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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~  作者: 立花大二
第3部 黒曜の戴冠編

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第36話:審問官の正義

 作戦は、単純明快だった。

 そして、無謀の極みだった。

 ギデオン率いる異端審問官が、盾となる。

 彼らが、マンティコアの攻撃を受け止め、その注意を引きつけている、ほんの僅かな時間。

 その隙に、セレスティアが、懐へと飛び込み、心臓ソウル・コアを破壊する。


 失敗は、許されない。

 誰か一人の、タイミングがずれれば、全滅は免れないだろう。


「――行くぞ、者ども!」

 ギデオンが、吼えた。

「神の天秤は、我らと共にある! 異端の獣に、神罰の重さを見せてやれ!」


 審問官たちは、雄叫びと共に、マンティコアへと、一斉に、突撃した。

 それは、もはや、狩りではなかった。

 自らの命を、盾とする、決死の、陽動。


 彼らは、巧みだった。

 マンティコアの巨大な爪を、一人が盾で受け止め、もう一人が、その隙に、足の腱を切り裂く。

 闇の槍の詠唱が始まれば、聖印を投げつけ、魔術を妨害する。

 だが、相手の力は、あまりにも、圧倒的だった。

 一人、また一人と、黒い鎧が、血飛沫を上げて、吹き飛ばされていく。

 それでも、彼らは、退かなかった。

 恐怖も、絶望も、その仮面のような兜の下に隠し、ただ、審問官長から与えられた、役割を、遂行する。

 彼らにとって、死は、敗北ではない。

 神の秩序のために殉じることは、最高の、栄誉なのだ。


 セレスティアは、その光景を、息を詰めて、見つめていた。

 彼女は、異端審問官という存在を、嫌悪していた。

 彼らは、神の名の下に、人の心を、裁き、弄ぶ、冷酷な集団だと。

 だが、今、目の前で戦っている彼らは、紛れもなく、命を賭して、世界を守ろうとする、戦士だった。

 正義の形は、一つではない。

 彼女は、今、それを、痛いほどに、思い知らされていた。


「――今だ、聖女様!」

 ギデオンの、声が、響いた。


 彼と、生き残った数名の審問官が、マンティコアの、三本の足を、鎖で、地面に縫い付けていた。

 巨獣の動きが、ほんの一瞬、止まる。

 これが、最後の、好機。


 セレスティアは、駆けた。

 聖なる血を纏い、白金の光を放つ剣を、握りしめて。

 彼女の頭の中には、恐怖はなかった。

 ただ、アレンの声が、響いていた。


 ――心臓だ。

 ――セレス、剣先が、下がっている。


 マンティコアが、気づいた。

 その腐った顎が、最後の抵抗とばかりに、彼女へと、迫る。

 だが、もう、遅い。

 セレスティアは、その場で、低く、身を屈めた。

 そして、地面を滑るように、マンティコアの、懐へ。

 がら空きの、胸の中心。

 肋骨の隙間から、禍々しい、紫色の光を放つ、魂のソウル・コアが見えていた。


「――還りなさい。安らかなる、眠りへ!」


 彼女の、祈りを込めた一撃が、光の槍となって、ソウル・コアを、正確に、貫いた。


 ―――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!


 マンティコアの、断末魔の叫び。

 それは、もはや、獣のものではなかった。

 何十人もの、騎士たちの魂が、解放される、苦痛と、そして、安堵の、声だった。

 ソウル・コアが、ガラスのように、砕け散る。

 マンティコアの巨体は、急速に、その形を失い、浄化の光に包まれて、塵となって、消滅していった。


 後に残されたのは、静寂と、深々と、剣を地面に突き立てて、肩で息をする、一人の、聖女の姿だけだった。

 生き残った騎士たちが、歓声を上げる。

「おお……! やったぞ!」

「聖女様、万歳!」


 だが、その歓声は、すぐに、途切れた。

 ギデオンが、生き残った、僅かな審問官たちを率いて、セレスティアを、取り囲んでいたからだ。

 彼の黒い剣の切っ先は、今や、明確な敵意をもって、彼女へと、向けられていた。


「……見事な、一撃でしたな、聖女様」

 ギデオンは、静かに、言った。

「ですが、共闘は、ここまでです」


 ジェラールが、傷ついた体を引きずりながら、二人の間に、割って入った。

「き、貴様、何を……! 王女様は、この戦いの、功労者であられるぞ!」


「分かっております」

 ギデオンは、表情一つ、変えなかった。

「だからこそ、です。……貴女は、危険すぎる」

 彼の、冷たい目が、セレスティアを、射抜く。

「貴女は、あの『骨の王』と、魂を、通わせた。あれが、アレン・ウォーカーであると、確信している」


「……!」


「貴女の、その『情』が、いずれ、この国を、滅ぼす災厄となる。……我ら、審問官は、そう、判断いたしました」

「……私を、ここで、殺すと?」

 セレスティアは、静かに、問い返した。


「いいえ」

 ギデオンは、首を振った。

「貴女を殺せば、民が、黙っていないでしょう。……貴女には、異端審問の、正式な手続きに従って、聖女の座を、降りていただく」

「そして、あの骨の王も、我らが、神の秩序に従い、裁く」

「――それが、私の、そして、我ら異端審問官の、正義です」


 それは、揺るぎない、決定だった。

 セレスティアは、唇を噛んだ。

 結局、この男とは、刃を交えるしかないのか。

 だが、今の、満身創痍の騎士団では、彼らに、勝てるはずが……。


 その、絶望的な、睨み合い。

 それを、破ったのは、城の、内部から響いてきた、凄まじい、破壊音だった。

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