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執着してもいいですか?



 私を拾ってくれたリオウさんは、ジェレミーという名の勇者。

 こんなにも優しい人なのだから、きっと人々から離れたいほどのなにかが、なれなくてはいけない事情が、あるから森の中に隠居しているのだろう。


「恩人を困らせたくはないので、私は街に行きます。幸い、リオウさん以外にも私に優しくしてくださる人はいますので、大丈夫ですよ」


 治癒は終わり、光は消えた。


「隠れたい身で、私を世話する必要はありません。貴方の正体も誰にも話さないので、どうかご安心ください」

「……オレは……困っていないよ」


 リオウさんは静かに言う。本当に優しい人だ。


「いいのですよ、リオウさん。私は大丈夫ですので」

「……」


 もうリオウさんが優しくする必要はない。女性に触れないのに、つい手を差し出すほどの優しさを持つリオウさんはもう、私を追い出していい。いや、リオウさんが追い出せないから、私から出ていくしかない。

恩人の重荷にはなりたくない。


「お世話になりました。どうもありがとうございました」


 椅子に座ったまま頭を下げて礼を告げる。


「……せめて、今夜はここに泊まっていってほしい。明日……」

「……はい」


 出ていくなら、明日。

そう告げるリオウさんはまるで、引き留めたそうな、寂しそうな表情で俯いていた。


 そのあとは特に会話もせず、気まずいまま夕食をすませて、ベッドに入った。

 明かりのない部屋で、すぐに目が慣れる。見慣れたこの部屋とも、もうお別れだ。

 ソファーで寝るリオウさんを、ちらりと見てみる。頭を私の方に向けているから、顔は見えない。それでも彼がまだ起きていることはなんとなくわかっていた。

 リオウさんも、私がまだ眠っていないことがわかっていて、口を開いた。


「リオウって名はね、勇者の弟子になる前まで使っていたんだ。名付けてくれた両親が亡くなってしまったから……生まれ変わったつもりで新しい名前を使うことにしたんだ」


 リオウの方が最初の名前だと、私に話してくれる。私がエレナの名前を使って新たな人生を始めたように、リオウさんはジェレミーとして新たな人生を始めた。


「エレナが実の父親のことを知ろうとしなかった気持ち、なんとなくだけれど……わかるよ。悲しみを背負うには幼すぎたんだ……君も、オレも」


 リオウさんのその言葉に、胸が締め付けられて涙が込み上げてくる。

 私は実の父親に捨てられたという悲しい現実を抱えることができなくって、だから顔も名前も知らないままにした。

 リオウさんはもう両親に名を呼んでもらえない悲しみから逃げるために、新しい名を使い始めた。

 幼かったから、そうするしかなかった。そうやって自分を守った。心が悲しみに蝕まれないように。


「……君にリオウって呼ばれて、とても嬉しかったよ……ありがとう、エレナ」


 リオウさんのお礼を耳にして、涙が頬を伝って落ちた。

 リオウに戻った彼の名を呼ぶのは、私だけ。ここで隠居していることを知っているのは、私だけ。

 そんな私に話したいことがまだあるようだった。でもリオウさんはそれっきり沈黙する。私が返事をしそびれたせいだろうか。

 涙を拭って、押し殺すように深呼吸をして、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、リオウさんと見た森の中の星空だった。胸の奥底から込み上がる熱に溺れながら、眠りに落ちた。



 翌朝も特に会話もなく、朝食をともにした。

せめて笑って送り出そうとしているけれど、リオウさんの顔に浮かぶ笑みは薄い。

 私が出ていくと知ったのか、2頭身の小さな精霊、フィマちゃんがソファーの後ろから顔を出してこちらを見ている。ルビーのようなつぶらな瞳はぷるぷると潤んでいた。私は力なく笑いかけるしかできなかった。

 荷造りを手伝ってくれたシルヴィさんが心なしか、寂しげに見えた。

 シルヴィさんが作ってくれたドレスは私のものだと言うので、有り難く受け取った。

 街まで送るとリオウさんは言ってくれたけれど、勇者様を捜す騎士達が街にいたから断る。

 リオウさんは薄い笑みのまま扉の前に立った。そんなリオウさんに深く頭を下げてもう一度お世話になったお礼を言う。


「本当にお世話になりました、リオウさん。大してお返しができず、すみませんでした。貴方に幸運が訪れますように……」


 他力本願な恩返しを願う。私には勇者様に返せるものなんて、きっとないから。


「エレナ……」


 髪の隙間から、リオウさんが手を伸ばそうとしたのが見えた。でも私に触れないリオウさんのその右手はすぐに垂れ落ちる。

 顔を上げれば、リオウさんは優しい眼差しを向けてくれていた。けれど笑みは悲しそうだ。

 私が出ていくことを寂しがっていると、自惚れてもいいのだろうか。


「さようなら。フィマちゃん、シルヴィさん、そしてリオウさん」


 姿は見えないけれど、私はフィマちゃんとシルヴィさんにも別れを告げた。返事はない。


「……さようなら。エレナ」


 リオウさんは微笑んで返してくれた。

精一杯笑って、私は背を向けて歩き出す。一歩、一歩が酷く重くて、ブーツの底が地面を削った。

私は足を止めてしまう。

 決めたことなのに、揺らいでしまっている自分が、どうしようもなく情けなくうんざりしてしまうけれど、私は振り返ってしまった。


「リオウさん。本当はリオウさんの元にいたいです」


 少し泣いてしまいそうになりながらも、本音を伝える。


「今まで……誰にも、なににも、執着しませんでした……。ここは無執着を発揮して去るべきだとは理解しているのです。リオウさんの迷惑になると理解しているのです。……でも、リオウさんの温もりから離れたくないと我が儘が……溢れてしまうのです」


 熱くなっている胸の上に掌を置いて、私は泣くことだけは堪えた。


「リオウさんが許してくれるならば、執着してもいいですか?」


 最後の足掻き。首を傾けて、微笑んで訊いてみる。

私が振り返ってから、目を丸めていたリオウさんは、やがて微笑みを返してくれた。


「許可するよ、エレナ」


 嬉しそうな笑みでリオウさんは、ここに残る許可をしてくれる。


「オレも、フィマも、シルヴィも……エレナにいてほしいと思っているから」


 手を差し出してくれた。

でも触れられないと思い出して、リオウさんは一人、苦笑を溢した。私もほっとして笑う。

 優しい優しいリオウさんが、そう言ってくれることくらい、私にはわかっていた。


「……リオウさん」


 バスケットを地面に置いて、私は呼びながら歩み寄る。


「貴方に執着したい。その意味を、ちゃんと理解していますか?」

「え?」


 一歩、また一歩と、リオウさんに近付く。ちゃんと理解していないリオウさんは、きょとんとしている。

 距離が縮まるとリオウさんは後ろへと下がった。でもリオウさんの後ろには扉がしかなく、ドンッと軽くぶつかる。

 そんなリオウさんの左右に両手を置いて、腕の中に閉じ込めた。ギョッとしたリオウさんは、扉に張り付いて固まる。


「えっ……エレナっ……!?」


 頬がじわりと熱くなっていく、リオウさん。いい反応だ。

私はにっこりと笑いかけた。


「リオウさんは、私の無執着癖を直してくれました。だから今度は私がリオウさんのこれを直します」


 少しだけ距離を詰める。するとリオウさんは真っ赤になった顔を横に向けた。目を強く瞑ってこの距離から目を逸らしている。


「私の身体で」


 囁けば、リオウさんはビクリと震えた。


「お手伝いをします。恩返しとして、私が直しましょう」

「な、直すって……ど、ど、どうやって」


 横を向いて強く目を瞑るリオウさんは、耳まで真っ赤になっている。少し汗が滲み出ている首筋を見つめたあと、私はそれにふーと息を吹き掛けた。


「うわあっ!?」


 震え上がってリオウさんは、私の腕から逃げ出して尻餅をつく。


「時間がかかると思いますが、私に少しずつ触れられるようにしましょう。先ずはこれ」


 人差し指を唇に当ててから、リオウさんの頬にその人差し指を軽く当てた。

 ビクッと震えたリオウさんは、さっきよりも真っ赤になって、私を呆然と見上げる。

 青ざめていないから、私なら大丈夫だと、自惚れていてもいいよね。


「不束ものですが、どうぞよろしくお願いいたします。リオウさん」


 しゃがんでリオウさんと視線の高さを合わせて、私はとびっきりの笑みを向けた。

 リオウさんは頬を押さえて、真っ赤な顔のまま固まる。そんなリオウさんの後ろから、フィマちゃんが顔を出す。一緒に真っ赤になっているみたいで、笑ってしまう。


 覚悟してくださいね。リオウさん。必ずその頬に、唇で触れますから。






「隠居勇者に執着してもいいですか?」これで完結です。


無執着のエレナと、ウブな隠居勇者のリオウ。


結局、リオウさんは肉食女子に迫られてしまう質のようです(笑)


ここまで読んでくださりありがとうございました!



20141124

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