決断
一体どうしてこうなったんだろう……。
三人の女の子を引き連れて歩くこの状況を冷静に見つめ、僕は自問自答する。
まさか麻祐理まで付いてくるなんて……。
そうこうしているうちに僕のアパートが見えてきた。
「着いたよ、ここが僕の家」
「えっ……ここが河辺君の家?」
そりゃそういう反応になるよね……。こんなお化け屋敷みたいなところに人が住んでいるなんて普通誰も思わないもん。
「想像はしていましたが、まさかここまでとは……あなたよくこんなところに住んでいますわね」
シズルは臆することなくしれっと言う。
「で、でも、よく見たらとっても風情があるかも。なんていうか古風な感じがして、凄く歴史を感じるよね。まさに日本の家って感じがして私好きだなー」
「あはは、そんなに気を使わないでいいよ。人にそう見られるのは慣れてるからさ。これでも夏は涼しくて意外に快適なんだよ。ささ、とりあえあず中に入って」
──ガチャ──
「あ、おかえり~永明」
ドアを開くとリナが笑顔で駆け寄ってきた。
「あれ? まゆまゆにタママにシズシズじゃん!」
僕の後ろにいる三人に気づくと、リナは自分でつけたニックネームを口にする。
ちなみにタママとは玉泉さんのこと。タマタマという呼び方だけは玉泉さんに断固として拒否されたリナは、変わりにタママという呼び方で妥協している。
「うぃ~っす。アスリナ」
「こんにちはリナさん」
「ごきげんよう魔女」
「どうしたの? みんなして集まっちゃって」
突然の来客にリナは不思議そうに首を傾げた。
「実は……シズルがおじいさんの日記帳を見つけたんだ」
「えぇ!」
リナの表情が瞬間的に強ばる。
「こちらがおじい様の日記ですわ」
自分の鞄から取り出した日記帳をシズルは静かに机に置いた。
「これが……」
出てきたのは古びれた一冊のノート。ところどころ端が切れていて、色も変色している。見るからに年期を感じるノートだ。
「開けてもいい?」
念のためシズルに確認を取る。
「ええ、どうぞ。一応それらしいことが書かれた箇所に付箋をしておきましたので、まずはそこから読んでくださいます?」
「わかった」
ここにリナの妹さんの手掛かりが書いてあるかもしれないんだ……ごくっ。
ふと横を見るとリナも真剣な眼差しでノートを見つめている。
緊張のため震える手を何とか誤魔化しながら僕はノートをそっと開いた。
皆の視線が一気に集まる。
そこにはこう書かれていた。
──○月×日
私は長野の山奥に住む依頼主の元へ来ていた。仕事を無事に終え山を下りる途中、誤って足を滑らせ崖から転落してしまった。
さらに悪いことに足を捻挫してしまったらしく歩く度に激痛が襲う。
あたりはじきに日が沈む時間帯だ。今日はここで野宿するしかない、そう決断した時だ。
茂みから突然熊が現れたのだ。
私はとっさに逃げようとするも足の痛みで思うように走れない。
もうダメか、私はその瞬間死を覚悟した。
その時、突然辺りにまばゆい光が差し込んだ。
最初は何が起こったのかわからず、私はただ呆然とその光を眺めることしかできなかった。
次第に光が収まると、私の目の前には一人の少女が立っていた。
年は十四、五歳だろうか、まだあどけない無垢な顔つきだ。
横にはあれだけ凶暴そうな熊がいるにも関わらず、少女は私に笑顔を向けてくる。
しかし驚いたことに、熊は少女の前にひれ伏しておとなしくしているのだ。
私はその光景に目を疑った。
野生の熊が人間になつくなどありえない……それも先程まであれだけ人間に敵意を向けていた熊が。
少女が熊の頭を撫でると熊は穏やかな表情を見せ、茂みの中に消えていった。
すると少女は私の方に振り返り、自分の家に来るように促してきた。
腑に落ちない部分はあったが、足の怪我のこともある。私は少女の申し出を受け、今晩は泊めてもらうことにした。──
その日の日記はそこで終了している。
「ニーナだ……」
「え?」
突然リナが妹さんの名前を口に出す。
「これ……絶対ニーナだよ!」
「え? どういうこと? たしかにリナが魔法使う時と同じような現象が書かれてるけど、これだけじゃあ魔法かどうかって判別できない気がするけど」
「ニーナ嬢は動物の感情を操る魔法が得意だったぞよ」
僕の疑問に横からアルキマが答えた。
「キャッ」
「うわっ! キーホルダーがしゃべった!」
「なんですの? その奇怪な物体は!」
突然のアルキマの登場に三人は驚きの声を上げる。
「そういえばみんなにはまだアルキマのこと話してなかったね。彼はアルキマっていってリナの使い魔なんだよ」
「うむ。河辺殿の言うとおり、我はお嬢の唯一の使い魔でアルキマ・メンデスと申すぞよ。以後よろしく頼むぞよ」
玉泉さんは物珍しそうな目でアルキマを見つめ、
「使い魔……ほぇ~」
「やっぱり使い魔がいると、アスリナが魔女だって実感沸いてくるわー」
麻祐理は偉く関心した様子だ。
「しかし使い魔がキーホルダーっていうのはどうなんでしょう」
シズルはいぶかしめな視線でアルキマを見つめている。
「あ、それはね……」
僕が説明しようとすると、アルキマは猛烈な勢いでまくし立ててきた。
「我はキーホルダーじゃないぞよ。この世界ではお嬢の魔力の関係でこの姿になっているぞよが、真の姿は由緒正しき黒猫ぞよ」
どうやらアルキマにとってこの話題は禁句のようだ。
「あら、そうでしたの。それは失礼致しましたわ」
そう言ってシズルは何事もなかったかのようにしれっと流した。
前々から思ってたけど、シズルって受け流すのうまいよな……。
などとシズルの対人スキルに感心していると……。
「永明! 早く次のページ開いて」
リナが叫ぶ。
普段のリナならこういう会話にはノリノリで入ってきそうなのに、今はまるで興味がないといった様子だ。
それほどまでに今は他のことを考えている余裕がないのだろう。
「う、うん」
リナの剣幕に気圧され、僕は次のページをめくった。
──○月△日
少女に連れられてきた場所は小さな診療所だった。看板には動物診療所と書かれている。家には少女の他にもう一人、男の獣医が住んでいた。
親子だろうか、そう思って尋ねてみても、どうにもはぐらかされてしまう。
親子の年齢程離れているように見えるこの二人は一体どういう関係なのだろう。
気にはなるものの命の恩人をあまり困らせるのも無粋というもの。私はそれ以上深く詮索はしなかった。
それはそうと、不思議なことに昨日あれだけひどかった足の痛みが今日は全く感じないのだ。それどころか怪我をする前よりも軽い気がする。
もしかしたら骨折しているかもしれないと思っていたが、まさか一日でこうもあっさりと治るとは。まさに魔法でもかけられた気分だ。
思い当たる節があるとすれば、昨晩少女が私の足を一生懸命さすってくれたこと。
最初は気休めだと思っていたのだが、何故か心地よい気分になりそのまま寝てしまった。
あれはもしかしたら本当に魔法だったのかもしれない。
朝食までご馳走になり、私は二人に感謝してもしきれない恩を受けた。
本来ならすぐにでもお礼をしたいのだが、なにぶん崖から落ちた時に財布を落としたようで今は手持ちがない。 必ず後でお礼に戻る、そう言っても二人は気にしないでくれの一点張りだ。
私は必ずここに戻ることを誓い、山を下りた。
夕方には無事に町まで到着し、なんとか一命を取り留めることがきでた。
それにしてもあの少女は一体何者だったのだろう。
長年霊媒稼業を営んでいる私でもこんな現象は初めてだった。
もしかしたら彼女は西洋の魔女だったのかもしれない。──
「手掛かりとなりそうな記事はここまでですわ」
僕が日記を読み終えるのを確認するとシズルは静かに呟いた。
シズルの言うとおり、その後のページには少女のことが書かれている箇所は一つもなかった。
「おじい様はあの後、何度かその少女に会いに山奥に行ったらしいですの。でも二度と少女に会うことはできなかったようですわ」
「……」
シズルの言葉に誰も反応を示さない。リナは先ほどから黙って俯いたままだ。
「……」
僕も何と声を掛けたら良いのかわからず無言になってしまう。
せっかく手がかりが見つかったと思ったのに、これじゃあぬか喜びさせただけだったかもしれない。
ふと麻祐理と玉泉さんの方を見ると、二人も複雑な表情を浮かべていた。僕と同じくリナにどう声を掛ければ良いのか悩んでいるようだ。
「あまり参考にはならなかったようですわね。これからどうしますの?」
シズルが無表情で聞いてくる。こんな時、あえてそう言ってくれる人物がいるのは非常に助かる。
リナは消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「ニーナ……会いたいよ」
「リナ……」
その瞬間、初めてリナの心の中を垣間見た気がした。いつも明るく振る舞って悩みがあるなんて全く感じさせないリナ。でも本当は妹さんのことが心配でしょうがないんだ。たぶんここにいる誰よりも毎日不安な気持ちで押し潰されそうになってるんじゃないかな……。
それなのに……僕はなにも力になれないのか? そんなの絶対に嫌だ。
気づけば僕は無意識に口を開いていた。
「……行こう」
「え?」
僕の言葉にリナは顔を上げる。
「ニーナちゃんに会いに行こうよ。せっかくここまで手掛かりが見つかったんだ! このチャンスを生かさないなんてもったいないよ! 大丈夫、きっとその山に行けばすぐに見つかるって」
「あなた正気ですの? 場所がわかったと言っても県だけですわ。一体この日記に書かれている山がどれだけ広いと思っていますの! おじい様ですら見つけられなかったというのに、素人のあなたが行っても見つかるわけありませんわ。下手したら遭難して死にますわよ」
シズルは信じられないといった様子で僕を非難する。
「わかってる。でも、ここで行かなかったら僕は一生後悔すると思うんだ。心配してくれてありがとうシズル。でも、これは僕とリナの問題だよ。ここまで付き合わせちゃってひどい言い草だけど、もう決めたことなんだ」
何と言われようとこれだけは譲れない。僕はもうこれ以上リナを悲しませたくないんだ。
「永明……」
リナは目を潤ませながら僕を見つめる。
そんなリナに僕はなるべく穏やかな口調で、
「リナ、一緒に探しに行こうよ」
「兄貴……本気かよ」
「河辺君……」
「心配かけてごめん二人共。でも、僕行かなくちゃ。大丈夫! すぐにリナの妹さん見つけて帰ってくるから」
ごめんね麻祐理、また心配かけちゃって。ほんと僕ってダメなお兄ちゃんだよね。
でも必ず帰ってくるからさ。
それと玉泉さん。リナとは何の関係もないのにここまで協力してくれてありがとう。玉泉さんがいなかったらここまでこれなかったと思う。本当にありがとう。
心の中で二人に感謝する。
「ふふふ」
「シズル?」
突然シズルが不気味に笑い出す。
「おもしろい……おもしろい男ですわ、河辺永明。まさかたったこれだけの情報で広い山奥を探索しようだなんて。自分の命を賭けてでも得体の知れない魔女のために誠意を尽くす、その姿勢気に入りましたわ。いいでしょう、わたくしも魔女リナの妹探しに協力して差し上げますわ」
「えっ!」
思いも寄らぬシズルの言葉に僕は驚いてしまう。
「ただし、わたくしはあなたと違って、そんな無謀な冒険をするつもりはありませんことよ。家に帰ってもう一度おじい様の霊媒記録を探してみます。そこに書かれている依頼主の住所を辿ればある程度は場所が把握できるでしょう」
「シズル……あ、ありがとう」
感動のあまり言葉がうまくだせない。
「ふんっ、勘違いなさらないでください。わたくしはおじい様の無念を晴らしたいだけですわ。その少女に会っておじい様の想いをこのわたくしが代わりに伝える、それこそがわたくしに架せられた使命というだけのことです」
口ではこう言ってるけど、きっとシズルは絶対にそれだけの理由じゃない。
照れ臭そうにするシズルの様子を見て僕はそう確信した。
「兄貴、オレも一緒に行くぜ」
「私も一緒に行っていいかな?」
「えっ!」
一瞬、二人の口から出た言葉を信じられず、僕は自分の耳を疑う。
麻祐理と玉泉さんまで一緒に行く? 冗談でしょ?
「麻祐理、玉泉さん。わかってるの? これは旅行に行くのとは訳が違うんだよ。日記にも書いてあったでしょ? 熊だって出るような危険な山奥に行くんだよ。あぶないよ」
そう言うと二人は顔を見合わせ、お互いに笑い合い、
「だからだよ」
「え?」
「兄貴だけじゃ心配だからオレが付いていってやるって言ってるんだよ」
「麻祐理……」
おまえって奴は……。
「私達だけ仲間外れっていうのは寂しいもん。だってせっかくリナさんとこんなに仲良くなれたんだし。友達が困ってる時には手助けがしたいって思うのは普通でしょ? そういう理由だけじゃだめかな?」
「玉泉さん……」
僕は何の躊躇もなくそんなセリフが言える玉泉さんを心底尊敬した。
「僕じゃなくてリナに聞いてみて」
もう答えなんてわかりきってるけど、あえてリナに話を振る。
それまで呆然と僕達の会話を聞いていたリナは急に自分に話が振られ、戸惑いの顔を見せる。
しかし、すぐにその表情は歪んだ。
「みんな……いいの?」
リナの問いかけに、全員が頷く。
「ありがとう……ありが、ぐっ、ひっ、うえ~ん」
とうとうリナは泣き出してしまった。
「へっ! まだ妹さん見つかってないんだから泣くのは早いぞアスリナ」
「そうだよ。それに私達は感謝されるようなことしてるわけじゃないんだから、そんなこと言われたら何だか照れ臭いよ」
「魔女の涙には人間を石にする力があると聞いたことがありますわ。本当かどうか試してみたいですわね」
リナを気遣い、三人はおのおのに言葉を掛ける。
一人だけ空気の読めないこと言ってた気がするけど……。
三人共ありがとう。三人が居てくれるだけで、リナもとっても心強いと思う。
みんな本当にいい人だよな……。
「……」
三人に報いるため、そしてリナ本人のためにも……。
どうか妹さんに会えますように。




