね。あっちはどう思ってるかわからないけど僕はもう友達だと思ってるよ」
僕がシズルのことを友達だと話したその時──
「勝手に友達扱いしないでくださいます? わたくしはあなたと友達契約を結んだ覚えはありませんことよ」
突然シズルが目の前に現る。僕は驚きのあまり思わずのけ反ってしまった。
「うわっ! シズル!」
「あ、あなたが宮藤シズルさん?」
「いかにも。わたくしが宮藤シズルですわ。そういうあなたは河辺先輩の恋人か何ですの?」
「こ、恋人!」
「な、何言ってんだよ! 玉泉さんはただのクラスメイトだよ」
慌ててシズルの言葉を否定する。
「あら、そうでしたの。それは失礼致しましたわ」
シズルは特に興味なさそうにしれっとそう口にした。
「ただのクラスメイト……しゅん」
「え? 玉泉さん?」
「あ、あはは何でもない何でもない」
「それよりも、どうしてシズルがここに!」
「あら? せっかく有益な情報を持ってきたというのに随分と御挨拶ですわね」
「えっ! 有益な情報って……まさか」
「ええ、見つけましたわ、おじい様の日記帳を」
そう言うとシズルは手に持っていたノートを僕の前にかざした。
「あ、ありがとう~! シズル~!」
僕は両腕を広げてシズルを抱え込む。
──ひしっ──
「ちょ、ちょっと!」
「か、河辺君!」
「あっ」
玉泉さんの言葉で我に返る。
気づけば感動のあまり僕はついシズルを抱き締めていた。
「ご、ごめん」
「ま、全く……あなたという方は……なんてハレンチな……」
しまった……。せっかくシズルが有益な情報を持ってきてくれたのに。こんなことで機嫌を損なわせてしまうなんて……僕のバカ。
興奮すると無意識に突発的な行動をしてしまう自分の愚かさに心底嫌気が差す。
僕は頭を深々と下げ、再度シズルに謝る。
「本当にごめん。悪気はなかったんだ」
「……まぁいいですわ。あなたも悪気があったわけではなさそうですし、今回だけは特別に許して差し上げます。ただし、次やったらあなたの魂を抜かせてもらいますからそのつもりで」
完全には納得していない様子ながら、なんとか許してくれたようだ。
「ありがとうシズル!」
よかった……どうやら最悪の事態だけは避けられたようだ。
──ヒソヒソ──
ん?
「おい、あの子一年の宮藤シズルじゃねーの」
「なんか魂を抜くとか言ってたよ。やっぱりあの噂は本当だったんだ。こわーい」
「河辺の奴いつのまに宮藤シズルの下僕になったんだ?」
そういえば……シズルはこの学校では有名人だったんだ。
あまりにも自然に話せていたからすっかりそのことを忘れてた。
これ以上話を大きくするとマズイかもしれない……。
「シズル、今日の放課後は暇?」
「はい? なんですの急に」
「僕の家に来ないか?」
「えっ……」
──シーン──
突然教室が静まり返る。
あれ? なんか僕マズイこと言った?
「ちょ、河辺君! 何言ってるの!」
「え? 何ってシズルを家に誘ったんだけど」
──ヒソヒソ──
「おい、河辺が宮藤シズルを家に誘ったぞ」
「うわー! アイツ前々からちょっと変わってると思ってたけど、まさかそこまでだったとは……」
「何かの調教プレイかしら。想像したらゾクゾクしてきちゃったー」
「……」
何やら物凄く誤解をされているような気がする……。
「ち、違うよ。僕はただ人目のつかないところで話した方がいいと思っただけだって。ほら、魔女とか魔法とかリナの事情を知らない人が聞いたら僕等がおかしな人だと思われちゃうでしょ?」
よからぬ誤解をされないよう慌てて玉泉さんに弁解する。
「あっ、そうだよね。なーんだ私てっきり……。よくよく考えれば河辺君の家にはリナさんもいるんだもんね、あはは」
玉泉さん……一体何を想像していたんだろう……。
「というわけでシズル。どうかな? リナも居るし丁度いいと思うんだけど」
「まぁそういうことなら仕方ありませんわね。正直あまり気は進みませんが、あなたの言うことも一理ありますわ。私も客商売をしている身ですから、変な噂を立てられても困りますし」
もう十分噂は立ってると思うけど……とは口が裂けても言えない。
「それじゃあ放課後シズルの教室に迎えに行くよ」
「結構ですわ。これ以上クラスで目立つなんてごめんです。校門の前で待ち合わせにいたしましょう」
「了解」
シズルって意外に周りの目気にするんだな。
「あの……河辺君」
「ん?」
玉泉さんが何か言いたそうにもじもじとしている。
「その……河辺君のお家、私も行ってもいいかな?」
「えっ!」
「あ、いや、迷惑だったらいいの! ただ私もリナさんの事情を知ってる身だし、妹さん探しの動向が気になるっていうか……べ、別に河辺君の家に興味があるってわけじゃないからね」
「玉泉さん……」
本来ならリナの妹探しは玉泉さんには関係のないこと。それなのに自ら率先して協力したいと言ってくれている。そんな玉泉さんの優しさに僕は感動で胸がじ~んとなる。
「ありがとう玉泉さん。でもいいの? 正直結構面倒なことになると思うよ?」
「うん、いいの。私だってリナさんには妹さんと再会して欲しいもの」
「わかった。それじゃあ玉泉さんも放課後一緒に付き合って」
こうして僕達は放課後にリナの妹探しについての密会を行うことにした。
──ヒソヒソ──
「おい、河辺の奴、玉泉まで誘ったみたいだぞ」
「キャー。河辺君って人畜無害な顔して意外にプレイボーイ!」
「くぅ~。正直うらやまけしからん」
……相変わらずクラスメイトには誤解されたままのようだ。
「お待たせ」
放課後、校門前に着くとシズルは約束通り僕を待っていた。
僕の存在に気づくとシズルは意味深な笑みを浮かべ、
「では行きましょうか。あなたのお城に、ふふふ」
城か……あの部屋見たらシズルはどう反応するんだろう。
「河辺君のお家……わくわく」
玉泉さんの方も何か変な期待してるみたいだし……。
今更ながら自分の家を紹介するのが躊躇われてきた。
「あれ? 兄貴じゃん」
「麻祐理!」
聞き慣れた声がして後ろを振り向くとそこには麻祐理が立っていた。
「何してんだ? こんなところにつっ立って……げっ」
麻祐理の表情が歪む。
「な、なんで宮藤シズルが……ここに」
「あ、えーっと……」
そう言えば麻祐理にはシズルのことを話してなかったな……。
マズイな、どう説明しよう。
悩んでいるとシズルは意外にも律儀に挨拶を始める。
「あなたが噂の麻祐理さんですか。話をしたのはこれが初めてですわね。初めまして宮藤シズルと申しますわ」
「あれ? シズル、麻祐理のこと知ってるの?」
「ええ存じておりますわ。本当は優等生のくせに不良ぶってるブラコンの可愛い女の子だと噂に聞いております」
可愛いという部分をわざとらしく強調するシズル。
「なっ!」
シズルの言葉に麻祐理は顔を赤らめる。
「て、てめー。何言ってんだ! 俺は正真正銘の不良だぞ」
え? つっこむところそこなの?
「あら、ブラコンというのは否定しないんですわね」
「~ッ! なわけねーだろ! 誰がこんなナヨっちい男にベタつくかよ」
ナヨっちいって……ひどい、ぐすん。
「ふふふ。ムキになっちゃって、噂通り可愛いですわね」
必死に否定する麻祐理にシズルは不適な笑みを浮かべる。
「てめー……なめてんのか!」
なんだかやばい雰囲気になってきたな……。
とりあえずこの場を収めるために二人の間に割って入る。
「ちょっと二人共、落ち着いて。初対面なのに何でそんなにいがみ合ってるの! ほら、麻祐理もちょっと冷静になって。 シズルも今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
「ふふ、そうでしたわね。わたくしとしたことが無駄な時間を過ごしてしまいましたわ。ではそろそろ行きましょうか」
「お、おい。行くってどこに? というかこれどういうことなんだよ兄貴」
わけがわからないといった様子で麻祐理は僕の方に振り返る。
説明しようとすると、横から玉泉さんが口を開く。
「私達ね、これから河辺君のお家に行くの」
いや玉泉さん……たしかに間違ってはないけど。その説明はあまりにも端的すぎない?
「なっ! 兄貴の家……だと」
「ふふ、そういうことですの。では麻祐理さん、わたくしたちはこれで失礼致しますわ。さぁ行きましょう。河辺せ・ん・ぱ・い」
シズルが僕の腕に自分の腕を絡めてくる。
「ちょ、ちょっとシズル!」
え、な、なにこれ!
「ちょっと宮藤さん! 何してるのー!」
「ふふ、何ってただ腕を組んでいるだけですわ。大したことではないでしょう」
言いながらニヤリと口元を上げるシズル。
「大したことあるに決まってるでしょー! 河辺君から離れてよー」
「あら? あなたは先輩の恋人ではないのですわよね? だとしたら何の権限があってそんなことを言ってますの?」
「うっ……それは……」
言い淀む玉泉さん。
「……」
なんか当の本人の僕を置き去りにしてどんどん話がややこしくなっている気がする。
「まぁいいですわ。からかうのも飽きましたし。これ以上は時間の無駄ですわね。それじゃあ先輩、いい加減案内してくださいます?」
そう言うとシズルはようやく僕の腕を離した。
「あ、うん。ごめん麻祐理、詳しいことは後で話すよ。今はちょっとシズルに用事があってさ」
「あ、ちょ……兄貴」
麻祐理はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、今は一刻も早くシズルの話を聞きたかった。申し訳ないと思いつつも、そのまま麻祐理に背中を向ける。
すると──、
「オレも行くーーーーー」
後ろから麻祐理の声が木霊した。




