第十九話
「くくく、ははははは。世界の理を曲げるか。面白い、面白いぞ。我の想像を超えるとは、これは本当に望みが叶うやもしれんな」
「あら陛下、まだ可能性が出てきただけではなくて?それに、陛下がどうお考えであっても、わたくしはそれを望んではおりません。場合によってはわたくしがあの娘を殺してしまうかもしれませんよ?」
ジュワの森深く、その上空に二つの影がった。背に翼を持つその人に似た種族は魔族。大陸における五か国の共通の敵である。一つは妖艶な女姿にコウモリの翼を持つ者、吸血鬼。そしてもう一つはこの大陸にはもはや存在しないはずのドラゴンの翼を持つ者、魔族の王である。
「ふむ。ならばその翼を奪ってしまうことも一考せねばなるまいな」
「恐ろしいこと。少しあの娘に妬けてしまいますわね。本日はお姿をお見かけして拝謁に参りましたが、他の女にご執心のご様子。わたくしはお暇させて頂きますわ」
「許す。いずれ閨に呼ぶこともあろう。その時までは大人しくしておるのだな」
「はっ。それでは失礼いたします。陛下」
「しかし、まどかとやらはどうにも精神的に未熟のようだ。あの者らをあのまま死なせては、成長に歯止めをかけてしまうやもしれぬか……」
一つは夜の闇夜に消え、一つは地上へと降り立つのであった。
◆◇◆◇◆◇
まどかが発した光の柱が消えた後、虫の音も鳴らぬ静寂がそこにあった。誰もが目の前で起こったことを理解できず、ただただ呆気にとられていた。静寂がしばらく続いた後、誰かが、何かが動いた途端、周囲の時間が一気に動きだす。まどかとエーレは倒れて動かない。その二人を守るようにおっさんが誰も通さないとばかりに杖を横に構え、周囲を睨む。エヴィンとウィズも陣形を狭めることを選択してじりじりと交代する。
ククは、いつの間にか他のパーティーメンバーから離れていた。孤立した者を上位種は見逃さずに襲い掛かり、体当たりでククを吹き飛ばす。吹き飛び、二回転、三回転と転がる。そして、地面に転がったククを上位種は咥え、山へと走り去っていった。
「クク!今、助けるっ!!」
「エヴィン殿っ!!今行けば、全滅するのですぞっ!!」
今にも走り出しそうだったエヴィンをおっさんが今までにない声で怒鳴りつける。冷静に考えて、大楯持ちのエヴィンが追った所で追いつけるはずもない。それに、パーティーから離れて単独で行動していたのが問題だ。そこを突かれたのだから自業自得と言える。だが、ここ三ヶ月程面倒を見てきた新人冒険者が連れ去れたのだ――それは大樹の系譜毎食われるという意味でもある――。だから、気持ちはわかるがそれでも他のメンバーを危険に晒すことは許されない。おっさんにしてみればまどかとウィズとエーレ、彼が彼でいられる場所、少なくともそう感じた場所が大事なのだ。それのために、他を犠牲にする覚悟が、彼にはあった。
「ちっくしょう!俺はまた、ガキ一人守れないのかよっ!!」
「それどころか、自分達の命すら危ういぜっ」
戦力は半分になった。炎の壁すらなくなった。敵の戦力もまた半分以下の十匹程度になっているが、気を失っている二人を守りながら戦い続けることは困難を極める。
まどかとエーレを囲むように三角形の形に三人は陣取る。まどかが回復魔術を使用した後も継続して前線に立ち続けていた三人は、再度怪我を負っている。特におっさんの傷がひどい。魔術師でありながら前線を抜けた小型を、まどかを守りながらも全て引き受けていたのだ。魔術も打ち続けていたため、体力・魔力共にすでに限界だろう。それでも二人を守らんと強い意志をあらわにしている所に、一人の男が不意に現れた。
「ここはわれ……私が引き受けよう。き、お前たちはそこの二人を連れて逃げるといい」
長い黒髪を後ろで縛り、縁が銀で彩られた黒いマントを身に着けた黒づくめ男だった。手には武器、とはいえないただの長い枝しか持っていない。顔には目元を隠すこれまた黒い仮面を身に着けていた。あからさまに怪しい男だ。しかし、その風貌とは裏腹に枝を優しく振るい、次々とダガーウルフをいなしていく。殺すことこそしないが、ひたすらにいなしていく。そこには、ダガーウルフとも自分達とも圧倒的な実力差が垣間見える。
「すまないっ!助かった!あんたは名のある冒険者だろう?名を教えてくれ、いずれ礼をしに行くっ」
「わ、私か……そう、だな……マ、マスク、そうマスク仮面だっ」
「仮面仮面だな」
「で、ござるな」
彼はドヤ顔でそう言った。ひどい。誰がとは言わないが、このセンスはひどい。そう三人は思わずには入れない。
「わ、私の名などどうでもよいのだ。そこの二人を連れて逃げるといい。こんな獲物しかない故、敵を屠ることは叶わぬが、一昼夜続けることなど造作もないのだから」
「ここはその言葉に甘えさせてもらうっ!マスクさん、この礼は必ずっ!」
「ふむ、それならばその娘をこれからもよく助け、そして一人前の冒険者へと成長させよ。それが、私へのなによりの礼と心得よ」
「?何だかよくわかんないけど、言われなくてもこいつとはこれからもパーティーを組んでくつもりだ、『ずっと』な。悪いが、撤退する。あんたも無理はしないでくれっ!」
「誰に物を言っている?まぁよい。そうだな、一つだけ貴様に忠告をしてやろう。全て疑ってみよ。今回の一件、思わぬ思惑が絡まっているようだぞ?」
ウィズはエーレを、おっさんはまどかを背負い、エヴィンが殿を務める。おっさんに背負われる際、まどかは一瞬だけ目を開け、謎の男を見て、手を伸ばす。その手は何も掴むことはできず、力なく下ろされた。
結局、殿を務めたエヴィンが攻撃を受けることは一度もなかった。謎の男がダガーウルフを溢すことはなかったようだ。湖を平野側に移動し、森を抜けて平野へと出る。森を視認でき、かつ安全な距離を保って一行はようやく腰を下ろす。まだ、二人は目を覚ましていない。謎の男の心配は無用だろう。圧倒的な実力差があった。それこそ金級冒険者以上の実力なのだろう。
平野で腰を落ち着けてから、しばらく誰も口を開かなかった。三人とも苦い表情でただただ体力の回復に努めるだけだ。東の空が明るくなり始める頃、ようやくエーレが目元を擦りながらも目を覚ました。
「ん……。ここ、は?あたし、あたしは……。っ!!手がっ、手がっ……!……あれ?」
先程の出来事を思い出して、痛みと恐怖が蘇りそうになったが、無いはずの手の感触がエーレを現実に戻す。手をにぎにぎと感触を確かめ、切られたはずの場所に目を向けるが、そこには傷一つ残っていなかった。腕全体を回してみたり、手の感触を再度確かめるがやはり異常一つない。むしろ調子がいいくらいだった。そして、ようやく自分の周囲に意識を割いて、森ではなく平野にいることに気づく。
「どういう、こと?あたしの手は上位種に確かに切られた。なのに、何事もなかったように治ってる。それに平野にいるってことは全部倒したの?それとも、逃げたの?っ!ククが、いないわね?」
重い口をリーダーとしての責任感でこじ開けて、ウィズはまどかとエーレが倒れた後の状況を語った。ククのことで顔痛ましく歪めるエーレだが、まどかの所へ行って、優しく頭をなでる。
「そう、まどかがあたしを助けてくれたのね……。もうただのパーティーメンバーじゃなく、友達として、恩人としてあたしがまどかを『ずっと』守るわ。……それで、ウィズ。これからどうするつもりなの?」
「……。冒険者ギルドに、報告に戻る」
「てめぇ、ククの仇をとらねぇで帰るってのかっ!?」
「あんたは上位種相手に誰も犠牲を出さずに勝てるってのかっ!?俺だって、俺だってそうしてえんだっ!それでも、守るべきもんがあんだよっ!!」
「待って、私、やるよ」
いつの間にか起きていたまどかが横になったまま静かに答える。どこから起きていたのかはわからなかったが、状況は把握しているようだった。ただ、疲労なのか、また先程の現象の影響か、起き上がろうとする体をふらつかせている。
「そんな状態で何がやれるのでござるか。それがしはまどか氏がわざわざ死にに行くというなら、何があっても止めますぞ」
「ククは、もしかしたら生きてるかもしれないじゃない。わかってる、望みが薄いことくらい。でも、私は仲間を見捨てたくない。そうしてしまったら、過去の私を否定することになる。それに、死にに、なんて行かないよ。エーレが私を守ってくれるもの。おっさんが私の邪魔する敵を倒してくれるもの。ウィズが私を引っ張っていってくれるもの。だから、上位種だけは私が倒す」




