第十五話 王都の奴隷商
あれからロドンダさんはロドルガについて沢山の事を話してくれた、もしこの場に彼が居たなら恥ずかしいと感じるような子供の頃の出来事から、村を出るまでの思い出を語ってくれた。
彼の語る思い出話は子供が思う以上に親は自分を見てくれていて、理解しようと努力しているのだと言葉の端々に感じる事が出来る内容で、目の前にいる老人の深い愛情を感じる話だった。
「シュウゴ様、こんなジジィの昔話を嫌がらず聞いてくださってありがとうごぜぇます、こんでワシも納得してくたばれます」
王都が見える頃に彼はそう言って親と子の昔話を結んでしまう、俺はそれがどうしても納得出来ずに黙って聞き入っていたが口を開いて語る。
「ロドルガの事を色々聞かせてくださってありがとう、だが私は貴方の話に満足出来ない部分が一つあります、それは貴方が死を覚悟している事ではなく、命を捨てようとしている様に見えることです」
この老人は俺と一緒に居る事を自分の命の捨てる場所と定めているようなフシがある、命を惜しんでは出来ない事であるのは事実だが、無為に捨てて欲しいとは思っていない、寧ろ少しでも長生きして欲しいと考えている。
「貴方はまだ帰るべき場所も待つ家族も居るのです、だから命を粗末にするような事だけは絶対にしないで下さい」
「ハハハッやっぱりバレてやしたか、ですが別に捨て鉢になった訳じゃごぜえません、こうして話してよう分かりやした、やっぱり貴方様はワシらの希望です。だからワシみてぇなジジィでも命を預けてみたいと思わせる何かがここにあるんでさぁ」
言いながら彼は自分の胸を指さす、その晴れがましい笑顔は捨て鉢になったとは口が裂けても言えない素晴らしい笑顔だった。
「ですがご安心くだせぇ!このジジィは生き汚さにゃあ自信がありやす、それこそ徴兵上がって冒険者やった時にゃ何度も死にそうな目に合いやしたが、仲間と一緒に色々漏らしてでも生き残ったのが自慢でしてね、早々くたばりゃしませんぜ!」
装備の整った徴兵生活の四年間で三割の人間が死ぬ厳しい現実を抱える世界で、冒険者という職を選んで仲間と共に戦い生き残った古強者の言葉は重く、俺は自らの言葉を収めるしか無くなってしまう。
魔物と戦う恐ろしさを知っているなら彼の言葉を笑うものなど居ない、この世界の冒険者とは自らを殺す悪意の塊に対峙し命を賭ける事、義務の徴兵ですら無いのに己の意思で危険を承知で戦い人を助ける尊い職業だ。
「分かりました、ですが危ないと感じれば逃げて下さい、それは生き残った貴方なら恥ではないと分かっていると信じてます」
それだけは絶対に守って欲しいと強く思いながら話しかけた、彼にはもう十分手伝ってもらったのだ、これ以上の事は無理をして欲しくないと素直に思う。
「稀人様にそう言われちゃ、この老いぼれもおっ死ぬ訳にゃいかんですな、それにここで死んじまったらカカァにどやされまさぁ!ハハハハッ」
ロドルガさんの笑い声が人の集まった街道に響くと、辺りの人達は「稀人」という言葉に反応してこちらに視線を向けてきたが、そこに様々な感情が混ざっている。
そこには決して豪華とは言えない荷車に乗った傷だらけの男、そんな見窄らしい自身を稀人と呼ぶ老人に疑いを向けている様な、訝しむ視線が多くあった。
「ロドルガさん、貴方の気持ちは分かりました、ですがあまり騒ぐと良からぬ視線が貴方に向けられます」
気のいいこの老人が疑われる原因を作っている自らの情けない姿に恥じながら、ロドルガさんに声をかけると彼は苦笑いのような顔で返してくる。
「田舎のジジィが偉そうな事を言っちまいやすが、そんな卑屈な顔してちゃ折角の決意が濁ってしまいやす、襤褸を着ていたとしても他の誰が笑おうとも貴方様は英雄だ、ならワシに謝る位なら堂々と胸を張りなせぇ」
背中を叩かれ自らが英雄だと胸を張れと老人は言う、これはガルムンズにも言われ続けた事だ、それは未熟な己が望む姿になるために絶対に必要な事だろう、その希望する未来を思い浮かべ丸まりそうになっていた背筋を伸ばして胸を張る。
「ふむ、やはりそちらのお姿の方がワシも息子も嬉しいです、そのまま居てくだせぇ」
優しい笑顔の奥にある年の功には敵う気がしない、未熟な俺には先達の導きは何よりありがたいと思う、そうして俺は誰に恥じること無く胸を張り、パウの引く荷車は王都に向かって走り続ける。
「そろそろ混んできましたなぁ、コイツは入るのに時間がかかりそうですなぁ」
彼の巧みな手綱さばきとパウの頑張りによって、王都の門の前まであと少しと云う所まで辿り着いたが、彼の言うとおり朝の門は検問を通ろうとする人々と荷車で渋滞をしていた。
「昨日の昼に私が入った時には王都の門は、このような検問をしていなかったと記憶しています、いつからこのように?」
ガルムンズ達と王都へ入った時はこのような検問などしていなかった、これもまた改悪の影響のなのかもしれない、俺が知らないのを呪の影響だと理解したロドルガさんは苦い笑いを浮かべ説明を始めてくれる。
「そう仰るならコイツも呪の影響でしょう、検問が出来たのは貧民窟が出来ちまったせいです、お陰で随分王都も治安が悪くなっちまって、そうなると人の心も荒れるし盗賊なんぞも増えちまいやしてね、食い詰め者や賊が張り込まんようにしとるんですわ」
転生神達の余裕の源泉はこうした悪意の積み重ねなのだろう、奴らが二重三重に仕掛けた罠に俺はまんまとはまっていたのだと気付き新たに胸に苦々しい思いが降り積もるが、その重荷を無視して目の前の問題を乗り越える為の策を考える。
このまま待った所で時間に間に合うか解らない、己の剣の腕前では兵士相手に強行突破を出来る気がしない、何よりこの老人を巻き込みたくはない、希望は少ないが顔見世が終わっているから運が良ければ俺の顔を知っている者が居るかもしれないが、転生神の余裕を考えれば望みは薄い。
仮に突っ込んで切り結ぶとしても、ろくに慣れてない俺に加減など出来るはずもない、下手に手を出せば死人を出したり返り討ちに合う未来しか無いだろう。
幾つもの可能性を一つ一つ吟味する為に口を抑え考え込んでいた俺に、ロドンダさんが思考を遮るように声を掛けてくる。
「時間が無い上に色々とお悩みの様子、ならここはワシに任してくだせぇ!」
ロドルダさんはそう言うと、俺が返事を返す前に街道の路肩を走るようにパウに指示を出す、道から外れたせいで揺れが酷くなるが構わず速度を上げていく。
「ホウ!ホウ!さぁ後ひと踏ん張り走っておくれ相棒よ!お前の足に全ての運命がかかっておるんだ!」
ここまで必死に走ったパウは既に口から泡を吐いている、とうの昔に限界なのだろうが彼の目は死んでいない、俺を王都に送り届ける事が自らの使命と言わんがばかりに走り王都の門の前までたどり着くと目の前には人の群れと言って良い程の混雑がある、その中心に向けてパウは唸り声をあげてスピードを緩めず門へ突っ込んでいく。
「ロドンダさん!まさか!?危険すぎる、やめて下さい!」
彼らの考えが分かった俺は大声で止めるが、彼はそのまま荷車ごと構わず突っ込んでいく。
「シュウゴ様ぁ!短けぇ間ですたが一緒に旅が出来て光栄でした!後はお任せししやす!倅の敵討ち宜しく頼んます!」
ロドンダさんは叫ぶように言い切ると俺を路肩の草むらに突き落として、荷車は進んでいくのが見えた。
「相棒よ!ワシらの仕事を仕上げるぞ!こんな無茶によく付き合ってくれた、じゃがここで最後だ目一杯突っ込むぞぉお!」
落下する中で見聞きしたのは、覚悟を決めた男の声とさっぱりとした笑顔だった。
「フゥモウウウウ!!!」
「貴様!何をしている止まれ!止まらんかぁ!」
なんとか受け身をとって着地した俺の耳に届いたのは年老いた一人と一匹の雄叫び、それに遅れて人々の驚きの声で、門を守る兵士達は一人と一匹が行う決死の突撃を見て騒ぎ出すがパウと荷車は構わず門前の混乱へ突っ込んでいった。
「ブモオオオオオ!!!」
パウが響かせた最後の雄叫びの直ぐ後に轟音が響くと、辺りは蜂の巣を突いたかのように騒然となって、兵士達はその中心である彼らの元へ集まっていく姿が目に映る。
彼らがここまでしてくれて作ってくれた機会と、気持を無駄にしないために門へ向かって走りだすが、やはり心には暗く重たい物が折り重なっていく。
「なんて無謀を……!」
小さく彼らの自らの身を顧みない行動に言いようのない気持ちになる、だがその献身がなければ俺はここまで来れなかったし門も通り抜けれなかったと、己の不始末が彼らにこんな危険な選択をさせたと胸が痛む。
だがその想いに応える術はここを一刻でも早く抜けて、レーミクを助け出しこれ以上の改悪を止めるため呪持ちを滅ぼすしか報いる事が出来ない、そう心に言い聞かせて騒乱を縫うように前へ進む。
周りには混乱を収めようとする兵士の姿があるが引き止められるような事はなく、無事に王都へ入り込めた。
「彼らのお陰でなんとか王都へ入る事が出来た、次は奴隷商に向かわなければならないが……」
騒ぎに乗じて入ることは出来たが貧民窟が出来て道が分かりにくい、そして俺自体が金を持っていないから奴隷商に事情を話した所で彼女を救えるかわからない、ズンケルさんに用立ててもらった金は全てレーミクに預けていたし、それ以前に衣食住に至る全てを他者に依存していた。
俺は何も準備が出来ていなかった、こうなると分かっていれば対策の一つでもしていた、だがそれすらも考えれなかった、可能性を考えずただ呪と戦う決意しか考えていなかった。
それを今さら後悔していても現状は変わらない、不安と後悔を押し切って両足は再び駆け出してレーミクの待つ奴隷商の場所へと向かっていく。
王都は最初どころか前回と比べても暗く陰気になっている、辺りは活気を失ったかのように淀んだ空気が漂い痩せ細た少女達が花や水、雑貨などを売り歩く姿が多く目に入る。
「騎士様ぁ!花を買って下さい!妹は三日もご飯を食べていなんです!」
「うちだってそうです、どうかお水を買って下さい!」
「火口を買って下さい!お母さんに薬を買ってあげないと駄目なんです!」
俺の周りに物売りの少女達が集まってくるが振り切るように走る、耳と胸の中に少女達の必死な叫びがこびり付くように何度も響く。
俺は日々を必死に生きる少女達を助けることすら出来ない、エレレファと一緒にその美しさに感動したこの都を、まるで永遠の終末で見た悪夢の世界と変わらない酷い状況にしてしまった。
王都の悲惨なまでの変貌は己の甘さだと悔しさに唇を噛み走る、今足を止めるのは転生神の思い通りになる、ただそう言い聞かせ足を動かす。
この世界の神ですら全てを助けることは叶わないと言うのに、神ならざる人の身で俺は世界を救わなければならない、俺達は沢山の物を失う、そう言っていた源蔵さんの苦しみの言葉が現実として深く伸し掛かってくるのが分かる。
あれだけの事があってもまだ足りないと繰り広げられる不幸、絶望の影に沈む世界に少しでも希望を与える事の、少しでも良い未来を選択させる事の難しさ、選んで切り捨てることの苦しさ、全てが己には足らなかったと見せつけられた。
「くっそぉおおおおお!!!」
悔しさにとうとう口から怒りの言葉漏れて視界が滲む、この世界の人達が一体何をしたというのだ?たった一人の欲望を満たす為に、どうしてこんなに酷い世界にしなければならない?
そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る、だが今は考え込むな、そうしないと絶望に押し潰され全てを失い世界から希望が潰えてしまう、レーミクを取られてしまえば俺達は負ける。
呪持ちの願いを叶えるための道具に作り替えられた彼女は、恐らくガルムンズやフーホウ卿を超えるだろう、そうすれば彼女は呪持ちの尖兵として王都に破壊の限りを尽くす呪持ちを守護する強固な盾になる。
そんな暴虐を絶対に許せないのなら、走れ、走るんだ神山周護!
記憶を書き換えられ、悲しいすれ違いの過去を奪われ、その先に寄る瀬としていた巫女の誇りまで穢されて、彼女の人としての尊厳まで貶められた彼女、無力な己の未熟な想いを信じてくれて忠誠を捧げてくれた、そんな気高い少女の全てを俺は取り戻したい。
この胸、心に宿るあの日の思いが俺を突き動かし、疲れきった両足に限界を超えさせる。
「待っててくれレーミク、俺は絶対君を助けてみせる!」
沢山の思いを見捨てて犠牲にしてここに辿り着いた、俺の胸に宿る想いを傲慢だと言われるかもしれない、確かにもっとやり様があったのだろう、振り返れば後悔だらけで胸は張り裂けそうになる、何が英雄だと思う。
それでも俺は彼女を諦める絶望をしていないと、己が出来る全てを掛け辿り着いた奴隷商の牢獄のような商館を目指し、辿り着いたそこには辺りを淀ませる甘い腐臭が漂っていた。
「クソッ、間に合わなかったのか!?いや!まだだ諦めるな!俺は絶対に彼女の全てを取り戻す!」
より色濃くなった呪持ちの気配を象徴する匂いにやはり届かなかったのか?と、自らの心に湧いた弱音を切り捨て、ここまで共に戦いを乗り越えてきた刀を鞘から引き抜いて奴隷商に飛び込んでいく、ここで自分一人でも奴を切り捨て滅ぼすしか無いのだと決意を固めた。
奴を滅ぼさない限り悪夢は何度も形を変えて現れて人々に明日という未来を見せない、ここで逃せば同じ事の繰り返しになるどころか、より最悪の未来が待っているのを痛い程に理解した。
だからこそ力の入らない震える両手に気合を入れて柄を握りしめ、走り続けて疲れきった身体で奴隷商の重い木組みの扉に体を当てて扉を開き、呪の気配が漂う暗い建物内に飛び込んでいった。
奪われ消された未来を人々の元に取り戻すと、これ以上の改悪を許さないと犠牲にした全てに誓いながら、俺は呪持ちが待つであろう最奥へと歩を進めていった。




