Number.39 アッシュ・シスクード・トリオウス
必死に押さえつけても、同胞は減っていくばかりだった。
演説の最中にも一人また一人と城を後にしてしまったし、が終わった暁にはもはや暴動になっていた。
勇者はもういない。トールも、ミナトも。彼らをダシに使っていた私の演説は、既に通用しなくなっている。
頭を抱えていた時だった。
「......静まれ。」静かだが迫力のある、力強い声が裏から聞こえてきた。
「私の話を、言葉を聞いてくれぬか?」声のする方に目を向けるとその瞬間、思わず後ずさりしてしまった。
陰から姿を見せたのは、黒に金で彩られた服を着たシスクトだった。肩から地面に向かって赤いマントが流れている。頭には、何度も何度もその目で見た、煌びやかな王冠を被っていた。
「ト......トリオウス国......」最後まで言い切る前に、シスクトの鋭い視線が私を刺した。
口が動かない。言葉が出てこない。この感覚も、私は知っている。
「私の話を聞いてくれ、イルマ卿。」
下にいる人々は既に静まり返っている。唖然とした表情で、シスクトを見つめている。彼はそれを確認した後、ゆっくりと話を始めた。
「私がこの場に立っていることに、困惑や不満を持つ者がいるだろう。それも分かる、ここに立っていたのは、トリオウス王国の貴族なのだからな。イルマ卿を押しのけて前に出てくるべきは、少なくとも私ではないと、そう思う者がいることもよく分かる。だが、私はここに立つにふさわしいものを持っている。」
シスクトは一旦言葉を切ると、一呼吸を置いて再び口を開いた。
「それは、トリオウス王国を15代にわたって統べてきた偉大なる国王たちを受け継ぐ血!そして、魔王によってこの身体に、魂に刻み込まれた消えない傷!」
そう言いながらシスクトが服を脱ぎ捨て、屈強な背中をあらわにすると、そこには揺れる炎のような形の火傷がくっきりと残っていた。
「なんだ?あの傷......?火傷......?」
「あれは......"フレイム"の......」
シスクトは、騒めく人々の声をその身に受けながら時間をかけて服を着なおすと、その騒めきなどかき消されてしまうほどの気迫を持った声を、彼らに浴びせた。
「私こそトリオウス第16代国王、"アッシュ・シスクード・トリオウス"である!!」
その言葉は、その声は、彼らを黙らせるには十分すぎるものであった。
そして再び、人々の間に騒めきの声が聞こえてきた。
混乱の声、否定の声、その種類は様々なものであった。
「私はこれよりトリオウス王国の、いや......人類の立て直しを行う。言うまでもなく過酷な道となるだろう。それでも私を王と認め、ついてきてくれる者はいるか?」
返事は無い。騒めきもなくなり、長い沈黙だけが流れた。
「.......私は認めます。」
人々の合間を縫って、一人の女性が姿を見せた。
「ルイス......いや、ベルマール卿......」
「お久しぶりです、立派な姿になられましたね、"国王"。」
ルイス"さん"が声をあげる姿を見て、居ても立ってもいられなくなった。
銃弾から俺をかばってくれたシスクトを、信じるべきじゃないのか?
「俺も......俺もあんたを認めるぜ!!」
「お前は......」
「あの時の傷は"リカバリー"で治っちまったかもしれねえが、俺は忘れてねぇ!借りを返させてくれ!」
俺も、私もと、その声につられるように、シスクトを認める声は増えていった。
結局、この空間は彼に対する賛同の声で埋め尽くされてしまった。
「ありがとう......心から感謝する。今日から諸君らが王国軍だ。」
いつの間にかイルマ卿は姿を消し、この場に立っているのは私含めて三人だけになってしまった。
彼の動向も気になるが、今はまだやらなくてはならないことが残っていた。
「さて......諸君らの"リーダー"として、私は彼を推薦する。」
そう言って手で合図してやると、予定通り後ろの陰からミナトが姿を見せた。
ミナトの姿を見た人々は、目を大きく開いて唖然としていた。
これが、死人が動いているのを見た人間の様子なのだろうか。
「私を守る"騎士"に、また、諸君らを導くリーダーに彼を置くことに対して、異論のある者は?」
言葉は無かった。ミナトを認める者は、私を認める者よりもはるかに多いことは分かっていた。
「そういうわけだミナト、これを受け取れ。」
ミナトに突き付けたのは、白銀に輝く美しい様相の剣だ。
「私の父は、勇者トールにこの剣を渡すことはついになかった。だが私はお前に渡そうと思う、お前が私と人類を守れ!」
ミナトは何も言わずに受け取ってくれた。そしてただ小さく、頷いた。
その様子を見届けると同時に、下から歓声が巻き起こった。
「私はまだまだ仕事が残っている。ひと段落が付くまで諸君らは鍛錬に励め!」
未だ熱の冷めない人々を背にしながら、再び陰に入っていった。
すぐそこに、いつも通り杖を抱えたフィティが立っていた。
「自分だけ重役に就けなくて不満?」
冗談交じりにそう声をかけると、「いえ」と笑顔を浮かべて返した。
「私にはそこまでの能力が無いとわかってますから......」
「そんなことはない。」そう言ったのはミナトだった。
「君が持っている能力は、もっと先に目覚めるはずだ。」
その言葉の意味を分かっているのは、多分彼だけなのだろう。フィティも首をかしげている。
足音がだんだん大きくなってくる。最大まで大きくなったところで、止まる。
目を開くと、部下の男が立っている。そして特に断りもなく、対面の椅子に腰を降ろした。
「人類が動いた。」酒をラッパ飲みしながら、短くそう告げる。
こちらも丸い机に置かれた酒瓶を握り、部下と同じように瓶を逆さにする。
「......そうか、そろそろ暴れる時だな?......」
二本の酒瓶が、ほとんど同時に机を叩いた。




