『暴食の悪魔と居座るエクソシスト。失われる家主の尊厳』
俺の名前は神代拓巳。3人の悪魔と暮らす、至って普通の大学生だ。
え?「悪魔と暮らしてる時点で普通じゃない」って?
普通です! 普通なんです! そう思わないと俺の精神が崩壊するんです!
え?「美少女悪魔たちに囲まれて羨ましい」って?
羨ましいわけあるかぁぁぁーーーーーっっっ!!!(血涙)
……コホン。ということで、今日も今日とて、俺の理不尽極まりない日常を見ていきましょうか!
「おはよう……。昨日いろいろありすぎて、マジで眠い……」
目をこすりながらリビングに入ってきた俺の体は、鉛のように重かった。
現在、午前8時過ぎ。大学の講義は昼からなので、いつもより遅めの起床である。リビングには、食欲をそそる出汁と醤油の香ばしい匂いが漂っていた。
「おはよう、拓巳さん。朝ごはん、もうできてますよ〜」
キッチンから明るい声を返してくれたのは、緑髪の悪魔アスモデウス。家事や料理全般のレベルがプロ級に高く、いまでは我が神代家のお母さん……いや、絶対的なインフラのような存在だ。
「拓巳、遅いわよ。シャキシャキ動きなさい」
テーブルでズズッと味噌汁を飲みながら不満げに言ってきたのは、金髪の悪魔ルシファー。我が家に最初に転移してきたツンデレ悪魔である。最近は日本のアイドルにどっぷりハマり、毎日生配信や動画を見るオタクな日々を送っている。
「誰のせいで起きるのが遅くなったと思ってるんですか。昨日はいろいろありましたし、夜中は夜中で、誰かさんの限界オタクみたいな絶叫が響いてきて全然寝られなかったんですけど……」
俺が恨みがましく睨むと、ルシファーは「……っ!」と一瞬言葉に詰まり、顔を赤くしてそっぽを向いた。
「う、うるさいわね! しょうがないじゃない、昨日は推しの誕生日当日だったんだから! 祭壇の前で聖誕祭の配信を見るのは義務よ、義務!」
「あんた、もう少し反省したらどうなの? 居候の身で夜中に騒ぐなんて、悪魔以前に人間性の問題よ?」
「そうですよ。全くエヴァさんの言う通り……」
俺はそこまで言って、ハタと動きを止めた。
……一瞬、数秒の静寂がリビングを支配する。
「………え?」
俺はロボットのような動きで、声のした方向へ視線を向けた。
そこには、昨日「二度とこんな悪魔の巣窟に来るわけないでしょ!」と啖呵を切って出て行ったはずの、金髪イギリス人エクソシストが、当たり前のようにマイ箸を持って席に座っていた。
「なんであなたがいるんですかぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
「なによ? アスモデウスお姉様の極上の朝食をいただきに来ただけでしょ? 悪い?」
「いやいやいやおかしいでしょ! 昨日の今日ですよ!? 『二度と来ない』って言ったの、どこの誰ですか!?」
俺が頭を抱えて叫ぶと、ルシファーがフンと鼻を鳴らした。
「本当よ。人のこと言う前に、自分の言動を反省しなさいよ、この天ぷら泥棒」
「うるさいわね! 美味しい朝食を前にして、昨日のセリフを律儀に守るエクソシストがどこにいるのよ!」
「あらあら、別にいいじゃない? 食卓は賑やかな方が楽しいわ。ベルちゃんも早く起きてくればいいのにね〜」
アスモデウスさんが微笑ましそうに笑う。
「はぁ……。悪魔もエクソシストも、どいつもこいつもろくな奴がいないな……」
俺がガックリと肩を落として呟いた、その時だった。
「アスモデウス! これマジでうまいな! もっとおかわりくれよ、おかわり!」
エヴァのすぐ横の席から、地響きのような豪快な声が聞こえた。
見ると、そこには、燃えるような赤い髪をショートカットにした、見知らぬボーイッシュな女が座っており、もの凄い勢いで茶碗のご飯をかき込んでいた。
「もう、ベルゼブブちゃんったら、これで何杯目かしら? でも、そんなに美味しく食べてもらえると、作り甲斐があるわ〜」
「ベルゼブブ、食べすぎよ……。うちの食費が馬鹿にならないじゃない」
「いいだろ? アスモデウスの料理が美味すぎるのが悪いんだよ!」
赤髪の女――ベルゼブブは、口の周りに米粒をたくさんつけたままガハハと笑った。
「まったく、悪魔ってなんでこんなに図々しいのかしら」
「あんたもさっきから、もう結構な量食べてるじゃないのよ!」
「うるさいわね、美味しいんだからいいのよ!」
「そうそう! うまいんだからしょうがねえって! ルシファーも細かいこと気にすんな!」
「……あの……すいません……」
俺は、自分の家のリビングで繰り広げられる、あまりにも置いてけぼりな会話に、蚊の鳴くような声で口を挟んだ。
「いや、あの……普通に会話に参加してますけど……この赤髪の人、一体誰ですかね? なんかルシファーたちと知り合いっぽいですけど……悪魔……ですよね? というか、ここ、僕の家なんですけど……」
ブツブツと虚空に向けて呟く俺に、ルシファーが耳を傾ける。
「なに? 拓巳、ボソボソ言ってて聞こえないわよ?」
「あらあら、拓巳さん? 朝だから元気がないのね。もっとたくさん食べなきゃダメよ?」
「神代先生の息子とは思えないわね。もっとハキハキ喋りなさい、大和男児でしょ」
「お前ももっとご飯食うか? 本当にうめえぞ、これ!」
悪魔、悪魔、悪魔、エクソシスト。
全員が、我が物顔で俺の家の朝食を貪り、俺の存在を背景の壁紙か何かのようにスルーしている。
ピキッ……と、俺の中で何かが弾ける音がした。
ガッシャァァァァァァン!!!!
「――っ!?」
俺は両手で、思い切りリビングのテーブルを引っ叩いた。
その凄まじい衝撃波により、テーブルの上に載っていた、俺の分の朝食の『目玉焼き』が、ふわっと綺麗に宙へと舞い上がった。
アムッ、ぱくん。
「……んぐ。……うまい!」
ちょうどその目玉焼きの落下地点にいたベルゼブブが、見事な反射神経で大口を開けて待ち構え、空中でキャッチして丸呑みにした。
「『うまい!』じゃないですよ!! 誰ですかあんた!!」
俺はついに我慢の限界を迎えて咆哮した。
「というか、なんで僕以外のみんなは平然としてるんですか!? いきなり朝ごはんの食卓に、知らない赤髪の大食い女がいるんですよ!? 狂ってるでしょ!? え、なんか僕の感覚がおかしいんですか!?」
ハァハァと息を荒くする俺。その時、リビングのドアがゆっくりと開き、もう一人の悪魔がトボトボと入ってきた。
「……おはよう。あれ? ……エヴァ、もう来てたんだ。……ベルゼブブも、おはよう……」
眠そうに青い髪をいじりながら、ベルフェゴールがトコトコと歩いてきて空いている椅子に座った。
「おう! おはようベルフェゴール! お前もこれ食え! 好き嫌いしてると大きくならないぞ!?」
「おはよう、ベルちゃん。ベルちゃんの分の目玉焼き、今から新しく焼くから待っててね〜」
「あんた、相変わらず起きるのが遅いわよ」
「アスモデウスお姉様の朝食は、遅れてでも食べに来る価値があるものね」
ベルフェゴールの登場により、さらに自然に回り始める会話。
「……いや……あの……え?」
俺は、差し出した右手を虚空に彷徨わせたまま、乾いた笑いを漏らした。
「僕……もしかして死んでる……? 幽霊として扱われてます……? あれ〜……おかしいな……はは……ハはは……」
こうして、俺のツッコミと尊厳が完全に消失していく中、神代家にはなし崩し的に、新たな住民が加わったのだった。




