ドキドキお風呂騒動
「そういえば……。」
俺はあることを思い出した。
「リク」
「はい!」
「風呂の入り方、わかるか?」
リクは少し考え込む。
首を傾げながら、真剣な顔で悩んでいる。
そして数秒後。
「わかりません!」
元気よく答えた。
「……やっぱりか」
思わずため息が出る。
犬だった頃のリクは俺が洗っていた。
散歩から帰った後。
泥だらけになった体を洗って、タオルで拭いてやる。
それが当たり前だった
でも今は違う
目の前にいるのは人間の女の子だ。
「どうしましょう?」
リクは困ったように俺を見る
その表情を見ると放っておくこともできない
(かと言って今のリクを俺がごしごし洗う訳にも行かない・・・、いや、ありなのか、いや待て、りくは家族だ、余計な考えはよしておこう)
「……まあ、今の時代なら何とかなる。」
「何とか?」
俺はスマホを取り出した
「わからないことは調べればいい」
「これを見る」
「これはなんですか?」
「MITube」
「動画を見るためのものだ」
画面には
『猿でも犬でも一発で真似できる。正しい人間のお風呂の入り方講座!!!!!』
という動画が表示されていた。
リクは目を輝かせる。
「すごいです……。」
「人間はこんな便利なものを使っているんですね」
「まあな」
「昔はわからないことがあっても、自分で試すしかなかったけど」
「今は大体のことは調べられる」
リクは真剣な表情で動画を見る
まるで新しい知識を吸収するように
『まずは髪をしっかり濡らしましょう』
「なるほど……」
『次にシャンプーを手に取ります』
「シャンプー……」
『目に入らないよう注意しましょう』
その瞬間。
俺はリクを見る。
「……ちゃんと聞いてたか?」
「はい!」
自信満々に返事をする。
逆に不安になった。
「あと、これだけは覚えろ」
「はい!」
「目は閉じる」
「はい!」
「泡は目に入れない」
「はい!」
「そして……」
俺は少し間を置く
「泡を舐めない」
「……。」
リクの動きが止まった。
「なんで今、黙った?」
「いえ……」
「少し気になっただけです」
「何が?」
「犬の時は知らないものを口に入れて確認していたので……」
俺は頭を抱えた。
「今でもその癖残ってるのかよ」
「大丈夫です!」
リクは胸を張る。
「もう人間ですから!」
「本当か……?」
少し不安になった。
◇◇◇
その後。
「じゃあ、シャンプーはここ」
俺は浴室の棚を指差す
「こっちがシャンプー」
「こっちがリンス」
「体を洗うやつはこれ」
「あと、俺の中学の時着てた体操服パジャマにしとくから出たらこれ着ろ」
リクは何度も頷く。
「覚えました!」
「本当に?」
「はい!」
「じゃあ一人で入れるか?」
少しだけ不安そうな顔をする。
「……大丈夫です」
「ご主人」
「何かあったら呼んでもいいですか?」
「ああ」
「声が聞こえる場所にいるから」
その言葉を聞いた瞬間、リクは安心したように笑った。
「はい!」
「頑張ります!」
◇◇◇
俺は脱衣所を出て、リビングへ向かった。
テレビをつける
……とはいっても
「……。」
全然内容が頭に入ってこない
(大丈夫かな)
(ちゃんと洗えてるか?)
そんなことを考えていると
「ご主人ー!」
突然、浴室から声が聞こえた。
「どうした!?」
俺は慌てて立ち上がる。
「目が痛いです!」
「だから目閉じろって言っただろ!」
「閉じたつもりだったんですが……。」
「つもりかよ」
俺はため息をつく
「水で流せ」
「はい!」
しばらくすると
「ご主人……」
「今度は何だ?」
「苦いです」
「……何が?」
「泡です。」
沈黙。
嫌な予感がした
「……舐めたのか?」
「少し舐めました。」
「なんで!?」
「犬の時、初めて食べるものは確認していたので……。やっぱり本能には勝てませんでした。でへへへっ」
俺は思わず笑ってしまった。
「お前……」
「人間になってもそこは変わらないんだな」
浴室からリクの笑い声が聞こえる
「はい!」
「私はリクですから!」
その言葉に、胸が少し温かくなった
◇◇◇
しばらくして
「終わりました!」
リクが浴室から出てきた
髪はまだ水滴をぽたぽたと落としている
「ちゃんと洗えたか?」
「はい!」
「……たぶん!」
「たぶんってなんだよ」
俺は苦笑しながら洗面所へ向かう。
「リク、そこ座って」
「はい!」
リクは素直に椅子へ腰掛けた。
俺はタオルで髪を優しく拭き、ドライヤーのスイッチを入れる。
「わぁ……。」
リクが嬉しそうに目を細める。
「これ、知ってます!」
「犬だった頃、ご主人がいつも使ってくれてました!」
「そうだったな」
「でも、自分で使うのは初めてです!」
「だから今日は俺がやる」
温風で髪を乾かしていく
リクは気持ちよさそうに目を閉じた
「えへへ……。」
「どうした?」
「頭を撫でてもらってるみたいです。」
「気持ちいいです。」
思わず笑みがこぼれる。
「犬だった頃も、乾かしてる途中で眠そうにしてたもんな」
「覚えててくれたんですね!」
リクは嬉しそうに振り返ろうとする。
「動くな動くな」
「あっ、ごめんなさい!」
俺は苦笑しながら髪を乾かし続けた。
やがてすべて乾き終える
リクは自分の髪を触りながら目を輝かせた
「ふわふわです!」
「ちゃんと乾かすとこうなる」
「すごいです!」
そして満面の笑みで俺を見る
「これからも髪はご主人に乾かしてもらいます!」
「なんで?」
「頭を撫でてもらってるみたいで安心するからです!」
少し考えてから付け加える
「あと、自分でやるのはまだ難しそうです!」
「そのうち覚えろよ?」
「頑張ります!」
……と言いつつ、多分覚える気はあまりないんだろうな
そんなことを思いながら、俺はリクの頭をぽんぽんと軽く撫でた
照れ笑いを浮かべるリク
その笑顔を見て、俺も自然と笑っていた。
リクとの新しい生活は始まった。
でも――。
きっと、悪くない




