第十六話
「全員、大樹の加護は発動してるな?行くぞっ」
一行は改めて気を引き締め、湖へと向かう。それほど距離があったわけではないが、緊張のために長く、遠く感じた。その緊張を最も強いられたのはやはり最前線にいるエヴィンだろう。大楯を構え、その後ろに全身を隠すように屈みながら前進する。ジョブが騎士とはいえ、田舎の冒険者が全身鎧のようなお金がかかる物を着ることはほとんどない。急所部分と手甲のみが金属で覆われている革ベースの装備だ。最も防御が薄いであろう頭には何も装備していない。湖に反射した光がさらに反射している。
じりじりと進む。数分しかかからなかったはずだが、一行には長く感じられる時間だった。そして、ついに木々をエヴィンが抜ける。一瞬の間を置いて、エヴィンが屈んでいた態勢から気を抜いて立ち尽くした。ククも拍子抜けしたようにペタンと地べたに座った。
「エヴィンさん、何もないのか?」
「あ、あぁ。ただ、エーレと嬢ちゃんはもうちょっとそこで待ってろ」
女性だから気をつかったのだろうか?そう思いながら、ウィズとおっさんが木々を抜ける。そして目にした物に言葉を失う。エヴィン達が湖に抜けた場所から山脈の方までは五、六百メートルはあるだろう。その中間よりやや山側で、一人の男がすっぱだかで水浴びをしていたのだ。
先行してウィズとおっさんがその人物の所へ向かうことにした。そして見つけた人物は死んだと思われていたガルゲドだった。
「あんたまさかガルゲドか?生きてたのか!!」
「おや、これはこれは魔術師さんにウィズさんではありませんか。あっしは命からがらなんとか逃げおおせることができましたが、お二人も無事でよぉござんした。おぉっとお見苦しい物をお見せしてすいやせん。こんな所まで来ちまって、拭くものすりゃありゃしませんで」
水浴びしていたガルゲドはウィズ達に気付き、湖から上がる。いそいそとズボンだけを履いて二人へと向き直る。おっさんは警戒をしているのか言葉すくなくガルゲドの様子を探っている。ウィズはまずは生還を喜び、情報収集を優先させること選んだ。
「あんたよく生きてたなっ。どうやって生き延びたんだ?」
「いやぁお恥ずかしいですが、あっしはスカウトですからね。ちょいと用を足しにいった所で、魔物の気配を感じたんです。音を立てないようにそぅっと覗いたんでさ。そしたらダガーウルフが群れなしているもんですから、ちょいと悲鳴を上げちまいまして。これがぁいけなかった。エドガーさん達があっしの声を聞いて動く気配はしたんですがね。もう怖くて怖くて。つい隠形のスキルを使って隠れちまったんでさ。それで、エドガーさん達がやられちまって……。そしてあっしは情けないことに逃げ出しやした。もう情けなくて、街にも戻る勇気がでず、こんな所まで来ちまったんでさぁ」
「パーティーメンバーを見殺しにしたんだからな。個人的な気持ちはあるが、冒険者ギルドでも緊急事態として認めてくれるだろ。落ち着いたら戻るといいんじゃないか?それより、ダガーウルフの件もあって森に何か起こってないか俺達は調査に来たんだが、ガルゲドは何か見つけてないか?」
「ほぅ。そんなことになってたので?あっしは方向もわからずこっちまで来ちまったんですがね、途中から魔物もいないのでこれ幸いとここまで来やした。特に何も怪しいことはなかったと思いやす。夜はあっちの洞穴に入ってやり過ごしてたんで、夜はちっとわかりませんが」
「そうか……。てっきり湖付近で何か起こってると思ってたんだが、異常はなさそうだしな……。そういえば、あっちには今回パーティーを組んでる仲間がいるんだ。紹介するよ」
「そいつはありがてぇこって。あっしはもう不安で不安で。皆さんいるようでしたらこりゃもう安心ですなぁ」
ガルゲドが服を着た所で、まどか達と合流することにした。ガルゲドの服はうす汚れていて、必死に逃げ回ったであろうことが見て取れた。
各々が自己紹介をし、周囲に危険がなさそうなことを確認して全員で昼食をとる。湖のほとりで火を焚き、昼食を作る。またしても当番はエヴィンとまどかだ。それほど立派な食事ではなかったが、ガルゲドはうめぇうめぇとさっさと平らげていた。
その後は火を焚いた場所を野営の拠点にして調査を行う。湖周辺には木が生えておらず、ぱっと見では異常が見つからない。そのため、ウィズとククを中心に湖の中を調査することになった。もちろんガルゲドも湖を中心に調査を行った。
初めて会ってからずっと人当たりの良さを発揮してきたまどかだが、ここに来て様子が少し異なることにエーレが気づく。あきらかにガルゲドを避けるような動きをしていたのだ。
「まどか、どうかしたの?ガルゲドさんに何か言われた?」
「ん~ん、お話しは全然してない。けど、こんなこと初対面の人に言っちゃいけないのはわかってるんだけど、あの人すごく嫌な感じがする。クラスで上辺はいいことだけ言って、裏で何してるかわからない子達と同じ感じ」
「?ちょっとよくわからないわ?でも、まどかはあの人のことを怪しいって思ってるってこと?」
「ん~。怪しいかどうかは私にはわからないんだけど……。なんだろう、あの人はたぶん何か隠してる」
「おっさんも同じようなこと言ってたわね……。でも、だからって彼が何かしたわけでもないのよね?とりあえずお互い注意してみてみましょ」
おっさんは人見知りしそうだし、前回のパーティーでも彼らからはやや腫物のように扱われていた感じもしたから印象が悪いこともあるだろう。まどかも召喚とウィズを知っていたことが本当だとして、ウィズがいたからこそ自分達とも親密になれたのだと思う。そこに見知らぬ人が入ってきたから警戒しているだけだろう、とエーレは考えた。まどかも頷いていたので、この話はここまでにした。
しばらく水中を調査したが、こちらも空振りに終わっていた。他に考えられる可能性は湖の向こう。ハビナ領で何かが起こっていることだろうか。今回の依頼はディスク領である湖と湖から流れる川のこちら側だ。これ以上調査を行えば領主間の問題になりかねない。同じ国とはいえ、貴族は自分達の領域に足を突っ込まれるのは嫌がるだろう。そうこうしている内に日が傾いてきた。復路では山側の森を調査する必要があるため、湖の山よりまで移動し、そこで野営を行うことにする。
ガルゲドはテントにこれ以上人が入らないだろうと遠慮し、寝床は昨日も使っていた洞穴に戻るという。食事だけは一緒に取り、しばらくして彼は洞穴へと入っていった。そしてまどか達は昨日とは逆の順番で夜番をすることになる。エヴィン・クク、エーレ・おっさん、まどか・ウィズの順だ。まどかとエーレは交代で見張りと水浴びをして女性のテントへと向かう。二日間の疲れからか、まどかはすぐに眠りに落ちるだった。
◆◇◆◇◆◇
他のメンバーが寝静まっても、夜番のエヴィンとククは火を絶やすことはない。湖に何かしらがあると思っていた一行だが、何も見つけられずに少々気を緩くしていた。そんな空気だから二人は早くも今回のクエストについて振り返っていた。
「クク、今回のパーティーをどう感じた?」
「今までで一番やりやすいパーティーです。ボクの事も信頼して役割を任せてくれますし、戦闘はまだしてないですけど、ウィズさんの指示は目的も説明してくれるので迷いなく動ける気がします。エーレさんも陰ながらウィズさんが動きやすいように、指示をだしやすいようにサポートしているように感じました。魔術師さんはちょっとわかりませんでしたけど……。ただ、やっぱりあのお嬢様は足を引っ張ってるだけだと思います」
「そうか。やっぱりお前は回りをよく見れているな。だがな、冒険者ももちろんだが、魔物も見た目や前評判だけで判断できないことは沢山ある。強い魔物が出ない場所だ、あいつは弱いに違いない。そう思って舐めているといつかかならず痛い目を見る。俺達の場合はそれが死ぬことに繋がる」
ククのまどかへの評価は実力よりも気構えの問題なんだろうと当たりをつけてはいるが、少しは嗜めておこうと思った所で、急にククの顔に緊張が走った。
「笛です。長い笛の音が二回聞こえました」
「何?俺には聞こえなかったぞ」
「ボクたちか魔物や動物が聞き取れるくらいの音でした。みなさんには恐らく聞こえないかと。どうしますか、みなさんを起こしますか?」
「頼む。俺は周囲を警戒する。音はどっちからだ?」
「木々で反射して正確には分かりませんが、間違いなく山側から聞こえました」
「わかった。行けっ」
焚火とテントの距離はあまりないが、その言葉を引き金にしてククは飛び出す。一度大声を出し、すぐにテントに顔をいれて声を掛ける。敵襲です、と。
ウィズとおっさんは最低限の準備を行い、すぐに焚火までやってきた。その後少し遅れてエーレがまどかの手を引いて現れた。それを見たククは苛立ちを隠さない。が、今はそれどころではないと自制して周囲の気配を伺う。
まどかの人生で寝てる間に敵に襲われるなどということは初めてだ。だが、この世界の冒険者はそれが当たり前で、覚悟がないと言われてしまえばその通りだ。ただ、平和ボケといっていいか分からないが、日本人のまどかにとってはこのような事態など想定してなかったのだ。それでも、この世界では油断をしていたら死を招く。周りの緊張感に刺激されて、自身も緊張を余儀なくされる。
「状況は?」
全員が集まったことを確認して、ウィズが聞く。
「周囲に敵の気配は今の所ありません。ただ、笛の音が聞こえました。人族には聞こえないくらいの高い音で、魔物や動物なら聞き取れるものです。聞こえた方角は山側で間違いないです」
「ちっ、しくった。なんで夜中と朝方にしか活動しない魔物が昼間に移動していたかを考えなきゃいけなかった……。今の内に火を強く焚く。エーレとおっさんは枯れ木を集めてきてくれ。ククは前方索敵。敵の姿が見えた時点で撤退しろ。大凡の数が分かればいい。エヴィンさんは戻るククのカバー。悪いが、ちょっと前の方に行って貰う。まどかは待機だ。誰かが怪我をしていたら普通の回復魔術で対応しろ。ショートカット、特にミドルは緊急の時のために必ず取っておくこと。エーレとおっさんが枯れ木を集めてきたらそれを火にくべろ。俺は状況を見ながらその場で判断して対応する」
(何より笛が鳴ったってことは人が関与してる可能性があるってのかよっ!あんたじゃ、ないよな!?)
ウィズが早口に全員の役割を言い渡す。誰も反論することなく、それぞれの行動を開始する。まどかは不安そうにウィズを見る。ウィズは大丈夫だ、と言って笑ってみせる。それだけで、まどかの心に少しだけ勇気が生まれるのだった。




