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閑話 ある老女と少女の出会い

 心が痛くて苦しくて、息が詰まって涙が止まらなくって、レーミクさんを嫉妬する心も、シュウゴを好きな気持ちも捨ててしまって、どこかで独りで消えてしまいたいと思う。


 そんな風に思って泣き続けても、私は消えることなんてちっとも出来なくて、お城の寒い廊下を迷子になったみたいに走り続けていく。

 

 途中で何度か誰かに声を掛けられた気がしたけど、惨めで情けない私は止まることが怖くって、何度も何度も逃げ出したわ。


「ごめんなさいっ、本当にごめんなさい……」


 薄暗い朝のお城の廊下で、誰に謝りたいのか解らないまま、呼び止められる声に何度もごめんなさいって言って走り続けていくと、石壁の先に差し込んだ光が見えて、私はその光に向かって意味も分からずに、でも何故か惹かれるみたいに飛び込んだ。


 外の光で廊下を照らす小さなアーチをくぐり抜けると、そこは冬の寒さで植えられた芝生や植木の枯れ果てた小さな中庭で、その綺麗に手入れされているけど寒々しい場所は、ぐちゃぐちゃになってる私の心を少しだけ落ち着かせてくれた。


「ここ、どこだろう……、勝手に入っていいのかな……」


 勝手に入ったことに少しだけ悪いことをしてるって感じるけど、誰もいない緑の枯れた中庭の居心地が良くて、私は足を止めて立ちどまった。


 きっとここなら誰も来ないと思うし、誰にも醜い自分の姿を見られずに居られる、そんな風に思った私の足は立つのすら辞めちゃって、そのまま冬の枯れ果てた芝生の上で倒れてしまう。


 乾いた芝生が頬に刺さった瞬間に、私は自分の情けなさと惨めさで子供みたいに泣きながら叫んだ。


「どうして……、どうして、私はこんなになにもできないのっ?どうしてもっと強くなって、クシーナみたいにシュウゴを支えてあげれないのっ?」


 自分の弱さに苛立って叫ぶ声に誰も応えたりはしてくれなくって、何も出来ない自分の弱さに惨めな心が余計に惨めになって、子供みたいに地面を叩くと枯れた芝生が手に刺さって、それが世界が私を責めているみたいで悲しくなって、誰も居ないのに大きな声で叫んでしまう。


のろいのせいで沢山の人がいっぱい怪我したり亡くなったわ!のろいのせいでクシーナも居なくなったわっ!」


 とっても悔しくて、すごく情けなくて、胸が壊れるんじゃないかって思うくらい悲しくて、私は何度も何度も枯れた芝生で包まれた冷たい地面を叩いて叫んだ。


「お父さんだって大怪我して、今もどうなってるのかも分からないし、シュウゴだって何度も何度もいっぱい傷ついて……、なのにどうしてっ!」


 私の叫んだ声が小さな中庭の壁に木霊して何度も何度も私に戻ってきて、自分の弱さを世界が責め立ててきたみたいに感じて、一層悲しくなってまた大声で泣いてしまう。


「どうして私はなにもできない子供で、なんで一緒にシュウゴを支えようって約束したレーミクさんに嫉妬をするの……?こんな辛くって苦しくて惨めな気持ち……、もう嫌だよぉ……」


 石の壁に責め立てられながら泣きすぎて叫んだ私の口からは、最後は掠れた声しか出なくなって、でもここに私に応えてくれる人なんて居ないから、全部朝の冷気で冷たくなった石の壁に消えていくはずだった。


「あら?今日は寂しい冬の庭に随分と可愛らしい先客がいるのね、でも大きな声を上げて一体どうしたの?」


 そのはずだったのに、私の耳にはとっても優しそうな女の人の声が届いてきた。


 声に驚いて泣きすぎて腫れぼったくなった視線を向ける、まるでレーミクさんみたいな銀色の髪の、でもレーミクさんと違って年をとって白くなった髪の毛を綺麗に纏めた、とても素敵な笑顔で微笑むおばあさんだった。


「勝手に入ってしまって、ごめんなさい……」


 お城の人でここの管理をしている人なのかもしれない、もしかしたら入っては駄目な所に入っているかもしれないし、勝手に入るのは悪いことだと思った私は、そのおばあさんにごめんなさいと言って出ていこうとした。


「まぁまぁ~、せっかくの可愛いお顔が枯れ草と土汚れで台無しよ?さぁこっちへ居らっしゃいな、まずはお顔を綺麗にしましょう?あっちに椅子と机があるの、そこで綺麗にしてあげるわ」


 綺麗で落ち着いた紺色のドレスのおばあさんは、女中さんと違う少し豪華な白いエプロンを付けてるから、もしかしたらお城の偉い人かもしれない。


 だったら中庭の手入れは趣味なんだと思うし、凄くいけない事をしてるんじゃないかって思って、邪魔したらシュウゴに迷惑になっちゃうかもしれない、そんな不安で頭の中がいっぱいになった私は謝ったらすぐに出ていこうって考えておばあさんに謝る。


「あの……、大丈夫、です。わ、私すぐ出ていきますっ、お邪魔して本当にごめんさないっ!」


「そんな事を気にしないでいいわ、さぁこっちへいらっしゃい。まず可愛いお客さんのお名前を教えてくださるとわたくし嬉しいわ」


 おばあさんの優しさに私は気まずくなって逃げるように、さっきくぐったアーチに向かって走りだすと、おばあさんの少しおどけたような声と一緒に抱きとめられてしまう。


「はい残念、捕まえた」


 その優しい声に私の足は止まってしまって、出ていこうって思った事すら忘れたように、おばあさんの笑顔に両目が釘付けになってしまう。


「あのね、涙に濡れた女の子に何もせずに送り出すなんて嫌なの、だからどうかわたくしの我儘を聞いてくださらないかしら?」


 どこか少しだけおどけているみたいに、でも小さな子供を窘めるみたいな言葉が、私の身体と心を引き止めて、地面の冷たさと涙で濡れて冷たくなってた頬が、自分の温もりとは違う暖かさで包まれてしまった。


「わたし、とってもダメな女だったわ、だからもう……」


 中庭を出るまで泣かないって我慢してたはずなのに、なんとか止まった涙が我慢を忘れたみたいに溢れてくる。


「あらあら?こんなに可愛い貴方の何が駄目なのかしら?よかったらわたくしに教えて頂戴?きっと何にも悪いことなんて無いわ、だって貴方はちゃんと謝ることが出来る子だもの」


 まるでクシーナが抱きとめてくれたみたいに、おばあさんは私を優しく抱きしめてくれたから、涙がまるでお父さんが押した水汲みポンプみたいに、後から後から溢れてくる。


「私、わたし……、やっちゃだめってわかってるのにっ、どうしても我慢できなくってっ……」


「ごめんなさいね……、貴方はきっと、とても辛いことがあったのよね?でもわたくしは話してくれないと分かってあげられないわ。でも貴方が泣くために胸を貸して、その涙を拭いてあげる事くらいは出来るから……、今は貴方の心が満足するまで泣いて良いのよ?」


 これが私とおばあさん、王様のお母様であるロミエスカリーナ様との初めての出会いだって、その時の私はちっとも気付かずに、ただあったかな陽だまりの香りがする白いエプロンに包まれて、私はそのまま小さな子供みたいに情けなく泣き続けるだけだった。

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