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ザイラスの不思議

 カチ……カチ……とただ時計の動く音がする。

 壺の修理を始めてからそれほど時間は経ってないが、修理はまるきり進んでいなかった。


「え~と、これがここにくっついて……あっ、これ違うやつだ」


 断面に合わない破片をポイと机に放り投げる。

 破片が多すぎる上に細かいため、断面がピタリと合うものがまるで見つからなかった。 


 どうしよう?何か方法ないかな?


 なんて思いはするけれど、流石に頭の良い俺でもそうポンポンと良い案は出てこなかった。


 長くなりそうだなぁ……


 ふぅ、と息を吐き出す。

 終わりがまるで見えないのがつらかった。


「……あっ、接着剤乾いちゃった」


 持っている破片にペタペタと接着剤を塗り足す。

 こういうときはコツコツと出来ることをやるのが一番早いって経験で分かっているから、悩むけど動きは止めなかった。


「こっちのこれはどうか、な……って、違う」


 またポイと放り投げる。

 同じことのの繰り返し、でもそのおかげで俺は数個の破片をくっつけることに成功していた。

 しかし、そんな俺とは対照的にザイラスの動きは鈍かった。


「……ふむ、面倒だな」


 無機質な声、出てくる言葉はやる気がないもの。

 ザイラスは俺と同じ作業をしているものの、まだ一つも破片をくっつけ合わせてはいなかった。


「何か、良い方法がないものか……」


 ポツリと重厚なフルフェイスから放たれる声に、俺はチラと目を向ける。

 どうやらザイラスも俺と同じことを考えているようであった。

 武骨な籠手で覆われた手で、小さな破片をやる気なく重ね合わせながら……『むぅ』と無機質な声で呻っている。

 そこで俺はあることに気が付いた。


「「なぁ」」


 声が被る。

 ザイラスもまるで同じタイミングで俺の方へ顔を向けていた。


「……何だ?ソージよ」


「いや、ザイラスから先に言ってよ」


「む、そうか」


 俺の言葉に「ならば聞くが」と前置きをして、ザイラスは指を向けてくる。

 その指は、俺の持っている壺の欠片を指していた。


「お前は何故、先に接着剤を付けているのだ?非効率だろう」


「あ、やっぱり?俺もいちいち接着剤付け直さなきゃいけないから、何かやりづらいなぁって思ってたんだよね」


「……」


 ザイラスが無言で俺のことを見つめてくる。

 最初はすぐに断面の合う破片が見つかるだろうから、先に塗った方が手間が省けると思った。

 だって、いちいち断面を合わせて確認するなんて面倒くさいから。

 でも、中々合わなかった。俺もちょっと前から接着剤付けない方がいいことには気が付いていた。

 うぅん、頭が良すぎるのも問題だよなぁ……頭でっかちになりすぎて失敗しちゃうこともある。


「うん、まぁ、次からだよ。次。これに合うやつを接着したら後付けにしようと思ってたんだ……っと、乾いてきちゃったな。塗り足さないと」


「……」


 ペタペタと接着剤を塗り足す俺を、ザイラスがジトッと見つめてくる。

 あれ? 何か、呆れられてるような?


……まっ、気のせいかな?


 似たようなことが何回かあったし、今回もそれだって。

 頭が良いからすぐに気が付く。

 そんな俺をザイラスは変わらずジトッと見つめていた。


「……して、ソージよ。お前は我に何を言おうとしていたのだ?」


 そして俺が接着剤を塗り終えるのを見届けてザイラスが聞いてくる。

 その声は、無機質なのにどこか疲れたような色が感じられるものだった。 


「ああ、まぁ、似たようなことなんだけどさ」


 それがどういうことなのか気にせず、指を差す。

 多分、地味な作業の連続で疲れているだけだから。

 俺が気になることっていうのは


「それ、外さないの?やりにくくない?」


 武骨な籠手に覆われたままの腕だった。

 金属の塊を付けたままじゃ、細かい破片を取るのだって難しいし、手先が動かなくてやりずらい……そのはずなのにザイラスはずっと籠手を外さないまま作業をしていた。そのことが気になって仕方なかった。


「むっ……」


 ザイラスが困ったように声を詰まらせる。


 あれ?


 まるで答えを探しているかのようにザイラスは何も言わなかった。てっきり即座に答えが返ってくると思っていたのに。

 ザイラスっぽくない仕草に、ちょっと戸惑ってしまう。

 数瞬の空白、そしてザイラスはためらうように言った。


「……まだ、外すには早い」


 感情の分からない無機質な声。

 だが、それでも俺にはその声からは何か申し訳なさそうな思いが伝わってきて……


「そっか、ごめんごめん」


 なんか込み入った事情があるのかな?


 深入りはしなかった。

 あんまり興味なかったし。

 聞きたいことも無くなったため作業に戻る。

 破片を手に取って、断面へと合わせ……


 おっ、これ合ってる。やったね。


 ちょっと気分を良くしながら接着をする。

 しかし、そんな俺をザイラスはまだジッと見つめていた。


「ん?なに?どうかした、ザイラス?」


「……いや、少し拍子抜けだと思っただけだ」


「え?そう?何で?」


「うむ、ソージ、お前のことだから外すように強弁するものだと我は思っていたのでな……」


「え?そうなの?」


 どうやらザイラスも俺と同じように『きっとこうするはずだ』とそんなことを思っていたらしい。

 パーティを組んで初日だっていうのに、まるで仲良しパーティみたいだった。


「あっはは、そんな無理やり無茶なこと言わないって。別にやりにくそうな格好してたって、ザイラスがそれでいいって言うんだったら、それでいいんだからさ」


「む……お前は、そういう男なのか。ギルドの受付に執拗なまでに疑問をぶつけていたから、我はそういう男なのだと思っていたが」


「え?『そういう』ってどういう?」


「まさに、そういうところだ」


「……?」


 ど、どういうこと?

 よく分からない物言いだった。

 素直に聞いても良かったんだけど……同じ質問を二度もすると流石に馬鹿と勘違いされるかもしれない。

 とりあえず訳知り顔で頷いておく。

 頭の良い俺を馬鹿と勘違いしてしまうなんて、お互いのためにならなかった。


「うん、とりあえず分かった……で、話は戻るんだけど俺としては鎧を着たままだろうが脱ごうがザイラスはザイラスだから、別にどうだって気にはしないよ。どっちでもいいからね」


「我は我だから、か?」


「そうそう」


「……ふむ、中々に含蓄のある事を言う」


 ポツリと呟いて、そのまま考え込む。

 どうやら誤魔化すことには成功したようだった。

 

 よかった、馬鹿と勘違いされずに済んだみたい。


 ホッと胸を撫で下ろす。それから、断面に接着剤を塗り次の破片を……


「あっ、また先に接着剤塗っちゃった」


 思わず上げた声にザイラスがチラリとこちらへ視線を向けた。


……………………


…………


……


 時計の短針が三度、時を刻む。

 結構な時間が経過した。

 この間、俺もザイラスも黙々と作業を続けていたが壺の修復は一向に終わる気配がなかった。


「…………ソージよ」


「……うん、何?」


 呼びかけに、答えてはみるものの……俺にはザイラスが何を言いたいのか、すでに分かっていた。

 互いの手には、破片を接着して修復した壺の一部分。

 にもかかわらず、机の上に散乱する……まるで量が減ったとは思えない破片破片破片……


「我が思うに、これを一日で接着し修復するのは……無理ではないか?」


「うん、俺もそう思う」

 

 分かり切っていた言葉に、『ふぅ』と疲れを吐き出す。

 最初から、なんとなくは俺も思っていたんだけど……破片が細かすぎる上に多すぎるんだ。

 例えるならそう、割ったあとにしつこく念入りに叩き壊して遊んだかのような……とはいえ、そんなことではないことは頭の良い俺でなくとも考えれば分かる。

 わざわざ修復をしてほしいと持ってくるようなものをそんなふうに叩き壊すわけがない。


「どうしたもんかな」


「ふむ、どうしようもないのではないか?」


 ザイラスからやる気のない言葉が返ってくる。

 でも、確かにその通りだった。

 このまま修復し続けても本当にどうしようもない。


「うぅん、どうするかな?このままじゃクエスト失敗だぞ?成功報酬どころか……相手は貴族だからな、責任を取れって言ってくるかも」


「ふむ、成る程。奴がどのような者かは存ぜぬが、仮に虚栄心の塊の貴族であれば十分に有り得る可能性だ」


「ああ、やっぱザイラスもそう思う?」


「うむ……往々にして貴族とはそのようなものが多い……ついでだから聞くが、本来ならば失敗時はどうなる?」


「失敗は失敗で終わりだね、特に何もない。ただギルドの記録には残るから何か評価は下がるのかな?」


「そうか……」


 ガシャリと重々しく音を立てて、ザイラスが俯く。

 その音を聞きながらも、俺は手を休めなかった。

 無理だと分かってはいるけれど、接着は続けていく。

 もしかしたら、非常に小さい可能性かもしれないけど続けていれば案外出来てしまうこともなくはないかもしれないから。

 相変わらず、接着をする速度はまるで変わらず遅々としたものだったが。


「……よし、これもピッタリだな。これでまた一つ……って言ってもなぁ」


「なんだ、ソージよ。お前はまだ接着を続けているのか?」


「そういうザイラスだってやってるじゃないか」


「我は手持無沙汰であっただけだ、お前ほど真面目ではない」


「え?あっはは、そうかな?なんか褒められると照れちゃうな」


 気恥ずかしさに負け、頭に手をやる。

 そんな俺をザイラスは何やら無言で見つめていた。


「……あれ?ねぇザイラス?何か冷めた目で見られている気がするのは気のせい?」


「聞くまでもないだろう」


「あ、そう?」


 なんだ、気のせいか……被害妄想がひどくなってきちゃったのかな?

 ザイラスの言葉にホッと胸を撫で下ろしながらも、新たな不安に頭を悩ませる。

 以前に似たようなことがあった分、現実味を帯びた不安だった。

 とりあえず胸の奥へしまいこんで、考えないようにしておく。


「しかし、やっぱり接着しても接着しても全然減らないな。なぁ、ザイラス?最初のクエストが失敗ってやっぱり幸先悪いよね?」


「……うむ、それに関しては可能ならば避けたいな。我ら二人で行う初の共同作業が失敗では出鼻を挫かれる」


「だよなぁ……うぅん、せめて一つでも壺の修復が終わればちょっとは早くなると思うんだけど」


「む、一つ?何を言っているのだ?」


「へ?」


「む?」


 顔を見合わせる。

 変な行き違いがあった。


 一つ? 『一つ』のところで聞いてきた? 


「……え?だって、これって三つの壺を治せってことじゃないの? ちょうど色も三色だし」


「……何?これは三色に色付けされた一つの大きな壺ではないのか?」


 再び、顔を見合わせる。 

 二人しかいないのに、もう意見が食い違っていた。

 数瞬の空白が室内を支配する。

 そして、気が付いた。


 元がどんな形なのか俺たちは知らなかった。


「なぁ、ザイラス?破片から見て、壺の口は何個あるように見える?」


「……ふむ、破片が細かすぎて判別が出来んな」


 沈黙。

 ここに来て、元から暗雲が立ち込めていた俺たちの『壺修復作業』には更に暗雲が立ち込めていた。


「…………なぁ、やっぱり元は三つの壺じゃないかな?」


「……いや、二つかもしれん。もしくは我の見立て通り一つかもしれん、あるいはお前の見立て通りか?どれも可能性がある」


「うぅん……え~と、依頼人は何て言ってたっけか?」


「家宝の壺を修復してほしい、だな。数については言及していない」


 俺の疑問にザイラスがあっさりと答える。

 答えてくれる、が状況の打開にはならない。

 ザイラスがため息交じりに続けた。


「家宝、というからには一つ、というのが普通に考えたうえでの結論、だな……だが、二つで一対の壺だということもある。無論、それ以外も……貴族のやることに普通などというものは当てはまらぬ」


「あっ、そうなの?」


「うむ、我が知る限りな」


 やけに自信満々に首肯をする。

 やたらと難しく言ってはいたが、要点を絞り込むことが上手い知的な俺にはザイラスが何を言いたいのか簡単に分かった。


 要するに、どんな壺だったか分からないということだ。


 知っている限りと自信満々に頷くのも当然だ。

 今まで貴族とはまるきり縁のなかった俺だって、うろ覚えでどっかで聞いたような知識の限りで、まるで分からないのだ。

 多分、ザイラスもそういうことなんだろう。

 俺だって自信満々に頷ける。


……いや、確かザイラスは依頼人の貴族に『君は貴族のことをよく知っているね』とか言われてたからそこら辺は本当に詳しいのかな?


 となると、ザイラスは貴族に憧れを抱いて、貴族のことをよく調べていたってところかな?


 ちょっとしたきっかけでザイラスがどういう人間か分かっていってしまう。

 自分自身の頭の良さが恐ろしかった。

 でもまぁ、一方的にザイラスのことばっかり知っちゃうってのは不公平だよなぁ。

 どっかで俺のこともしっかり話さないと。

 そこで、扉が控えめにノックされた。


「お?はいは~い」


「……ソージよ、何を意気揚々と返事をしている」


「え?だって、お客さんだと思って」


「それを言うなら、宿の一室に居る我らがお客さんだろう」


「あ、そっか……あれ?」


 でもお金は払っていないから、俺たちはお客さんなのか?


 そんなふうに首を傾げている内に、その人は突然現れた。

 舞い散る薄紅色の燐光―魔法を行使する際に発せられる魔力光だ。

 光が花弁のように降り落ちるなか、その中心に漆黒の髪を振り乱すメイド服姿の女性が居た。


「む、これは……」


「転移魔法か」


「はい、突然のご無礼お許しください。探究者様」


 俺の言葉をあっさりと肯定して、メイドさんは深々と頭を下げてくる。

 落ち着いた状態で見ると、膝裏にまで届くかというほどのとても長い髪が特徴的だった。

 深々と下げた……長いお辞儀を終えて、薄紅色の瞳がこちらを見る。


「私はレイツェル家の次期当主であらせられるフェルミビオン様の専属メイド、レティシアと申します。以後、お見知りおきを」


「あ、うん。俺、ソージ・ファーマニスよろしく」


 スカートの端をつまんで優雅に挨拶をするメイド―レティシアにすぐ挨拶を返す。


 ところで、フェルミビオン様って誰だろう?あの依頼人かな?


 成程……


『フェルミビオン・レイツェル』


 それが依頼人の名前らしい。

 そんなふうに俺が納得をしていると、今度はザイラスの方からガシャリと金属が軋む音がした。


「ふむ……名は名乗らないのではなかったのか?お前の主はそう言っていたが」


「はい?そうなのですか?」


 疑問、と同時にピタリと固まる。

 それから何かを考え込むように、沈黙を保ち……少しして、また最初の位置に顔を戻した。


「先ほどの言葉は嘘です。あなた方を陥れようとする、このレティ……コホン、このメイドの卑劣な罠です。失礼を致しました」


「へ?そうなの?」


 レティシア、改めメイドさんの言葉に思わず声を洩らす。


……危うく騙されるところだった。


 まったく人が悪いな、このメイドさんは……でも、すぐに嘘をバラしちゃうんだから罪悪感のせいで嘘が付けないタイプだね、きっと。


 ちょっと前に頭の中で導き出した誤情報を消去しながら、努めて冷静な顔をする。

 ちょっと失言をしてしまったから厳しいけれど、ウンウンと頷くことでそれっぽく見せておいた。


「ソージ、お前……」


「へ?何?」


「……いや、あえて言うまい」


 力なく首を振る、そんなザイラスの姿に首を傾げながら……メイドさんの方へと向き直る。

 何だかよく分からないが、ザイラスが『言わない』というのだから別にいいのだ。


「ウンウン……で、え~とレティシ……ってこれ嘘だったんだっけ?」


「はい、嘘です。ただ『メイド』とだけお呼びください」


「あっ、そう?」


「……」


 ザイラスが、やたら静かにこちらを見守っているのを横目で見ながら俺はメイドさんと会話をする。

 小さな、いつもの無機質な声で「こいつら……」などと呟いているのが聞こえたが、無視をした。


 多分、特に意味がないんだろう。


 気にせず、会話を続ける。


「それじゃあ、メイドさんは何でこの部屋に来たの?転移魔法まで使って」


「はい、転移魔法はメイドの嗜みですので」


「え?そうなんだ」


「はい、主の呼び出しにいつでも応じることが出来るようでなければメイド失格です」


「へぇ~」


「……む?我はそのような話は聞いたことがないが」


 ザイラスの口からポツリと出た疑問の声に、メイドさんは薄紅色の目をチラとザイラスへと向ける。

 いけない、貴族に憧れ貴族のことをよく調べたであろうザイラスにも知識に穴があったらしい……ボロが出てきてしまった。

 ここはなんとか、俺がフォローをしないと……と思っている間にメイドさんが口を開いてしまった。


「常に主のことを想い、尽くす者―それがメイドです。あなたの知るメイドは真のメイドではなかった、ただそれだけの話です」


「……むぅ、釈然とせんが……何だ?この迫力は」


 力強く断言をする、メイドさんの異様な迫力にザイラスがたじろぐ。

 言っていることは漠然としていてよく分からないものだったけれど、『メイド』という仕事に特別な思いがあることが伝わってくる強さだった。


「話を戻しましょう」


「あ、うん……」


 先ほどの力強さを見たせいか、なぜか俺までたじろいでしまう。

 だが、メイドさんはそんな俺の様子などまるで気にしなかった。


「回答の続きです。何故、転移魔法まで使ったのか?という質問に関しては先ほど述べたことが一つと時間がなかったからというのが一つです」


「……へ?時間が、ない?」


「はい、主の時間稼ぎはもはや限界です。あと、時計の長針が一度動くまでもたないでしょう」


「え?」


 残酷な言葉。

 それにつられて、思わず時計の方へと目をやる。

 もう時計の長針が動くまでもたない?

 時計へと目をやる俺に、メイドさんは小さく頷いた。


「はい、そのため『何故、この部屋に来たか?』という質問に対しては確認の為ということになります」


「……あぁ、そう、なんだ」


「はい、そうです」


 俺の言葉に頷いて、メイドさんは机の上を一瞥する。

 当然ながら破片は大量に残っていた。

 それをじっくりと把握して、メイドさんは改めて口を開く。


「それで、壺の修復はどうですか?終わりそうですか?」


「…………」


 俺は答えない、答えられない。

 だって、まるで終わりそうにないから。  

 が、


「見ての通りだ」

              

 そんな俺の代わりにザイラスが躊躇いなく答えを発する。

 その声を聞き、メイドさんはまるで表情を崩さず、ただ指をくるりと回した。

 空間に魔力の軌跡が描かれていく。

 それは時間にして、一瞬にも満たない刹那の間。

 転移魔法の発動準備だ。

 それが俺にはすぐわかった。

 空間に踊る魔力が描き出す軌跡の複雑さと滑らかさが習熟度の高さを示している。

 普通は、こうはいかない。

 転移魔法はその難解さゆえに、発動準備が終わるまで相応の時間を要する。

 そのことを、俺は前にオーベンの街で人が使っているのを見たことがあるため知っていた。

 もう、術者の意思一つでいつでも発動することが出来る。

 そんな状態を維持しながら、メイドさんは口を開いた。


「では、現在の状態を主にお伝えし、時間を稼ぐよう進言させていただきます」


「ふむ……期待は、如何ほどだ?」


「限りなく薄いでしょう。状況は切迫しています、フェル……主の力をもってしても苦しいと言わざるを得ません」


 うへぇ……と呻くのを何とかとどめ、表情だけを変化させる。

 これはまずいことになった。

 頭の中でガンガンと警鐘が鳴るが、どうにも打開策が一つも出てこない。

 だが、まずい状況というのは依頼人側も同じ。

 メイドさんは深々とお辞儀をした後、ゆっくりと口を開いた。

 あくまでも貴族に仕える者として優雅に。


「では、ソージ様に鎧の方。可能な限り修復を急いでください、主は形さえ整っていれば良いと仰せですので」


 その言葉を最後にメイドさんは姿を消した。

 空間に漂う魔力の残滓も残らず消えていく。

 残された俺たちは、ただ顔を見合わせた。


「ザイラス……急いだだけでこの量の破片を接着」


「終わるわけなかろう……」


「うん、そうだよね……」


「どうしたものか……ソージよ?何か良き案は無いか?」


「うぅん、どうしよう?流石に頭の良い俺でもそうそう良い案は出てこないしな……」


「……?頭の、良い、俺?」


 ザイラスが何やらボソリと呟いているが、それを気にせずに「うぅん」と呻る。

 破片を接着する手はもはや完全に止まっていた。

 普通にやっていては確実に間に合わないから。

 何か、修復が今すぐ終わる方法を……打開策を。

 時間だけが過ぎていく。

 辛くて苦しい、けれど一つだけ思いつくことがあった。


「……ザイラス」


「何だ?ソージよ」


「メイドさんは、何て言ってたっけ?」


「うむ、形さえ整っていれば良いと言ってたな……加えて、依頼人も最初にそう言っていた」


 ザイラスの言葉にウンと頷きを返す。

 そう、確かにそう言っていたのを俺は聞いていた。

 記録帳のごとき記憶力を持つ俺は一応の突破口を見出していた。


 依頼人は貴族、失敗すれば面倒なことになるかもしれない。


 修復はとてもじゃないが終わりそうにない。

 

 時間もない。

 

 だったら……


「ザイラス、こうなったら」


「うむ、恐らく我も同じことを考えていたところだ……依頼人は貴族、人にもよるが見栄の塊の如き奴らが前言を翻すことはなかろう」


 無機質な、だが重々しくも感じる声でザイラスは言う。

 成程、貴族のことをよく知らべているだろう貴族好きのザイラスが言うのだから信じられる。

 互いに見つめ合い、俺たちはどちらからともなく頷いた。


「「本当に形だけ整えて逃げよう」」

 アクセス解析、気になるから見てしまいますけど……逆にダメージを受けるという。

 ちなみにこの作品が感想を受け付けてないのは私のメンタルが弱いからです。受け付けても感想なんて来ないとは思うんですけどねw


追記 あれ?これは……ちょっとあれなんじゃないの?って部分をこっそり修正しました。 

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