第50話 じゃあね。月光祭、楽しんで来て!
今日は待ちに待った月光祭。
待ち合わせ場所に行くと、すでに両親は到着していた。二人は嬉しそうにサビーナを見て手を振ってくれている。
「リックとあなたは別人でしょ! どうなの、マウリッツ様のお屋敷で上手くやれてるの?!」
父親の名前はイーフォ、四十二歳。母親のカティは四十八歳の姉さん女房夫婦だ。
「これからは頻繁に顔を見せに来なさいよ。こっちから娘の顔を見るためだけに、オーケルフェルトのお屋敷に行くわけにいかないんだから」
「あ、うん、それなんだけど……私、オーケルフェルトの屋敷を出る事になりそう」
「や、ちょ、違うから! セヴェリ様が近々結婚なさるのは知ってるよね? セヴェリ様は結婚したら、しばらくの間はクラメルの屋敷に住まわなきゃいけないらしくって……それでセヴェリ様に、私を専属のメイドとしてユーリスに連れて行きたいって、そう言われたの」
「そうか……でも一生向こうにいるというわけじゃないんだろう? しっかり務めを果たして来なさい」
「会えなくなるのは寂しくなるけど、子供はいつか親元から巣立って行くものだしね。リックのように二十九歳にもなって家に居られるのも困りものだし、自分の思うように頑張ってみて」
両親の言葉に、サビーナは強く頷いた。二人の応援の言葉が、胸に沁みる。
三人でリックバルドの最後の演舞を見ると、父親のイーフォが鼻をすすった。
ちなみにイーフォは、月光祭の度に同じ台詞を言っては泣いている。
「やめてよ、お父さん、恥ずかしい。リックはもう三十になろうかっていうオジさんだよ。立派じゃなかったら困るでしょ」
「リックったら、ますます大胆かつ繊細な立ち回りをする様になったわね……背後から気配を消して斬りかかっても、受け止められちゃうかもしれないわ」
「ちょっとお母さん、お願いだから物騒な真似はしないでね……」
カラカラと笑う母親をジト目で見上げた。この人なら本当にやりかねないから怖い。
「ユーリスで勤められないくらい辛かったら辞めちゃいなさい! 手紙をくれれば、母さんが迎えに行ってあげるわ!」
「う、うん、ありがと……でも大丈夫だから。私、セヴェリ様のお傍にいたいんだ」
「……そう。分かった。母さん、サビーナの事を全力で応援するわ。自分のやりたいようにやりなさい。私は絶対にあなたを否定したりしない。あなたが下す判断を、母さんは信じてるから……だから」
カティはまたもサビーナを抱擁する。ふわっと良い香りが鼻を掠めた。
「自分が正しいと思う道を、迷う事なく行きなさい。サビーナならそれが出来るわ。だって、私の子だもの」
「サビーナ! と、父さんだってサビーナの事信じてるからな! 応援してるからな!」
「う、うん、分かってるよ、お父さん。じゃあね。月光祭、楽しんで来て!」
サビーナは大きく「うん!」と返事をし、手を振って別れる。
二人は仲良く寄り添っていて、昔から今も変わらずラブラブの夫婦だ。
そんな二人を背に、サビーナは祭りの雰囲気を楽しみながら歩く。
だがサビーナは知らなかった。
これが愛する両親との、今生の別れになるという事を。
ーー自分が正しいと思う道を、迷う事なく行きなさい。サビーナならそれが出来るわ。
ただ何故か、カティのそう言った言葉だけは、やたらとサビーナの心に響いていた。




