第37話:最後の欠片、グレイヴ・ロード覚醒
城の中から響いてきた破壊音は、一度では終わらなかった。
ドォン!
ガガガガッ!
まるで、城の内部で、巨大な獣が暴れているかのようだ。
時折、アンデッドの咆哮と、人の悲鳴のようなものが混じって聞こえてくる。
ロード。
彼が、城の中で、何かと、戦っているのだ。
「……ちっ。あの骨クズめ、我らを出し抜いて、先に宰相の首を獲るつもりか」
ギデオンが、忌々しげに、城の方を睨んだ。
彼の目的は、オルティスとロード、両方の、断罪。
獲物の一方を、横取りされるのは、彼のプライドが許さなかった。
その、一瞬の、逡巡。
セレスティアは、その隙を、見逃さなかった。
彼女は、ギデオンに背を向けると、迷わず、城の内部へと、駆け出した。
アレンの、元へ。
「王女様!?」
ジェラールが、慌てて、その後を追う。
「……愚かな!」
ギデオンは舌打ちをしたが、すぐに、部下たちに命じた。
「追え! 聖女と、骨の王、そして宰相! 全員、生かして捕らえるな! 神の名において、全ての異端を、ここで、滅するのだ!」
審問官たちもまた、城の中へと、雪崩れ込んでいった。
城の中は、既に、地獄の様相を、呈していた。
壁は抉れ、床には、アンデッドと、そして、宰相の私兵らしき者たちの、死体が、転がっている。
ロードは、一直線に、玉座の間を目指しているらしかった。
その進路上にある、全てのものを、破壊しながら。
セレスティアは、必死に、その跡を追った。
彼の力が、あまりにも、強大すぎる。
このままでは、彼が、オルティスを倒したとしても、その魂は、もはや、憎悪に飲み込まれ、救いようのない、本物の魔王と、なってしまうだろう。
それだけは、止めなければ。
やがて、彼女は、玉座の間へと続く、大廊下に出た。
その、中央。
ロードが、一体の、異形の怪物と、対峙していた。
それは、オルティスによって歪んだ力で蘇らされた、「新生・白銀のグリフォン騎士団」の、成れの果てだった。
何人もの騎士が、一つの肉塊のように融合させられ、無数の腕と、武器を持った、冒涜的な、殺戮機械。
バルドも、その傍らで、深手を負い、膝をついていた。
ロードは、一人で、その怪物と、渡り合っていた。
彼の体も、既に、満身創痍だった。
左腕のミノタウロスの骨は砕け、肋骨も、何本か、折れている。
だが、その眼窩の蒼い火だけは、衰えることなく、激しく、燃えていた。
「――終わりだ、アレン・ウォーカーの、亡霊よ!」
怪物の中心部から、あの、偽物の騎士団長の声が、響いた。
融合させられた騎士たちの腕が、一斉に、ロードへと、襲いかかる。
槍が、剣が、斧が、死の嵐となって、彼に、迫った。
もはや、避けきれない。
その時。
セレスティアは、動いていた。
考えるより早く、体が、動いていた。
彼女は、ロードの前に、割り込むように、飛び出した。
そして、両腕を広げ、自らの体を、盾とした。
「――やめなさい!」
ザシュッ!
鈍い、肉を貫く音。
一本の、槍が、彼女の、純白のドレスを、真紅に染め、その肩を、深々と、貫いていた。
「……ぐ……っ……」
セレスティアの膝が、折れる。
彼女の体が、ゆっくりと、前へ、倒れていく。
その、スローモーションのような、光景。
それを、ロードの、蒼い瞳が、捉えていた。
何かが、彼の、頭蓋の内側で、砕け散った。
最後の、記憶の、欠片。
―――もし、俺に、何かあったら。
―――お前だけは、必ず、逃げろ。
―――いいな、セレス。これは、約束だ。
そうだ。
俺は、彼女に、そう、誓った。
彼女を、守ると。
この、命に、代えても。
「……ア……ア……アアアアアアーーーッ!」
声にならない、魂の、絶叫。
俺の体から、蒼いオーラが、嵐のように、噴き出した。
継ぎはぎだった骨の体は、その光の中で、再構築されていく。
砕けた左腕は、冥界の鉱石のように、黒く、鋭い爪を持つ腕へと。
折れた肋骨は、より強固な、黒曜石の、胸郭へと。
背中からは、蒼い魂の炎でできた、皮膜を持つ、翼が生え、
頭部には、ドラゴンのような、威厳のある、角が生えた。
過去の全てを、思い出した。
アレン・ウォーカーとしての、誇りと、愛と、誓いを。
そして、ロードとしての、憎悪と、絶望と、怒りを。
その全てを、受け入れた。
俺は、もはや、アレン・ウォーカーではない。
ロードでもない。
俺は、その両方であり、そして、そのどちらでもない、新たな存在。
グレイヴ・ロード(墓王)。
その名が、脳裏に、刻まれた。
俺は、倒れゆくセレスティアの体を、そっと、抱きとめた。
彼女の肩からは、血が、流れている。
その血が、俺の、黒曜石の鎧に、ぽたり、と落ちた。
その、一滴の赤が、俺の、最後の、引き金を、引いた。
俺は、ゆっくりと、顔を上げた。
眼窩で燃える魂の火は、もはや、ただの蒼ではない。
中心に、白く輝く、意志の光を宿し、その外縁を、蒼い、静かな怒りが、包んでいた。
目の前の、肉塊の怪物が、恐怖に、後ずさる。
俺は、セレスティアの体を、そっと、床に横たえると、静かに、立ち上がった。
そして、初めて、自らの、魂を、震わせた。
それは、声だった。
声帯を使わない、魂そのものが、直接、世界に響かせる、王の、声。
「―――貴様らか」
「―――俺の、仲間を、弄んだのは」
「―――そして、俺の、セレスを、傷つけたのは」
その声は、静かだった。
だが、その場にいた、全ての者の、魂を、凍り付かせた。
「―――許さない」
「―――一人、残らず、塵に還れ」
俺は、右手を、虚空に、掲げた。
そこに、俺の、魂の炎が、収束していく。
それは、もはや、錆びた剣ではない。
魂そのものを、刀身にした、大剣。
ソウル・エッジ。
俺は、それを、握りしめた。
そして、消えた。
いや、人間の目には、そう見えただろう。
次の瞬間、俺は、あの肉塊の怪物の、背後に、立っていた。
そして、ただ、一閃。
剣を、振るった。
時間は、止まったようだった。
やがて、怪物の、巨大な体が、無数の、光の筋に、切り裂かれ、塵となって、崩れ落ちていった。
跡形も、なく。
俺は、静かに、剣を、消した。
そして、振り返る。
そこには、恐怖に、顔を引き攣らせた、ギデオンと、その部下たちが、立っていた。




