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「おまえの代わりはいくらでもいる」と言われたので、次の婚約者には頑張ってもらおうと思います。  作者: 姫野ことは(旧名:KOTOHA)


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第2話:代わりはいくらでもいる

 終身刑を言い渡されてから、三年が過ぎた。


 北の海は、三年経っても冷たかった。


 流刑島の朝は、鐘の音で始まる。


 俺は藁の寝床から体を起こし、凍えた指につるはしを握った。


 坑道の奥は暗く、湿った岩の匂いがする。


 灯りは、壁に掛けられた小さなランプだけだ。


 掘る。砕く。運ぶ。


 日が暮れるまで、それを繰り返す。


 岩の割れ目から、乳白色の光がのぞいた。


 魔石だ。


 掘り出した石は、海が荒れていなければ十日に一度、本土からの船で運ばれていく。


 行き先は北の国境。


 結界の補充に回されるのだと、監督官が言っていた。


 その前に、石には一つずつ刻印が打たれる。


 国の刻印。


 かつて俺が、削らせて売り払ったものと同じ印だ。


 あの頃は、地下の保管庫に木箱がいくつ並んでいようと、何とも思わなかった。


 石は勝手にそこにあって、勝手に数が合っているものだと思っていた。


 一つ掘り出すのに、これほど骨が軋むとは知らなかった。


 夕刻、作業の終わりに、採掘量の記録へ署名をさせられる。


 数を間違えれば、翌日の食事が減る。


 だから俺は、一行ずつ指でなぞって確かめてから名前を書く。


 読まずに署名をしなくなったのは、ここへ来てからだ。


 ロザリーは、もうこの島にいない。


 去年の冬、熱病で死んだ。


 女囚の作業区画は崖の向こう側で、俺がそれを知ったのは、埋葬が済んで十日も経ってからだった。


 監督官が、ついでのように口にしたのだ。


 遺骸の引き取りを、ベルマン子爵家は断ったという。


 墓は島の北の斜面にある。


 名前の代わりに、囚人番号を刻んだ木札が一本立っているだけだ。


 三年間、一度も顔を見なかった。


 最後に聞いた声は、法廷で互いを罵り合う声だった。


 悲しいとは思わなかった。


 ただ、あの木札の隣に、いずれ自分の番号が並ぶことだけは、はっきりとわかった。


◇


 その日は、本土から新しい監督官が来ていた。


 王都の財務院で護送係をしていた男だという。


 休憩の合間、古参の監督官と話す声が聞こえてくる。


「王都の方は、どうだ」


「相変わらずさ。……ああ、ベルマン子爵家を覚えてるか。ここで死んだ女囚の実家だ」


「遺骸を引き取らなかった家か」


「そうだ。流刑者を出した家だってんで、どこの夜会にも呼ばれなくなった。取引先も軒並み離れて、下の娘の縁談も壊れたらしい。娘の亡骸を拒んでまで体面を守ろうとして、結局何も守れなかったってわけだ」


「そりゃあ、気の毒なこった」


 古参の監督官は、少しも気の毒そうではない声で言った。


「そういや」と、新任の監督官が続けた。「財務院にいた堅物の話は聞いてるか。ヴァレンシュタイン公爵家の次男坊だ」


「名前くらいはな」


「二年前、伯爵家の令嬢と一緒になってな。エルフォードとかいったか。この春、子どもが生まれたそうだ」


「へえ」


「北の国境の結界を、ずっと守ってきた家の娘らしい。夫婦揃って領民の評判がいいんだと」


 手が止まった。


 エルフォード。


 クラリッサ。


 八年間、あの女は毎日のように屋敷へ来ていた。


 地下で何をしていたのか、俺は一度も見に行かなかった。


 帳簿など誰でもつけられると思っていた。


 代わりなど、いくらでもいると。


 だが、違った。


 あの女がいなくなって、十日で金が回らなくなった。


 ひと月も経たずに、俺は国の財産にまで手を出した。


 そして、すべてを失った。


 俺が手放したのは、帳簿係ではなかった。


 俺の家を、俺の暮らしを、黙って支えていたすべてだった。


 それに気づくのに、三年もかかった。


 いや――ここへ来なければ、一生気づかなかったのだろう。


 ランプの灯りが、ぼやけて揺れた。


「おい」


 低い声が落ちてきた。


 振り返ると、新しい監督官が立っていた。


 俺の顔など、見てもいない。


「手を動かせ」


 監督官は、手元の名簿に目を落としたまま言った。


「おまえの代わりは、いくらでもいる」


 俺は、何も言い返さなかった。


 言い返せる言葉など、一つも残っていなかった。


 凍えた指で、つるはしを握り直す。


 岩に打ち込む。


 乾いた音が、坑道の奥へ吸い込まれていく。


 明日も、明後日も、その次の日も。


 終身刑に、終わりはない。

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